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弱肉強食 ー君臨する龍 異形の蟲ー  作者: 世の中退屈マン
繁栄都市への道中編
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逸話を語る商人

「すまんな。うちの馬鹿が」


 エニシは申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえ、あまり歓迎されてないことは分かってましたから……」


「はっ……俺たちが一体何したっていうんだよ」


「そんな汚ならしい格好してるからでしょ」


 センの文句にカイランが嘲笑うように返すと、センは表情一つ変えることなく無言で立ち上がった。


「おお!そうだそうだ!」


 その空気を断ち切るように陽気な調子でエニシが思い出したように口を開く。


「あの馬鹿の無礼に対する()び……というわけではないが一つ……面白い話をしてやろう」


「面白い話?」


 センが不機嫌そうにエニシを見る。


「よいか?そうそう聞ける話ではない。心して聞くのだぞ」


「…………はあ。分かった聞くよ。聞けばいいんだろ」


 立ち上がったセンはもう一度その場に座り直す。


「これは昔も昔、百年……いや二百年ほど(さかのぼ)る人類の敗北史こと『暗黒時代』の話……」


「…………!」


 暗黒時代と聞きヲチが(わず)かに反応したのをエニシは横目で確認する。


「かの時代、この辺りは朝鳴(あさなき)鶏冠(とさか)龍カッショクヤケイと絢爛(けんらん)孔雀(くじゃく)龍ハスコイフィリアとの闘争の場であったそうだ」


(これは……鶏冠龍と孔雀龍の逸話(いつわ)……)


「逸話ではこの二体の衝突が起きたのは二度。初戦は鶏冠龍特有の吐息(ブレス)爆音波吐息(ばくおんぱブレス)に孔雀龍は手を焼き苦戦を強いられることとなる……が、三日間の死闘の末、別の龍の介入によって決着は持ち越される」


 第三の龍の出現によって龍同士の戦いに横槍が入ることは珍しいことではない。

 世界中至るところで闘争が起こり、そして目まぐるしく戦況が変化する時代だった。


「しかし二度目の衝突は初戦の時より更に熾烈(しれつ)を極めた……」


「どう違うんだよ?」


「先ずは鶏冠龍。鶏冠龍がどんな姿をしておるかおぬしたちは知っておるか?」


「さあ?聞いたことないな」


「知るわけないでしょ。下らない……」


「………………」


 ヲチ以外の三人は首をかしげ、あるいは吐き捨てる。


「たしか、全身白い羽毛に包まれ二足の強靭な脚と頭に真っ赤な鶏冠が生える(ニワトリ)のような姿だとか……」


「ほう……よく知っておるな……」


 エニシは素直に褒める。


「い、いえ……」


(龍の知識に明るいか……どうもやはりただの子供ではないな……)


 ヲチたちに対するエニシの好奇心は少しずつ膨れ上がっていく。

 ある程度言葉を交わせば相手がどんな人間か見定めることに多少の自信があるエニシにとってヲチたちの存在はどうにも掴みきれない何かがあった。


「そう。それが鶏冠龍の本来の姿。だが当時の鶏冠龍にはとある変化が生じておった」


「とある変化?」


「そうだ。全身の白い羽毛は褐色に染まっていき、頭の鶏冠は更に長くなりまるでそれだけが独立した生物のような動きを見せたそうだ」


「………………」


「そうなった鶏冠龍は我を失ったように怒り狂い雨霰(あめあられ)の如く爆音波吐息(ばくおんぱブレス)が飛び交ったという」


(姿の変容そしてより強まる凶暴性……)


「つまり……それは……」


「『怒り心頭』状態……というらしい」


「そうか……やっぱり……」


 ヲチの僅かな呟きや反応を気にしながらエニシは続ける。


「『怒り心頭』状態とは龍が怒りのあまり理性や冷静な判断力を失う代わりに凄まじい力を持った状態のことでこれにより姿形が変わる龍もおるそうだ」


「そうか……それが最初の戦いと違うところってことか……それにしてもあんた……エニシって言ったっけ?随分と龍に詳しいんだな。龍の生態を探ろうとするのは禁忌(きんき)の筈だろ?」


 センの一言にエニシは一瞬、困ったような表情を浮かべると、そこにカイランがここだとばかりに(まく)し立てる。


「ねえ、あなた本当にただの行商人なの?どこでそんなこと知ったの?行商人がそんなこと知ってる必要があるの?やっぱりね、最初から変だと思ってたのよ」


「ま、待て待て。儂らは仕事柄あらゆる情報に触れ人々が何を求めておるのかを知っておかねばならんのだ。そうすることで競合相手から遅れをとることなく、また競合相手に差をつけることもある。他の商人たちも程度の差はあれど同じ事を考えておるだろう」


