豹変する商人
「確かに奴らの行動は常軌を逸しておる事が多い。だが分からぬからと言って何もかも奴らのせいにしていては自分の目が曇るだけ。先ほどの女と一緒だ。馬鹿ほど何かのせいにして騒ぎたがる」
シムラは数秒ヲチたちを睨みつけながら見下ろしていたがチッと舌打ちをすると戻っていった。
その直後だった。ほんの刹那の時間、外の日射しが遮られたかと思うと強烈な突風が吹き荒れる。
ーーゴオオオオオオオッッッ!!!!!!!!!!
その突風で狼煙の火種が一瞬で消し飛び枯れ葉や枝木なども空を舞いどこかへいってしまう。
風圧は倉庫の中まで及び全員が顔を腕で隠し砂煙などから身を守っていた。
「ひいぃぃぃぃぃやあぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
ピファウル集落に一人だけ取り残された男が悲鳴をあげ、外の狼煙が跡形も無くなっているのを見たシムラは舌打ちする。
「うああああああっ……うああああああっ!!!」
男は錯乱状態となり声が枯れそうになるくらいの叫び声をあげる。
「落ち着け、風が吹いただけだ。何も恐ろしい事は起きとらん」
エニシは怯える男を宥めながら少しだけ疑問に思う。
(シムラの脅しには何一つ反応を示さんかったが……強い風が吹いただけでここまで感情が不安定になるとは……何が何やら……)
エニシは身体の震えが止まらない男の背中を擦りながら、どんな細かな情報でも見逃さないよう男の様子を観察する。
「いててて…………」
センとヲチはぐちゃぐちゃになった荷の上から起き上がると、エニシと目が合った。
「大丈夫か?まあとはいえ、今回はお主たちにも非はあるのだぞ?あのような事を言われればな……」
「僕たちだって本当は話すつもりはありませんでしたよ……」
ヲチは少し拗ねたような態度をとる。
そっちが踏み込んできたんじゃないか、と暗に言っているようだった。
エニシも彼らが最初の自己紹介で目的を簿かしていた事を思い出す。
「そうか。それは……悪い事をしたな」
それについてのみエニシが謝罪するとお互いに何も言わなくなる。
エニシの言葉もシムラの言葉も間違いはない。龍が死んだ。蟻に喰い千切られ、自爆による大爆発で命を落とした。
そんなことを人に言えば石竜子殺しと疑われるのが自然な成り行きだろう。
そうなれば拷問され極刑を言い渡されるような国も少なくない。
ヲチ自身、ある程度予想していたこととはいえやはりショックだった。悔しさとやるせなさで下を向く。
センも納得はしてないがこれ以上は誤解を深めるだけだというのは分かっているため沈黙している。
そして、改めて自身がそれほど恐ろしい組織に勧誘されているのだと自覚した。
(それにしても……変な気候だな……)
ヲチはここに来た時の事を思い返す。
ピファウル集落のある森に入ろうとした時にも二人が転んでしまうほどの凄まじい強風が吹いた事があった。
正直あれは驚いた。台風でもないのにあんな強風が生まれるものだろうか。
ここはこんな事が度々あるのだろうか。それともただ偶然台風並みの強風が二度も発生したのか。
考えてもしょうがない事を考えている気がしてヲチはそこで思考を止める。
顔を上げると視界の端にエニシたちの荷車に覆い被さった布が捲れ上がっているのが映った。
先ほどの強風が屋内に入ってきたせいだろう。
そのためエニシたちが必死に隠そうとしていた中の荷が垣間見える。
(あれは……何かの絵……?)
