二体の怪物
孔雀龍は孔雀龍連合集落の上空を漂う雲の上を飛行していた。
その数百メートル前方には蜻蛉のような姿をした巨大怪物が飛行していて、孔雀龍がその巨大蜻蛉を追いかけているといった状況だ。
両者とも恐ろしい速度で飛行しており右に左に上に下にと縦横無尽に飛び回る。
その最中で孔雀龍は苛ついていた。
小一時間、巨大蜻蛉を追い回しているが一向に距離を縮めることが出来ないでいるからだ。
巨大蜻蛉の飛行能力は孔雀龍のそれを遥かに上回っており、急な旋回や横移動など空を自在に飛び回りその速度も孔雀龍に圧倒的な差をつけている。
対して孔雀龍は何度か巨大蜻蛉からの急襲を受けており少々の傷を負ってはいるが致命的な程ではない。
とはいえ、明らかに空中戦は巨大蜻蛉に部があった。しかしそれを認め別の闘い方を模索する謙虚さを傲慢な龍種が持っている筈もない。
闇雲に追い回し続けても擦めることすら叶わない。苛立ちは募るばかりだ。
ーーキュアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!
孔雀龍は鬱憤を晴らすかのように咆哮をあげる。
その瞬間、巨大蜻蛉は急激に速度を上げた。
ーーシュゴオオオオオッ!!!!!
翅音を響かせ急上昇すると一瞬で孔雀龍の頭上へ移動し、即座に孔雀龍を目掛け急降下する。
巨大蜻蛉の速度についていけない孔雀龍にこれを躱せる道理はない。
ーーキュアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!!!
強い衝撃を受け、気付けば孔雀龍は巨大蜻蛉の急降下突進によって共に一直線に地面へと落ちていく。
ーードガアアッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!
孔雀龍は勢いよく地面に叩きつけられると、強い衝撃波と地響きが地上を襲う。
落ちた地点は広大な原野にぽつんと佇む森林地帯で孔雀龍の下敷きとなった木々や家屋がへし折れ押し潰されていた。
センやヲチたちのいた蔵小屋は屋根が吹き飛び柱は何とか無事ではあるものの壁が尽く破壊され半壊状態にあった。
屋内にあったあらゆる物が倒れ、中にいた全員がそれに巻き込まれあるいは下敷きになっていた。
「ぐ……かっ……」
数十秒ほど気を失いかけていたエニシは何とか意識を取り戻す。
視界には何か巨大な生き物が動いているのがうっすらと見えていた。
(ここは……何だ……何が起きた……?)
身体を動かそうとすると自分の両腕と片足が倒れてきた物の下敷きになっているのが分かった。
「ぐっ……ううぅっ!!!」
力ずくで手足を引き抜き転がりながら半壊した蔵小屋の外へと出る。
何とかまともに目を見開くと、そこには常識では考えられない目を疑う光景があった。
「はあ……はあ……そんな馬鹿な……」
直後、センとヲチも意識を取り戻す。
自分や周囲の状況よりも先ず視界に入ったのは吹き飛んだ屋根や壁から見える上空より落ちてきた者の正体だった。
「まさか……嘘だろ……」
「間違いない。あれは……」
センとヲチ、そしてエニシが見つめる先には巨大な鳥のような生物が仰向けになって倒れていた。
全身の半分以上もある長い長い尾翼。頭部から長い首にかけての青い体色。髪止めのように頭に刺さるようにして生える冠羽。二足の足に生える爪、そして半開きになっている口から垣間見えるずらっと並んだ牙。
「絢爛の孔雀龍……ハスコイフィリアだ……」
「絢爛の孔雀龍……」
ヲチもセンの言葉をなぞるようにしてその言葉の意味を噛みしめる。
(間違いない。孔雀に酷似したあの姿……でもどうして孔雀龍が空から……?)
