居合わせた者たち
奥へ奥へと足を踏み入れると狼煙の火元にたどり着く。
火元は少し古びた倉庫のような家屋の前で焚かれていた。火元のすぐ側には男が一人立っている。
男と目が合うと同時にセンとヲチたちとは逆の方からも狼煙を見てやって来たであろう二人の男女が現れる。
男はその男女の気配に気付き二組を交互に確認すると古びた家屋の中に入っていく。
男が家屋の中に入ると地べたに顔を埋め泣きじゃくる男とそれを慰めるようにして男の肩に手を置く初老の男がいた。
「エニシ様……」
「おお、来たか……!」
エニシと呼ばれた初老の男は僅かに期待を込めた表情で立ち上がる。
「何人だ?」
「二人組が二組の計四人です。若い男女とぼろぼろのガキが二人……」
「若者と子供か……あまり期待できそうにはないの……」
軽いため息をついてそう言うと男と共に外に出る。
「「………………………………………」」
「「………………………………………」」
「「………………………………………」」
若い男女、センとヲチ、狼煙を上げた男たちこの場に居合わせた六人は狼煙の火元を囲み互いに顔を見合わせながら相手の出方を窺うようにして押し黙っていた。
得体の知れない赤の他人。そしてこの状況下。
お互いに警戒しない筈もない。特にセンとヲチの二人はぼろぼろの身なりだからか、より好奇の目に晒されている。
「ふっ……」
エニシの隣に立つ男はそんな二人を見下すような笑みを浮かべ嘲笑する。
(これ以上待っても無駄に時間が流れるだけじゃな……)
エニシは心の中でそう呟くと咳払いをして注目を集め、片手を上げつつ口を開く。
「ピファウル集落のこの状況について誰か心当りのある者はおるか?」
その問いにセンとヲチは目線を交わした後ヲチが答える。
「いえ……僕らはほんの少し前にここに来たばかりで何が何やら……」
「うむ……」
若い男女の方も掌を腹程度の高さまで上げ全く分からないといったポーズをとる。
「収穫なしか……」
当てが外れた様子でエニシは腕を組む。
「まあ、何にせよ……本来ならばお互い顔を見合わせることなく通り過ぎていく者同士だった儂らじゃが……何の因果かこうして出会ったのも何かの縁。ちょうど昼の頃合いだろう。大した物は出せんが共に昼飯でもどうだ?ん?」
その言葉を聞いた瞬間、センとヲチ二人の腹の虫が鳴る。
「はっはっはっ!決まりじゃな。そちらはどうか?」
尋ねられた男女は一瞬だけ視線を交わすとすぐに返答した。
「ええ、いただくわ」
「よし、シムラあれを持ってこい」
「は……」
シムラと呼ばれた男はエニシの指示に従い何処かへと走っていくとすぐに戻ってきた。背中には二人で使うとは思えないほど大きな鍋を背負っている。
井戸水や具材の調達をヲチとシムラで手伝いながらエニシは狼煙に使用していた火元を使って簡素な料理を振る舞った。
エニシから出された昼食は醤油ベースの汁に山菜らしき茎と葉そして先ほどヲチが拝借してきたようなパンを千切ったものが具材として入っている。
それから細く長い魚が人数分焚き火の近くで炙られていた。
こんな簡素な料理でも強い空腹感からセンとヲチにとっては大層美味く感じてしまう。
特にセンの夢中で掻き込む姿にエニシは少しばかり気を良くしたようで口角が上がる。
(ふん……卑しいガキだ……)
対照的にシムラは蔑みの視線を向けていた。
センが遠慮のない四度目のおかわりをしようとした時、鍋の中はほとんど何も残っておらず他の五人も器を空にして一息ついていた。
「そういえば、自己紹介がまだであったのう。儂の名はエニシ。そしてこっちの男がシムラじゃ」
紹介されたシムラは頭一つ下げることもなくただ睨み付けるようにしてセンとヲチを見る。
「まあ……あまり人相は良くないが、打ち解けてみれば案外面白いやつじゃ。はっはっはっ!」
