表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱肉強食 ー君臨する龍 異形の蟲ー  作者: 世の中退屈マン
繁栄都市への道中編
52/55

満身創痍

 


 その瞬間、センが何かを察知したように顔を上げる。


「不味い!ハスコイフィリアが落ちてくるぞ!」


 センの言葉にエニシは舌打ちすると同時に自らの足で急ブレーキをかける。


「ぐ……ぐぐぐっ……」


 エニシは歯を喰い縛りながら足で地面を削るようにしてブレーキをかけたものの、時速50km近い速度での走行と荷台に乗っている五人の重さ分、完全に停止するのに五秒程の時間を要した。


(最も恐れていた事態になったか……)


「どの辺りだ!?後方ならこのまま走り抜けた方が……」


「前方だ!引き返した方が良い!」


 エニシは即座に荷車の向きを変えると今まで走っていた道を逆走する。


「くそっ!ダメだ間に合わ」


 ーーゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!!!!!!


 爆音と共に凄まじい衝撃波がセンとヲチたちを襲う。

 四人は荷台ごと吹き飛ばされ宙を舞い、全速力で駆けていたエニシはその勢いのまま地面を何度か跳ねながら転がっていく。


 蔵小屋で衝撃波に襲われた時は壁や屋根などがクッションの役割を果たしてくれたが、今回は直に衝撃波を受けた事で全員が紙くずのように吹き飛ばされ、受け身を取る余裕すらなかった。


「がはっ……」


「うあああああっ!!!」


 センとヲチは激しく地面に打ち付けられ痛みに(もだ)えのたうち回る。

 それでもヲチは何とか周囲を見渡し状況の把握に努める。


(くそっ……いや落ち着け……真上に落ちて来なかっただけでも相当な幸運だ。少しでも落下地点がずれていたら……例えセンが察知してても間に合わなかった……)


 考えながら吹き飛ばされた者たちを探しているとまずシムラを見つける。

 意識はあるものの苦悶(くもん)の表情を浮かべていた。

 その近くにピファウルの男と彼の娘の亡骸が横たわっている。


(あの人は……)


 ヲチはエニシの姿を探す。

 土煙に覆われ視界の悪い中、何とかエニシの姿を見つけると、あれほどの衝撃波を受けてもなお全身を震わせながら立ち上がろうとしていた。


「ぶっ……ぐほっ!がはっ!」


 しかし、途中で血を吐き膝をつく。

 息を荒くし地にこぼした吐血を恨めしそうに眺めている。


(これしきの事で……身体が動かんとはな……儂も歳か……)


 全員の所在を確認し胸を撫で下ろしたのも束の間、ヲチは直ぐに孔雀龍の方を向く。


 ーーグォワアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!!


 そこでは孔雀龍が巨大蜻蛉による追撃を受けていた瞬間だった。

 孔雀龍は致命傷を避けるためそれを自身の両翼で受け止めながら地表を削りつつ後退している。


 大質量同士の衝突は地上に大きな影響を及ぼし、それによって生じた振動と衝撃波でセンやヲチたちは不安や恐怖に(さいな)まれる。


「ふっ……ぐうぅ……」


(これが怪物同士の戦い……暗黒時代に世界中で勃発した災厄か……)


 嵐のような強風が一行(いっこう)を襲い、エニシは戦闘の激しさを身をもって感じる。

 数百メートル離れた距離の衝突の余波でも台風と地震が同時に発生したような感覚に陥る。


 ふとシムラは自身の全身が震えているのに気付いた。最初は地面の振動によるものかと思っていたが違う。


(こんな感情は……あの方に半殺しにされた時以来か……)


 純粋な恐怖。久しく縁が無かった感情の再来にシムラはどこか新鮮な心持ちだった。

 孔雀龍は千メートル近くまで押し込まれるとそこで停止する。

 停止した直後に前に構えていた両翼を開き吐息を放つがあっさりと(かわ)される。


 巨大蜻蛉は再び上空へと昇っていくが孔雀龍がそれを追いかけようとする気配はない。

 ただただ上空を見つめ、敵の巨大蜻蛉の動きを待っているようだ。


「追いかけないのか?どうして……?」


「空中戦はやめたんだ。どうやったってあの巨大蜻蛉に部がある。あのまま迎え撃つ気だ……」


 巨大蜻蛉は雲の合間から姿を現すと孔雀龍を中心に旋回するようにして飛び、孔雀龍はそれを視線だけで追っている。

 センとヲチそれからエニシは固唾(かたず)を飲んで行く末を見守っている。


 既に全員が孔雀龍落下時の衝撃波を受けた事で身体が(しび)れ思うように動かせない。そんな時だった。


「あはははっ……みーつけた……」


 一行に追いついたカイランは不気味な笑みを浮かべセンやヲチたちの背後に現れる。

 乗っていた馬は孔雀龍落下時の衝撃と音にひどく怯えカイランとススノロを振り落としどこかへ走り去ってしまった。


 その際に顔面を強打し気絶したススノロや言う事を聞かない馬に対しても強い殺意を覚えたが、地べたに横たわるヲチやエニシを遠目に見つけた事でそれらを凌駕する程の強い殺意が激しく燃え上がったのだった。


