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弱肉強食 ー君臨する龍 異形の蟲ー  作者: 世の中退屈マン
繁栄都市への道中編
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憎悪の体現者

 


「お主たちの話通りなら奴らは龍種を(しの)ぐ程の存在か……?孔雀龍もあの蜻蛉(トンボ)のような怪物に負けるというのか?」


 山羊龍、そして獅子龍の敗北に自分が思った以上にショックを受けていたエニシはそんな事を尋ねる。

 もしも仮に孔雀龍が死ねばそれはピファウル集落を始めとした孔雀龍連合集落の終わりを意味する。


 大量の難民が生まれ、龍種の死骸から生じる劇毒(げきどく)蔓延(まんえん)し、カッサランのすぐ隣には地獄が生まれてしまう。

 それはカッサランの人々を恐怖させ、カッサランの経済にも大きな打撃を与える事だろう。


 いや、それどころでは済まないかもしれない。

 もしもあの巨大な蜻蛉がカッサランにまで現れたら……巨大蜻蛉だけでなく地形を破壊する朱蟻などまでやって来るのだとしたらカッサランは史上最悪の事態になってしまう。


「どうでしょう……少なくとも対等……いやむしろ戦闘という面ではやはり龍種の方が(まさ)っているようにも見えました」


 山羊龍の時もそして獅子龍の時も一度は龍種の圧倒的な力によって決着がついたかに思われた。

 だがそこから蟲たちの思いもよらぬ行動や生態から一気に形勢が(くつがえ)ってしまったのだ。


「本当に紙一重の差だったと思います。少しだけどこかの歯車が狂ってしまったような……」


 そもそもけちの一つもつかない対等な戦いだったと言えるだろうか。

 山羊龍も獅子龍も龍奉祭直前の最も飢え弱った状態であった事は間違いなく、獅子龍に関しては怒り心頭状態という諸刃の剣を使いほとんど自滅したに等しい。


「今は何とも言えないな……孔雀龍が押されてるようだけどそれほど深刻な傷を負ってるわけでもないようだし……」


「そうか…………ん……?」


 センの言葉にエニシは無視できない違和感を覚えた。

 二体の怪物は遥か上空で目視するのも難しい速度で戦っている。戦況を把握するのは不可能だ。


 確かにあの時孔雀龍が落下してきた際、孔雀龍が巨大蜻蛉を見上げ、巨大蜻蛉は孔雀龍を見下ろす光景はそんな風にも解釈できるのかもしれない。


(だが、あのほんの僅かな時間だけでそこまで理解が及ぶものか……?いや待て。たしか孔雀龍が落ちてくる直前こやつは妙な事を口走っておらなかったか……?)


 ーー何かくる。何か……落ちてくる!


 エニシは自分でも何を考えているのか分からなかった。

 常軌を逸したような表情で無心で地面を蹴りながら


「いや、いい……」


 とだけ呟いた。

 今はこれ以上何を言われても到底受け入れられる気がしない。

 重要なのは結果だ。あの少年の言葉の直後に孔雀龍は落ちてきた。

 今はそれだけ分かっていればいい。


 エニシの反応にヲチの表情は若干曇る。

 真の正体は別にあるとはいえ、エニシたちは闇の商人としての側面もある。

 もしもセンの素質を見抜かれたら(さら)われ見世物としてどんな目に合うか分からない。


 そんな考えが一瞬頭に浮かんだが直ぐにそれが杞憂に過ぎないと気付く。

 そんな素質なんて実際に目にするまで誰もまともに取り合う事はないだろう。

 仮にそれを目にしたとしてもそれは恐怖の対象にしかなり得ない。


 センの母親の件がいい例だ。恐怖する者と心酔する者。

 きっとセンのたちが持つ素質を目の当たりにした者はこのどちらかにしかなり得ないのだろう。

 とはいえ、それが周囲に知れ渡れば生きづらくなるのは確かだ。


(センは自覚がないみたいだから、後でちゃんと釘を刺しておかないとな……)


 そんな事を考えていると木々が立ち並ぶ風景から一気に見渡す限りの平地へと変わる。


(速い……もうピファウルを抜けたのか……)


 驚愕の表情でエニシを見るがその勢いが衰える様子はない。

 ピファウルの森林地帯を抜ければ後はカッサランまで延々と平地が続く。


(一体どんな鍛え方をすればこんな事が出来るんだ……)


 容姿から推測しても(よわい)五十以上であるのは間違いないだろう。

 にも関わらず凡人がどれだけ努力しても決してたどり着けないであろう領域に立っている。


(この人……本気で走ったら馬よりも速いんじゃ……)