豪快に笑うとまた元の声色にもどる。
「ここに来た目的は月並みなことこの上ないが、カッサランで商売するためじゃ。けっこうな長旅だったのでな、ここで休息を兼ねての情報交換をするつもりだったのだが……この有り様じゃ……」
エニシは周囲を見渡し、相変わらず静まり返るピファウル集落にため息をつく。
ピファウル集落はカッサランへ向かう者とカッサランからの帰路につく者たちとで入り乱れるため、カッサランでの市場が現在どのような動きをしているか、など商売をする上で上手く立ち回るための情報交換の場にもなっていた。
「それで……お前さんたちは?」
エニシはぼろぼろな二人の少年に話をふる。
カッサラン側からやって来たであろう男女の事情についてエニシはおおよその見当がついていた。
「僕たちもここに来たのはカッサランへ向かうためです」
「何用なのだ?出稼ぎ……というわけでもなさそうだが」
「それは……」
しばしヲチは沈黙する。ありのままを伝えても大丈夫なのだろうか。
ただでさえ怪しい二人組という印象を持たれた筈だ。
龍の敗北や地形を破壊したり雲に擬態し降り注ぐ蟻たちがいるだなんてことを言えば一気に警戒される可能性は高い。
「詳しくは言えません。ただ、カッサランの中央議会に名を連ねるどなたかに会うことができれば……と」
特にこの異様な状況下での無用な疑いや争いに発展することを危惧して具体的な解答は避けた。
「ぷはははっ!嘘でしょ!会う!?中央議会の爺どもが!?あんたみたいな小汚ない子供と!?」
突然、もう一組の女の方が吹き出すように笑う。
センは女を睨むが女はその視線を無視して笑い転げる。
「簡単に会えるとは僕も思ってません……それでも僕らは彼らに伝えなければいけないんです」
「うむ……」
エニシはヲチを値踏みするように観察する。
汚れた身なりと持ち物をほとんど何も持っていない様子から何らかの事件に巻き込まれた可能性は推測できるが具体的にそれが何かまでは分からない。
助力を申し出ればもっと詳しく聞けるのかもしれないがそこまでするほどの情報なのかは疑わしい。
「ま、事情は人それぞれだからの。それでお前さんたちは?」
今度は男女の二人組に話をふる。
「アタシはカイラン。こっちがススノロ」
ススノロと紹介された男は弱々しく頭を下げる。
「名前だけで十分でしょ?たまたまここで出会っただけの人たちにそこまで話す義理はないわ」
「ふん、こちらもこの状況を説明できない奴らに用などない。さっさと失せろ」
カイランの素っ気ない態度にシムラも応戦するように罵る。
「……何ですって……?」
カイランの表情は一変し鬼のような険しい表情でシムラを睨み付ける。
そのあまりの形相にセンとヲチは一歩後退ってしまう。
「ひいぃっ……」
だが最も怯えていたのはカイランと共に来た男、ススノロだった。ススノロは頭を抱えて膝に顔を埋めながらぶるぶると震えている。
「はっ……たかだか女の癇癪に情けないやつだ……お前の連れは本当に男か?」
シムラの嘲りにカイランは更に表情を歪ませる。気づけば一触即発の事態となっていた。
ススノロはより一層震えだしセンとヲチも険悪な雰囲気を感じて口をつぐんでいた。
「おい、よさんか。今はそんなことをしておる場合ではないだろう」
拳でシムラの頭を軽く叩くとエニシが二人の間に割って入る。
「は……」
エニシに言われシムラは大人しく引き下がる。
エニシとシムラ、先ほどの二人の様子から二人の間には何らかの上下関係があるようだとセンとヲチは感じていた。
「カイラン殿、うちのバカが申し訳ない。どうやら思いの外この状況に苛立っておるようだ。何、言えないことくらい誰にでもあるもの……カイラン殿たちにもそしてこの少年たちにも。無論、儂らにも……な」
そう言うエニシは穏やかだがどこか不敵な笑みを浮かべていた。




