極彩色の光
ーーギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
これまでとは明らかに違う激しい咆哮がピファウルに轟く。
その咆哮を聞いたセンは即座に空を見上げると同時に、あの時の光景を思い出す。
エニシたちがひた隠しにし続けていた絵の形をした狂気。
それに引きずり込まれたあの場所で見た鶏冠龍と孔雀龍の闘争の光景。
怒り心頭状態の鶏冠龍に追いつめられた孔雀龍が見せた怒り心頭状態となった姿。
(まずい……まさか……あれをやる気か!?)
何かを察したセンは大きく叫ぶ。
「全員、目を閉じろ!!!!!」
全員がきょとんとした顔をする。
あり得ない。彼らの反応は当然だ。
この状況でまともに身動きとれない状態になるなんて事は自殺行為以外の何物でもない。
「はあ!?そんなはったりじゃあ子供だって騙せないわよ!」
追いつめられた弱者の無様な抵抗と言わんばかりにカイランはセンの言葉を一蹴する。
「早くしろ!」
センは必死に訴える。
その表情を見ればそれが本気だという事はヲチには直ぐに分かった。
(一体どうすれば……)
ヲチはほんの刹那の間だけ葛藤するが、覚悟を決めて目を瞑ると、それを確認したエニシとシムラも同様に目を閉じた。
地面に転がる逃亡者たちが一斉に目を閉じた光景を見てカイランは思わず笑いが込み上げてくる。
「あははははははははははははははははははははははっっっ!!!!!!!!!!」
センやヲチたちの姿があまりに間抜けに見えたのか、カイランはついに嘲笑するように高笑いをあげ始めた。
カイランの高笑いを聞きながらエニシは葛藤していた。
(これで……これが本当に最善だというのか……?)
やはりまだ完全には信じ切れない自分がいる。
(いや……儂の人を見る目は……まだ衰えてはおらん……)
それでも最後は自分の勘を信じ、ヲチの行動に同調すると、シムラも当然のようにそれに付き従う。
「……よっぽど死にたいらしいのね!いいわ……今すぐ!殺してあげる!」
カイランがセンを標的に定め凶器を持って襲いかかろうとした瞬間だった。
「え……?」
カイランは上空を見上げ立ち止まる。
「何よ……あれは一体……」
カイランが見つめる澄み渡る青空には、数多の光の帯が広がりまるでこの世の物とは思えない幻想的な光景だった。
(やっぱりそうだ!あの絵に引きずり込まれた場所で見た孔雀龍の奥の手……)
「ああ……ああ……」
カイランは心を奪われたかのように言葉にならない声を発し光の帯を掴もうと空に手を伸ばす。
「あぐあああっ!!!」
直後、目の奥に激痛が走り、カイランは目を押さえると共に叫び声を上げた。
巨大な咆哮を上げた直後、孔雀龍の姿は見る見る内に変容していった。
爪や牙はより鋭く尖り、鮮やかな毛並みは逆立ち全身に光沢のような輝きを帯びる。
まるで正気とは思えない程に血走った眼がこの世の終わりを予感させ、何よりも特徴的なのが細く長い尾翼が扇形に開く事で露になる絢爛な孔雀龍と呼ばれる由縁となった真の姿だ。
加えて緑、紫、青、黄、赤など、さまざまな色をした数多の光の帯が孔雀龍の全身に纏わりつくように浮かんでいた。
孔雀龍は両翼で自身を包み込むようにして身体を丸めると
ーーギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
激しい咆哮と共に一気に両翼を広げ、纏わりつく光の帯を振り払うように解放した。
光の帯は全方位に伸びていく。それは空に浮かぶ巨大な蕾が開花する瞬間のようにも見えた。
その光景を巨大蜻蛉もしっかりと目に焼き付けていた。
「ああああああああああっっっ!!!!!目がっ……目があああっ!!!」
突然、カイランが頭を振り回しながら激しく取り乱し始めた。
(何だ……?どうなってる……?)