すると、孔雀龍は首だけをゆっくりと起こすと上空の一点を見つめている。
ヲチやエニシが孔雀龍の視線の先を追うとそこには更に不可解な生物の姿があった。
「龍……か?いや……あれは……」
エニシは手を額につけ視野を制限しながら目を細める。
それはとても龍種とは言い難い姿をしていた。
長い棒状の胴体。そこから生える三対の脚。振動するようにして目に見えないほど激しく動く翅。
そして何よりこの距離から見てのサイズ感から龍種同様にかなりの巨体である事が分かる。
(蜻蛉……のようにも見えるが、あの巨体は一体何の冗談だ……)
あまりにも規格外の出来事に終始冷静だったエニシも動揺を隠せない。
嫌な汗を顔に浮かべ目の前に広がる光景に愕然としながら、ふと二人の狂言少年との会話が頭に浮かぶ。
ーー『では何だ。何によって山羊龍カプリコーンの死はもたらされた?』
ーー『あれは恐らく……蟻……』
直ぐに二人の少年の事を思い出し後ろを振り返るとエニシと同様に愕然としながら固まっていた。
(無事だったか……)
二人の無事を確認し安堵している自分に少し複雑な気持ちになりながらも一刻を争う事態にすぐさま頭を切り替える。
ーーキュアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!
孔雀龍の咆哮が鳴り響くと、孔雀龍は即座に飛翔しそれに合わせて巨大蜻蛉も上空へと昇っていく。
あっという間に二体の怪物は上空の彼方へと消え見えなくなる。
(嘘だろ……こんな……こんな事が二度ならず三度までも……)
朱蟻、白銀真珠蟻と来て今度は巨大な蜻蛉の存在。
そして、これも例に漏れず龍種と戦っている。
ヲチは頭の隅に追いやっていた最悪の可能性に直面し頭を抱える。
「お前たち」
気付けば二人の前にエニシが立っていた。
「立てるか?」
そう問われヲチは何とか立ち上がる。センも立ち上がるものの、足元がふらふらとしてかなりおぼつかない。
「よし」
「な、何だ!?」
エニシはふらふらのセンと娘の遺体を抱いて横たわる男を両脇に抱えると近くの横に倒れている荷車を一発の蹴りで元の状態に戻しそこに二人を投げ込んだ。
「ってえ……」
「逃げるぞ。少年、お前さんも早く乗れ」
「それは」
「そう警戒するな。状況が変わった……何もかもな」
確かに一刻も早くここから離れなければならない。
運が良かった。今いる場所から離れた地点に孔雀龍が落下したため、その余波を受けこの程度の被害で済んだが、もし直接真上に落ちてこられたら言うまでもなく即死だ。
そしてまた、孔雀龍が空から落下して来ないとも限らない。
今度は真上に落ちてくるかもしれない。最早、身体を休めるなんて事を言っている場合ではない。
ヲチが現状を理解し踏み出そうとした瞬間、まだ蔵小屋に人が残っている事を思い出した。
ヲチは急いで周囲を見回すと、見つけた。幸い倒れてきた物に完全に埋まっているわけではない。
ヲチは身体の半分が埋まっているシムラを何とか引っ張り出しシムラの腕を肩にかけると自身よりも二回り以上はある巨体を重そうに運ぶ。
そんなヲチの行動にエニシは軽くため息を吐いた。
「少年、それは捨て置け」
そんなヲチの前にエニシは立ち塞がる。
「何故です……この人はあなたの仲間じゃないんですか?」
「蔵小屋でのやり取りを見ただろう。そやつにはもう期待できる程の価値はないのだ」
毛ほども表情を動かす事なく淡々と告げる。
「僕たちやあの人にはその価値があるから助けるって事ですか?」
「ああそうだ。大いにある。まああっちの男はついでだが……」
後ろに首を向けエニシは荷台で踞る男を一瞬だけ視界に入れる。
「ならこの人の事だってついでになりませんか」
「お前たちをあの荷車に乗せて移動する。そやつの巨体は重荷になるだろう」
「だったら僕は乗せてもらわなくても構いません。後ろから押して手伝います」
お互い一歩も引く様子はなく睨み合う。
(くそ……俺もヲチを手伝わないといけないのに立ち上がる事すら碌に出来ないなんて……)
センは睨み合う二人の様子を荷台から口惜しげに見つめていた。




