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弱肉強食 ー君臨する龍 異形の蟲ー  作者: 世の中退屈マン
繁栄都市への道中編
38/55

狂人絵師

 


 (しばら)くするとカイランは立ち上がり外に向かって歩いていく。

 もう関わり合いになりたくないと思っているのか、エニシが声をかける様子もない。

 そして、外に一歩出るとそこで立ち止まる。


「結局一緒なのね、どこへ行っても。やっとあの糞みたいな所から逃げられたって思ったのに。本当に……がっかりだわ」


 そう言ってどこかへ行ってしまった。

 慌ててススノロが後を追う。


「行ったか……」


 エニシは()ました表情で呟くが、楽しく雑談するつもりが自身の首を絞める形となったことに少し気分が()えている。

 今更ではあるが、これ以上喋るのは余計な疑いをかけられるだけかもしれないと何も言わず天井を見上げていた。


「それで……鶏冠龍と孔雀龍は結局どうなったんですか……?」


 そんなエニシの気持ちをものともせずヲチが沈黙を破る。


「……何だ、気になるか?」


「……はい。正直かなり」


「儂がなぜ龍の逸話を知っておるかとは思わんのか?お前さんの仲間が言ったように龍の生態を探る行為は世の倫理に反しておる」


「それは……僕も同じです。ほとんど興味本位で龍の逸話を知りたいと思ってるんですから」


 正直なところ、引っ掛かるものが無いわけではないが今は彼らの事情よりも自身の好奇心という欲求を優先してしまう。


「はっはっはっ!そうか、そうか!ならば続きを話してやろう」


 ヲチの返答にあっさり機嫌を良くしたエニシは再び鶏冠龍と孔雀龍の逸話を話し始める。


「えー……それでどこまで話したのだったか……」


「二度目の衝突で鶏冠龍が怒り心頭状態になったというところからです」


「おお!そうだそうだ!それで鶏冠龍が怒り心頭状態になったことで戦闘はより激化していく」


 怒り心頭状態。

 センもヲチもその凄まじさを体験したからこそ分かる。

 理性も知性も消し飛び敵と認識した相手を破壊し尽くすまで暴れ続ける。その最中に何が巻き込まれようとも龍の視界には決して入らない。


 あれこそまさしく抗いようのない破滅(カタストロフィ)と言えるだろう。

 あの光景を見てから龍を信仰し心酔する人の気持ちがヲチは少し理解できてしまう自分がいることに気付いていた。

 それほどに圧倒的でこの世界を壊すのに十分足る力だと、そう見せつけられた気分だった。


「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど」


「……ん?何だ?」


「その逸話ってのは……最初にそれを見たやつがいてそいつの話を代々受け継いでるってことなんだよな?」


「その通りだのう。何百年も前に生きていた人間の話を伝承として子々孫々へと伝え人類の未来への教訓とせよ、という壮大でありがたい話なのだ」


「最初にそれを見てたやつは……そんな近くでずっとそれを見ながら突っ立ってたのか……?逃げもせず只々(ただただ)ぼーっと見てたってことになるんじゃないか?」


「んん……まあぼーっと立っていたかはともかくある程度近い距離でなければわからん情報であることは確かだの」


「なら何でそいつは逃げなかったんだ……?そんな所にいれば死んでもおかしくないのに……」


「ああ、そういうことか。簡単なことだ。命の重さが今の時代とは違ったのだろう」


「命の重さ……?」


「そうだ。かの時代、食料になり得る物は粗方(あらかた)龍たちに食い尽くされ、日に一度でも何かにありつければ幸運。世界の至る所で災害級の戦いが生じ、隠れ(みの)としていた地下でもいつ天井が落ちてくるか分からぬ日々。一日一日いつ死ぬのかと考えておれば……」


 エニシはかの時代に思いを()せるような物憂げな表情で下を向く。


「ともかく、何もかも通用しない時代だったのだ。常識も。正義も。憎しみも。心が壊れ気が狂った者がいても何ら不思議ではない。中には龍の戦いを絵に描いた狂人もおるのだからな」