目を閉じたままのヲチたちには何が起きているのか理解できない。
ただ、カイランの叫び声を聞くに彼女が何らかのダメージを受けている事だけは想像がつく。
「あああっ!!!ふざけるなあっ!!!」
激痛に抗うようにカイランは両目を開ける。
そこでカイランの瞳に映ったのは決してこの世の物ではない異様な景色だった。
色が消失した。あるのは白と黒。それからそれらが交わる際に生じる灰色のみである。
空の澄んだ青色も、彼方まで続く平野の土の色も、目を閉じてじっとこの状況に耐えているセンやヲチたちを見てもまるで色が抜け落ちたかのように陰っている。
(何よ……何なのよ……一体……)
それだけではない。驚くことに徐々に空が下がって来ている。ゆっくりと、しかし着実に地上へと迫ってきていた。
(…………………………)
その光景にカイランの思考は停止する。ただ呆然と縮んでいく世界に立ち尽くしていた。
同様の光景を目にした巨大蜻蛉にも変調の兆しが現れていた。
空中で綺麗に停止飛行していた巨大蜻蛉は重心のブレが激しくなり前後左右とあらゆる方向に揺れ動く。
そこに突如巨大な炎の暴風が巨大蜻蛉を襲う。
それは孔雀龍が発した怒り心頭状態の影響で規模が倍以上に膨れ上がった吐息であった。
巨大蜻蛉は何とか巨大な吐息から抜け出すと高速飛行を試みるが身体がぐらついて思うように飛行できない。
「セン!まだ目を閉じてないといけないのか!?」
一刻も早くこの怪物たちの戦闘領域から逃れたいのに身動きとれない状況がヲチを焦らせる。
「まだだ!まだあの光の帯が消えてない!」
全方位に散っていった光の帯は上昇し或いは地上近くまで降り立つとゆらゆらと漂っている。
センはそれを直接視認する事なく彼の素質をもって孔雀龍視点や孔雀龍を眺める第三者視点からそれを映像として受け取り脳内で処理していた。
「光の帯……?」
エニシは眉をひそめる。
「セン!説明してくれないか……一体何が起きてるのか……」
状況の変化に注視しながらもヲチの問いにセンは語り始める。
「怒り心頭状態になったハスコイフィリアの全身に光の帯が纏わりついてて……それをハスコイフィリアが周囲にばら蒔いたんだ……その光の帯を視界に入れちまうと……」
「カイラン……」
足を引きずりながらススノロがやって来る。頭から血を流し片目は瞼が腫れていてろくに開けられない。
それでも口にした名の彼女の隣に立つため必死に足を動かす。
ススノロの声を聞いたカイランはハッと我に返ると、自身の婚約者の存在を思い出す。
不安に押し潰されそうになっている事を自覚できずにいるカイランは無意識下でとにかく何か或いは誰かに縋りたかった。
「ススノロ……」
そうして婚約者の名の呼んで振り返った。
この状況が彼にどうにか出来るとは思わないが、それでも心の平穏を保つためには常日頃から見下し貶していた存在にカイランは救いを求めた。
「え……?」
しかし、カイランの前に現れたススノロは明らかにこの世の常識とはかけ離れた姿をしていた。
それが人の形をしているようには見える。だが、その形の輪郭がゆらゆらと震えだしどんどんと人の形を失っていく。
目も鼻も口も全身の輪郭が崩れだし最早それが何の形しているのか完全に理解できなくなってしまう。
「はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……」
顔に大量の汗をかきながらカイランは後退る。
慌てて周囲を見回すとそれはススノロだけではなく、世界の全ての物の輪郭が揺らぎ明確な形を失っていた。
到底理解が追いつく筈もない。
自分に理解できる物が何一つとして存在しない世界に突如として置き去りにされたカイランはゆっくりと心が壊れていくのを感じていた。