「馬鹿な……儂らを追ってきたのか……」


 カイランの判断にエニシは驚愕と落胆の混ざったような表情を見せる。


「当然でしょ。あたしをそこらの甘えた女と一緒にしないでくれる?」


 カイランの様子は上機嫌と言ってもいいかもしれない。

 自身の憎悪する対象に追いついたどころかそれは立ち上がる事すら難しい程に追い詰められていたのだ。


「今がどんな状況か理解しておらんようだな……」


「いいえ、ついさっき理解したわ……あんたたちを見つけた直ぐ後にね……」


 カイランは遠くの空を見上げ、上空を旋回している巨大な蜻蛉のような怪物と地上でそれを待ち構える孔雀龍に視線を移す。


「ならば……直ぐにでもここから離れるべきだな……いつ奴らの戦闘に巻き込まれてもおかしくない」


「話でしか聞いた事なかったから驚いたわ……あんな化け物が本当にこの世界にいたなんてね……」


 巨大蜻蛉は孔雀龍周辺の上空を何周かした後、孔雀龍の背後にある死角に入った瞬間、均衡を破って急接近する。

 孔雀龍は両翼で受け止めようと、その巨体からは信じられない早さで身を(ひるがえ)す。


 しかし、両者が衝突する寸前で巨大蜻蛉はひらりと躱し孔雀龍を通り過ぎると、即座に身を(ひるがえ)して再び孔雀龍へと突撃した。


(あれは……フェイント攻撃……!?)


 一撃目の突進を囮にして透かした直後、相手の思考が止まっている隙を突き即座に攻撃へと転じる巨大蜻蛉の高速飛行があるからこそ出来る芸当だ。

 完全に虚をつかれた孔雀龍は背後から首に突進の直撃を受け地面に叩きつけられた。


「でもねえ!今はそんなのどうだっていいわ。あんたたちを殺せるなら……」


「儂らにしつこく絡むのは構わんがな、本当にそれでよいのか?今の儂らの状況を見てみろ。どれだけ必死に逃げようとしても少し運が悪ければこの有り様だ。おぬしも例外ではない。いつ突風に飛ばされるか、怪物が空から落ちてくるか、炎の吐息に焼き尽くされるか分かったものではないぞ」


「くふっ……くはははははっ!!!さっきとは随分と態度が違うじゃないの!ねえ?お爺ちゃん……」


 カイランはエニシの吐く正論はただの命乞いに過ぎないと耳を貸す様子はない。

 実際にエニシはろくに身体を動かす事が出来ずにいる。


「立ち上がる事すら出来ないなんて……無理するからよ。老人に片足突っ込んでるような奴が無理して戦おうとなんてするからっ!!!」


「何となくだが……おぬしの本質が見えた気がするの。どうもまともな恐怖心というものが欠けておるようだ……こんな状況でも自身の憎悪を優先するとはな……」


「ええ……そうかもね。でもそのおかげであんたをズタズタに引き裂けるわ」


 カイランは小刀を取り出すとゆっくりとエニシに近づいていく。

 エニシはカイランを視界に捉えながらも孔雀龍と巨大蜻蛉の戦闘に意識を向ける。


 一方的だった。孔雀龍は巨大蜻蛉の動きに翻弄(ほんろう)され有効な攻撃を一度も繰り出せずにいた。


(まさか……まさか本当に……)


 額から嫌な汗が流れる。

 自らの命を狙うカイランよりも龍と巨大な蟲の戦闘にエニシは(きも)を冷やしていた。


 そして遂に巨大蜻蛉の突進が孔雀龍の顔面に直撃すると、孔雀龍はそのまま倒れ失神したかのように目から覇気が消え失せる。


「…………………………まずい」


 ヲチの頭にあの時の光景が(よぎ)る。

 まるで玩具のようにいともあっさりと首を捻切(ねじき)られた山羊龍。

 体内で生じた連鎖爆発で上半身が吹き飛び肉塊となった獅子龍。


 龍が死ぬという事は国が一つ無くなるに等しい。

 それも今回は山羊龍や獅子龍の時とは比じゃないくらいの影響が出るだろう。

 カイランの殺意と最悪の結末に挟まれヲチの頭はパンク寸前だった。


「くそっ!くそっ!!!」


 無力な自分自身とあまりにも理不尽な現実にヲチは拳を地面に突き立てる。

 しかしそれで何かが変わるわけでもない。


(これじゃ……誰も救われないじゃないか……)


 逃げ出したピファウルの人々、カッサランに住む人々そしてカッサランを目指す故郷を失った人たち。

 彼らが災厄に巻き込まれてしまえば自分たちの行いも何ら意味をなさない。


 エニシは気力だけで何とか立ち上がると、こちらへ歩いてくるカイランを見据える。

 カイランは立ち止まり少し驚いたような表情をするが、直ぐにエニシが満身創痍(まんしんそうい)の状態である事を見抜き嘲笑うとまたエニシの方へと向かっていく。


「駄目だ……もう、これじゃあ……」


 どうすればいいか分からない。思考が全くまとまらない。自分にできる事なんて何一つとして存在しない。

 ヲチはそんな虚しい現実を抱えながら(うつむ)くしかなかった。


「いや。まだだ……」


「え……?」


 信じ難いその言葉にヲチはセンの方へ振り返ると彼は立ち上がり両者の怪物を見つめていた。

 地に伏す孔雀龍と上空を浮遊するかのように飛ぶ巨大な蜻蛉を。


「ハスコイフィリアには、まだ奥の手がある」


 センがそう言った瞬間、孔雀龍は意識を取り戻し身体を起こすと、強く地面を蹴り上げ空高く飛翔した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