「絵を描くって……つまりそれは……龍の戦いを近くで観察しながら呑気に筆を動かしてた奴がいたってのか……?」


「儂が当時の狂人絵師(きょうじんえし)たちの心境を代弁することは到底叶わんが……少なくとも呑気とはかけ離れた心情だったとは思うがのう」


 興が乗ってきたのか、エニシは懐から煙管を取り出すと口に咥え、一息つくように煙を吐くとまた話し始める。


「憎しみか、恐怖か、信仰心か……あるいは過酷な環境で何かを悟ったのか……はたまたそれら全てが複雑に混ざり合っていたか……それは本人たちにしか分からんことだろう」


「どうかしてるな……そいつらは」


「その通り。完全にイカれておる。当初誰もが彼らを病人扱いし嘲笑の(まと)であったそうだ。だがな……」


 言葉を区切り煙を吐く。


「その龍すら恐れぬ狂気に……その凶行にやがて人々は光を見たのだ」


「光……?」


「暮らしを奪われ僅かな食料を求め醜く争い、いつ死ぬかも分からんと地下で怯え続け絶望し……疲弊し……惨めな思いをしてきた当時の人々は、あの大災害を前にして尚、全く怯むことなく絵描きに没頭するその姿……巨大な岩や樹木の破片が降り注ごうと自らの衝動を形にしようとするその姿に……生きる力を貰ったのだそうだ……」


 センだけでなくその話を知っていたヲチですら聞き入っている。


「有名な言葉がある。ある狂人絵師の狂気に触れた者の言葉だそうだ。『人は……人類はまだ負けていない』……とな」


 そう言ってまた煙を吐いた。


「………………そいつらはさ……最後、どうなったんだ……?」


「他の者たちと何も変わらんさ。寿命を全うした者は誰一人としておらん。皆、龍たちの戦いに巻き込まれ命を落としていったよ」


「そっか……そりゃ、そうだよな……」


「だが、彼らが産み出した物は『偉業』と(たた)えられ大層大事に守られていき今でも多くの作品が残っておる」


 気付けばエニシの目は(うる)んでいた。

 それを見てヲチはなぜエニシが龍の逸話を聞きそして自分たちに話そうと思ったのか少しだけ納得できたような気がした。


(この人は……そうか……きっとあの人と同じなんだ……今とは比べようもないくらい悲惨な時代の……風景や……苦しみそして生きざまに……心を奪われたんだ……)


「少し熱が入ってしまったようだな……話を戻そう」


 エニシは上を向き手で目を(ぬぐ)うと続きを話し始める。


 怒り心頭状態となった鶏冠龍の猛攻に孔雀龍は何とか応戦するがやがて爆音波吐息(ばくおんぱブレス)の直撃をくらい山の壁に叩きつけられ、その衝撃で山も大きく歪んでしまう。


 すぐに体勢を立て直そうとするが爆音波吐息の直撃直後のせいか僅かに動きが鈍る。

 その隙を逃さず距離を詰めてきていた鶏冠龍の蹴りが孔雀龍の顔面を直撃した。


 孔雀龍の(くちばし)はぐにゃりと歪み、壁となっていた山は容易く崩れ孔雀龍は後方へ吹っ飛ばされる。

 何度か地面に衝突すると10km以上も離れた地点でようやく止まった。


 孔雀龍は何とか立ち上がると顔を上げる。孔雀龍の顔には生々しい傷痕がついていた。

 口を覆う体皮は(えぐ)れ、(おぞ)ましい牙がぞろりと剥き出しになっている。


 外傷だけではない。立ち上がったものの、顔面へ諸にくらったことで視界が揺れ身体が妙にふらつく脳震盪(のうしんとう)のような状態にあった。

 しかしそれでも、怒り狂った鶏冠龍が遠く離れた前方から凄まじい勢いでこちらに向かってくるのが何となく分かっていた。


 ーーキャアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!!!


 孔雀龍は山々が揺れるほどの巨大な咆哮を上げる。感情が(たかぶ)り孔雀龍自身、自分でも制御のしようがない程の何かが溢れ出てくるのを感じていた。

 見る見るうちに孔雀龍の姿は変容していく。


 体毛は逆立ち、全身に微妙な光沢が生じる。

 長く伸びた尾翼は(つぼみ)が開花するように左右に広がりやがて扇のような形となった。


 広がった尾翼は孔雀龍の全長をも超えるほどの大きさとなりその表面には独特の紋様が浮かび上がっている。

 この姿こそ孔雀龍と言われる所以であり繁殖期に雌へ求愛する孔雀の姿に酷似していた。


「そして完全に姿が変容すると地面を蹴り上げ、飛翔しながら鶏冠龍へと向かっていった……」

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