「それで?鶏冠龍と孔雀龍が戦ったって話があんたの商売にどう役に立つっていうのよ?」


(たしかに……商人をやっていればいろんな情報が耳に入ってくるのかもしれないけど……龍の逸話なんて……それも人前で簡単に話すものだろうか……)


「それは……言ったであろう。儂らにも言えないことはある、とな」


「あはっ!どうして言えないか、当ててあげるわ。それはあんたたちが無法者だからよ」


「なに……?」


「禁忌の知識を得ているのがその証ね。そして、ピファウル集落がこんな有り様なのもあんたたちの仕業(しわざ)でしょ!あんたたちはピファウル集落を襲った盗賊団の(した)()で下っ端らしくここで見張りでも任されてたんだわ!」


(いや、でもそれは違う……盗賊団がここを襲うのは規模や地理から見て考えにくい)


「はあ……上手くこじつけたつもりかもしれんが、発想の飛躍(ひやく)が過ぎるな」


「何よ?弁解できるなら……」


「そもそも、儂らが盗賊ならここにおる者たちを生かしておく必要はない。これは脅しではなく単なる事実として言わせてもらうが……外におるシムラはおぬしたち全員素手で殺せるくらいの力と技術はある。あやつは商売のための人手というより護衛として連れておるのでな」


「はあ!?何よ、結局脅しじゃない!」


「それからもう一つ。もし儂らを本気で盗賊と疑うのなら適当な理由をつけてここから立ち去ることも出来ただろう。わざわざ問いつめるより、そちらの方が遥かに賢い選択だと思うがのう。もし儂らが盗賊と認め開き直ったらどうなるかとは考えもしなかったか?」


「っ……だからそれは……」


「答えは簡単だ。カイラン殿、おぬしは本気で儂らを盗賊だとは思ってはおらんのだろう。ただこの訳の分からない状況を誰かのせいにしたかった……儂らを問いつめ何でもいいから粗探しがしたかった……違うか?」


「………………」


 言い負かされたカイランは悔しそうに表情を歪めるがそれでも(なお)食い下がる。


「あんたたちが盗賊団の一味じゃなくても、それがあんたたちが行商人だなんて証拠にはならないわ!疑われたくなかったらあんたたちの商売道具でも何でも見せなさいよ!」


「いや……それは……」


 ふとエニシの視線が背後にある荷車に向いた。荷車には何かが積み上げられているようだが上から大きな布が被せられていてそれが何かは分からない。

 それを察知したカイランはエニシに詰め寄る。


「へえ!その後ろにあるのがあんたたちの商売道具ってわけ!」


「いやっ……これは……大したものでは……」


 カイランはエニシの言葉を無視して荷車の前に立つと被さる布に手を伸ばす。

 しかし、荷の正体が現れることはなかった。


「いやっ!痛い!離して!何すんのよ!」


 カイランの手が荷に触れる寸前、外にいたシムラがカイランの腕を掴み上げていた。


「おい、女……いい加減黙れ……」


「ふざけんな!離せって言ってるでしょ!女に暴力だなんて恥ずかしくないの!?」


「チッ……」


 シムラは舌打ちするとカイランを放り投げ勢いよく壁に叩きつけた。


「はぁっ……」


 ドスッという鈍い音と共にか細い声が聞こえる。


「次、(わめ)き散らせば殺す。いいな……」


 そう言うとシムラは再び外の狼煙の側に戻っていった。

 カイランは呆然としながら床を見つめている。


「……これで分かっただろうカイラン殿。あんまり儂らを困らせんでくれ」


 下を向き小刻みに震えるカイランを見下ろしながらエニシは言う。

 そのやり取りを見ていたセンはますます不審に思う。


(こいつら……何を隠してるんだ……?)


「ああ……カイラン!大丈夫かい?」


 ススノロが心配そうにカイランに駆け寄る。


「どこか痛いところ……ひいいっ!」


 カイランの顔を覗き込んだススノロは悲鳴を上げると後ろへ倒れ込む。


(殺す。殺す。殺す。殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)


 カイランは怒りに震えながら氷のように冷たい表情で、呟くように殺意の言葉を口にしていた。

 そして、その強烈な殺意にエニシたちやヲチたちが気付くことはなかった。


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