カッサランからの逃亡者
「くくくく……あははははははははははっっっ!!!!!!!!!!」
カイランは目の前の光景に大笑いする。
「傑作ね。ここまで清々しいクズだとは思わなかったわ」
「なに、これが儂のやり方でな。見込みの無い者はさっさと切り捨ててやった方がお互いの為というものだ」
「何よ、偉そうに。結局自分が助かるための方便でしょ」
「うむ……そうだな、その通りだ。それで、どうだ?そろそろ儂もこの奇妙な所から立ち去りたいのだが……」
「ばぁーか!言ったでしょ!私たちの邪魔をする奴らは嬲り殺しだって……もちろん……この爺を始末した後……次はあんたたちよ」
そう言ってセンとヲチを見る。
「な……どうして!僕らは何も……」
「あんたたちは止めなかったわよね?私がこいつに痛めつけられてる時もただ見てるだけだった……だから同罪よ」
「そんな……」
「まあ、待て。結論を出すにはまだ早いのではないか?」
「はあ?」
「これでも儂も商人の端くれ。ある程度人を見る目はあるつもりでな。お前さんたちの事情についても何となくの察しはつく」
「何を言って」
「逃げてきたのだろう?あの栄華極める都市国家から」
途端にカイランの笑みが消え、険しい表情でエニシを睨む。
(やはり図星か……)
カイランの反応から確信を得たエニシはつまらなさそうな表情で小さなため息をこぼす。
「なに、多少の人間観察とカッサランの事情についてある程度の知識があれば結論を出す事自体そう難しくはない」
「カッサランの事情……?」
ヲチは少し考えたがやはり思い浮かばない。繁栄都市と呼ばれる程、豊かな国から逃げようとするカイランたちの事情が。
そんなヲチに目も暮れずエニシは独り言のように語る。
「時々あると聞く。富裕層と貧困層の叶わぬ恋というのがな。おぬしたちを初めて見た時から直ぐにそうではないかと疑った」
そう言われてヲチはハッとする。
確かに二人を初めて見た時、身に付けている物の格差が印象的でカイランのススノロに対する態度もあり何となく主と従者の関係性かと思っていた。
しかし、それではススノロのカイランに対する態度や言葉遣いは不自然だ。
ススノロはカイランを気遣い付き従っているようにも見えるが、どこか親しげで主と従者と言うには距離感が近いようにも思えた。
主と従者というならエニシとシムラの方がそれらしく見える。
「そんな事を富裕層の親が許す筈もない。だが反対される程、恋は燃え上がりやがて駆け落ちなどという後先を考えん愚かな行為に走るそうだ」
カイランは淡々と語るエニシを無表情で見つめている。
いつまた感情が爆発するか分からない状態にヲチは内心穏やかでない。
「だが当然、富裕層の親は我が子を連れ戻そうと追手を差し向けてくる。そして追手に捕まれば貧困者は子供を誑かしたと言われ殺されるのが大概だ」
状況を見守るヲチの横でゆっくりとセンが上半身を起こす。多少は体調も良くなったようだ。
「であれば、最も危機的な状況にあるのはススノロ殿の筈……と思っていたが、どうもススノロ殿よりもカイラン殿の方がずっと焦っているように見える」
それから……と付け加えながらエニシはカイランとススノロを交互に見る。
「おぬしら、着ている服を取り替えておるだろう」
「……………………」
ヲチもようやく合点がいった。
心配して声をかけたススノロに対してカイランが放った『家柄しか取り柄の無い木偶の坊』という一言から感じた違和感はやはり間違いではなかった。
「恐らくは目撃情報を誤魔化す目的だったのかもしれんが、あまり良い方法とは言えんな。そのつもりならその上等な服をさっさと捨てて別の地味な服でも買って着た方が有効だったと思うが」
つまりはススノロの方が富裕層の生まれであり、カイランの方こそ貧困層の生まれなのだ。
そして、追手に捕まれば十中八九、カイランは始末されてしまうのだろう。
(ひどく焦ってるように見えたのはそういう事だったのか……)
追われる身でありながら不可解なこの状況に巻き込まれ不安や焦りが募る。
そして、自分たちの目撃者となったこの四人を始末しなければならない、という結論に至ったのだろう。
エニシたちがカイランたちを追いつめたとか、ヲチたちがそれを傍観していたというのは建前に過ぎないのだろう、とヲチは考える。
「だがな、カイラン殿。今ならまだ間に合うかもしれんぞ」
「……間に合う?」
「そうだ。ススノロ殿とはここで別れるべきだ。カイラン殿はどこか遠い地でまた暮らせば良い。そうすれば追手もそこまでは追ってこんだろう。幸いここには馬も残っておる」
「そ、そんな事!」
ススノロは焦る様子を見せるがエニシはススノロの事には目も暮れない。
この二人において決定権を持っているのはススノロではなくカイランである事をもう十分に理解していた。
「……………………」
そんなカイランは意外にも感情を爆発させる事なく黙って俯いていた。
「食料だって儂らの物を分けよう。丁度一人分の食料が余ったところだ」