 ラゴ部族たち並みの巨漢で荒くれ者のシムラがあれほどまでに敬意を払う理由が何となく分かったような気がした。






「ちょっと!もっと早く走りなさいよ!」


 カイランは自分のすぐ前で馬に(また)がるススノロの腰を強く掴む。


「いっ……カイラン……多分これが限界だよ……それにこの馬……何だか怪我をしてるみたいなんだ……」


 二人はススノロがようやく見つけてきた馬に乗りエニシたちが向かったであろうカッサランの方へと馬を走らせている。

 しかし明らかにこれは愚行だとススノロは思う。


 自身が目を覚ました時の光景はあまりに異様だった。

 自分たちがいた蔵小屋は屋根が吹き飛び壁もほとんど無い状態で、一歩外に出ると少し遠くの方で大きな破壊の痕のような謎の痕跡が出来ているのが分かった。


 それはここに来た当初は存在しなかったもの。恐らくはあの激しい衝撃波に起因する何か。

 だが、強烈な破壊痕以外にそれらしき原因の存在はどこにも見当たらなかった。


(何かの自然的な災害……?今日はここに来てからやけに強い突風が吹いていたけど……竜巻(たつまき)でも起きたのだろうか……?)


 ーー何か……何か落ちてくる


 ふと、あのボロボロになっていた少年の言葉を思い出す。


(そういえば、意識が飛んだのはあれの直後だった……何かが落ちてきた……?でも一体……何が……)


 そもそもあの少年は何故それが分かったのだろうか。

 分からない。何が起きているのか分からない事だらけだ。

 だがやはりどう考えても自分たちの目撃者を追っている場合ではないとススノロは思う。


(でもきっと……いくら僕がそれを言ったところでカイランは聞き入れてくれないんだろうな……)


 初めて出会ってから今に至るまで半年と経っていないがススノロはカイランの性質をよく理解していた。


(一度敵だと認識したらカイランは相手を死ぬまで追いつめる……相手が誰かなんて関係ない……受けた屈辱を絶対に忘れない……それを邪魔する人がいたとしても決して諦めない……何もかも僕とは正反対だ……)


 しかしそれこそがカイランという人間に強烈に惹かれた理由なのだろう。

 繁栄都市カッサランの富裕層の家という恵まれ過ぎる環境に生まれ物心つく頃から自分は小心者だった。


 両親は過干渉(かかんしょう)でどこで何をするにも厳しく管理されていた。

 二十を過ぎても文句の一つも言えずずっと親の言いなりになっている事を下人(げにん)たちにも陰で笑われているのを何度か聞いた事もある。


 そんな下人たちに対しても面と向かって怒りを示す事すら出来ない自分の事を心底情けないとずっとそう思いながら生きてきた。

 そして、そんな風に生きていた半年ほど前カイランに出会ったのだ。


 両親に連れられ富裕層の主催するパーティーに向かう最中だった。別に行きたくもない見栄や自慢が飛び交うだけの下らない時間だ。

 一度も楽しいと思った事などないその集まりが億劫(おっくう)でふと窓の外を覗いた。


 窓の外にはこちらには何の興味も示さず歩く人や立ち話をしながら時折こちらに視線を向ける人がいたが、ふと建物と建物の間にある狭く暗い通路に一人誰かが立っているのが見えた。


 そして、その者の顔を見た瞬間、ススノロは悲鳴を上げ腰を抜かした。

 女だ。女が暗闇の中から一人立ってこちらを見ている。

 しかしそれは羨望(せんぼう)や好奇心の視線とは程遠かった。


 あれはまさしく憎悪だ。激しく荒々しい鬼のような表情でこちらを睨み付け今にも襲いかかってきそうな雰囲気を漂わせていた。

 両親から叱られ下人たちから嘲笑される事はあっても、激しい憎悪や敵意をぶつけられた事のなかったススノロはその女の表情にひどく心を揺さぶられた。


 ススノロを乗せた馬車はそのまま通り過ぎ何事もなくその出会いは終わったが、その日ススノロはずっと彼女の表情が頭から離れなかった。

 恐怖だけではない、どこか憧れのようなススノロを強烈に惹き付ける何かがカイランにはあった。


 そして両親や召使いの目を盗んで彼女の事を探すようになっていた。

 思えばそれが両親に対する初めての抵抗だったのかもしれない。

 そうしていつしか二人は出会ってしまった。

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