絵画や書を入れて掲げておくための枠である額縁とその中に収められている絵のような物の端が僅かに姿を見せていた。
そんなことには気付きもせずエニシは頭を抱えて震える男を宥めながら男の怯えように一抹の不安を覚えていた。
(やはりこいつの様子は只事ではない……ここに留まり続けるのはあまり得策ではないか……馬も疲弊しているだろうが仕方あるまい……)
そんな風に考えを変え自らの荷に視線を向けると、被せてあった布がめくれ上がっているのを発見した。
直ぐさまセンとヲチを確認すると二人の視線は完全にエニシたちの荷に釘付けになっている。
無言で荷車とヲチたちの間に立つと、二人は顔を上げエニシと視線が合う。
「……見たか?」
そう言って見下ろしてくるエニシの表情にヲチはぞっとする。
今までのにこやかな態度が嘘だったかのように冷淡な表情でセンとヲチを見据えている。
「い……いえ、僕たちは……何も……」
否定はしてみるものの、荷車の中を覗いていたところを見られている。見たか?と聞いてはいるがエニシは殆ど確信を持っている様子だ。
「少々困った事になったのう……」
エニシの呟きと共にシムラも敵意を持った表情でヲチたちの前に詰め寄る。
今度はエニシも止める気配はない。
「い、一部ちらっと見えただけで……中に何が入ってるかなんて」
「黙れ。お前らがいると不都合なんだよ」
「俺たちをどうするつもりだ……?」
センの疑問にシムラは答えず横目でエニシを確認する。
「何、命までとろうとは言わん」
シムラは本当に殺すつもりではないかというくらいの殺意を二人にぶつけていたため、エニシの言葉に二人は僅かに安堵の表情を見せた。
「だが、そうだな……カッサランにまで来られるのは困る……」
ほんの数秒エニシは考えるように視線を斜め上にすると
「両足の骨を折ってどこかへ監禁しておく必要があるな」
そんな非常な判断をいとも簡単に口にする。
「な……何で!どうしてそこまでされなきゃいけないんだ!」
先ほどからエニシの様子がどうもおかしい。
鍋を囲んでいた時や鶏冠龍と孔雀龍の話をしていた時は商人らしく人当たりの良い人物に見えていたが、今は自分の都合の為なら平気で人の道を外れた事を行う雰囲気がある。
(まさかこれが……この人の本性……)
醸し出す雰囲気は明らかに異質だ。というよりは普通の世界の人間ではないとヲチは感じていた。
ふと、ある考えが頭に浮かぶ。
もしかするとこの人たちは、表の市場では取り扱えない品を裏の市場で捌いて大金を得る闇の商人なのではないか。
だから、こうも必死に自らの品を隠そうとする。それが露呈すれば重い罰を受けることになるのだから。
そんな風にヲチは当たりをつける。
「はっ……何が録な育てられ方をしてない、だ……お前らの方がよっぽど人の道から外れてるぜ」
「ガキが……状況を理解できてないようだな……」
シムラが一歩踏み込むとセンとヲチは一歩後退する。
しかし、今二人がいるのは少し広めな倉庫の中であり出入口にはシムラとエニシが控えていてどこにも逃げ場はない。
「僕らは誰にも話さない!カッサランにも行かない!だから!」
「すまんな、少年。それを信じてやれる程儂らはお人好しではない。だがお主たちは何も悪くはない。強いて言うなら……まあ運が悪かったのだ」
「運だと……」
「そうだ。偶然に儂らの荷を見てしまったばっかりにな。世の中知らない方が良い事もあるという事だ」
「分かったか?恨むなら弱い自分自身を恨むんだな」
(くそ……くそ……)
仮に二人がかりでもシムラに素手では絶対に敵わない。
だからと武器になりそうな物を探すがそう都合良く見つかりはしない。
一歩、二歩と獲物を追い詰めるように二人へと近付いていく。
「ヲチ、やるしかない……」
センの言葉にヲチも腹を括る。
立ちはだかるシムラに二人が一歩踏み出した直後だった。
「うっ…………」
シムラから奇妙な声が漏れる。余裕そうな表情から一変して驚愕するように目を見開いていた。
一瞬の変化に気付いたヲチが殴りかかろうとするセンを片手で制して止める。
「ヲチ、何を……」
困惑するセンもシムラをじっと見つめるヲチの表情から何かを察してシムラの様子を伺う。
「か……ぐ……」
シムラは顔に大量の汗をかき足取りはふらついている。
手を動かそうとしているのか、右手がぶるぶると震えている。自分の身体を動かす事にすら一苦労しているように見えた。
やがてシムラは正面から地面に倒れる。シムラの背中には小型の刃物が刺さっていた。
エニシはそんなシムラを何の感慨も無い、虫でも見るような表情で眺めていた。
背後からの奇襲。でも一体誰が?
そんな疑問が頭に浮かぶより先に三人は出入り口に立つ人物の姿を見る。
「先ずは一人」
それは少し前にエニシたちと口論になって立ち去った女、カイランだった。