そんな様子を見て、カイランが迷っているのではと踏んだのかエニシは優しくかつ畳み掛けるように諭す。
「そろそろ分かってきた頃だろう。この先追われ続ける人生では、平穏に生きていく事は難しい。カイラン殿もススノロ殿もまだまだ若い。この先いくらでも取り返し用はある」
カイランは顔を上げる。
その表情には今までの狂気じみた怒りや冷たい視線はなく、どこか憑き物が落ちたような、普通の人間らしい顔つきに見えた。
「良い勉強になったと思えば良い。残酷かもしれんが……世の中にはどうあっても越えられない壁というのもある。いい加減、恋愛ごっこは辞めてそれぞれの身の丈に合った暮らしに戻った方がお互いにとって幸せというものだ。まあ、若気の至りというのは誰にでも」
「ごっこ?」
ススノロはエニシの言葉が信じられないというような困惑した表情で呟く。
「いや何……言葉の綾といつやつだ。儂が言いたいのはだな、つまりおぬしたちは気持ちばかり先走って周りが見えておらん。ここで思い止まればまだ間に合」
「違うっ!!!」
エニシの言葉を遮るようにススノロは強く叫んだ。
今までにないススノロの強い反応にエニシやセンとヲチは驚いた様子で眺める。
「違う、違う違う違うっ!!!」
呼吸を荒くしてエニシの言葉を否定する。
「間に合う事なんて無いんだ!ごっこなんかじゃないんだ!僕たちは本気であそこから逃げてきた!もう取り返しのつかないところまで来たんだ!だって、だって僕たちは……」
ススノロは今にも泣き出しそうな表情で身体を震わせていた。
「父さんを殺して……逃げてきたんだから……」
「…………何?」
ススノロの告白にエニシは固まる。
「殺した?自分の父親をか……?」
「くくくくくくく……くかかかかか……くふっ……ぐっ……アッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!」
突然、今までおとなしかったカイランが狂ったように笑い出した。
センとヲチは眉をひそめ気味悪げにそれを見つめている。
「そうよっ!殺してやったの!私がっ!滅多刺しにしてやったのよっ!」
「馬鹿な……何故だ。何故殺す必要があった?カッサランの富裕層はそこら辺の一般人とはわけが違う。相手がどれだけの人物か分かっておるのか?」
「何よそれ。生命の価値はみんな同じでしょ?一体そいつの何が優れてるって言うの?たまたま生まれた家が恵まれてただけじゃない。それなのにっ!あのクソジジイは私を汚物でも見るような目で見下しやがった……だから当然の報いよ」
エニシは額に手を当て大きなため息をつく。
いくら貧困者と見下され言われの無い屈辱を受けたとはいえ、殺人に手を染めたのなら、それはもうどうしようもない。
(殺した?自分の父親を……?)
同様にセンもススノロを全く理解できないでいた。
自分の父親を殺す決意をした事。そして自分の父親を殺した女と行動を共にしている事も。
「くふふふっ……ねえ……ねえ!説得できると思った!?こんな小娘相手ならいくらでも言いくるめられると思ったんでしょ!?」
エニシの目論みを外させて一泡ふかせたつもりなのか、自棄糞になっているのかは分からないが勝ち誇ったようにカイランは笑う。
「舐めてんじゃねえぞっ!商人ごときがっ!お前は今から!ここにくたばってるお前の仲間と!同じ目に合うんだよっ!」
カイランは癇癪を起こしたように激しく取り乱しながらシムラを何度も踏みつける。
「いやまさか……ここまで狂っておったとはな……確かに儂はおぬしたちの事を少々見くびっておったのやもしれん」
一瞬驚いた表情を見せてはいたが直ぐに冷静さを取り戻す。
とはいえ、最早人の懐に入ろうとする商人の顔ではない。
センとヲチ、二人に見せたあの底知れぬ冷たい表情だ。
(龍の死を語る狂言少年に繁栄都市の貴族殺し……そして姿を消したピファウル集落の住民たちか……全く……今日はとんだ厄日ではないか……)
現在の状況を整理しつつ内心で愚痴る。
(正直、わけが分からん。だが……たまにはこういうのも悪くないかもしれんな……)
エニシは常軌を逸したこの状況を心のどこかで楽しんでいる自分がいる事に気付いた。
(くそ……どうする……状況は何も変わってない……あの人がやられたら次は僕たちだ……)
ヲチは頭を振って恐怖心を取り払う。
(落ち着け……彼女が襲いかかると同時に全力で走り出すしかない……もう一人の方は僕たち同様戦闘は得意そうには見えない……センと僕の二人でかかれば突破する事はそう難しくない筈だ……)
武器になる物をもっているからか、一番厄介そうなシムラを戦闘不能にしたからか、カイランは男三人を相手に不敵に笑っている。
そして、同じく追いつめられている筈のエニシも全く動揺する様子を見せず涼しい表情で相手の動きを待っていた。
(これはハッタリ?いや、闘いの心得でもあるのか……?)
護衛の巨漢であるシムラがカイランの足下で倒れているにも関わらず、余裕の態度を崩さないエニシに緊迫感の続くこの状況を見守るヲチは再び違和感を抱き始めていた。




