鶏冠龍vs巨大斑猫
会敵した瞬間、咆哮をあげようとした鶏冠龍だったが龍種とはかけ離れた敵の姿と醸し出す独特の雰囲気にしばらく相手の様子を伺うように観察していた。
それは龍種というより蟲のような姿をしていた。
身体全体が赤に青、緑や白などの複数の色からなる班紋に包まれ、目元からは長い触覚のようなものが生えている。三対の長く太い六本脚や横に開く凶悪な顎も龍種には見られない特徴だ。
しかし、ただの虫というにはあまりに巨大で全長は鶏冠龍よりも少し大きめかもしれない。独特の体色も相まって強烈な存在感を放っている。
姿だけを見れば虫に詳しい者がいると即座に斑猫の名前が挙がることだろう。
斑猫とは別名『道標』とも呼ばれオサムシ科ハンミョウ亜科に属する昆虫の総称である。
中でもとりわけ色鮮やかな姿をしている種がまさしく鶏冠龍と対峙している巨大な怪物と似た姿をしている。
ーーシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ、シュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
重厚な息づかいと共に凶悪な顎をゆっくりと開閉しながら唾液が大きな滴となって滴り落ちる。
それはまるで獲物を前にした捕食者だ。
しばらく沈黙していた双方だったが自身に向けられた視線の意味を鶏冠龍が理解した瞬間、その沈黙は破られた。
ーーゴケエエエエエエエエエエエエエッ!!!!!!!!!!
鶏冠龍の咆哮が山々に響き渡る。
直後、それを開戦の合図と受け取ったのか巨大な斑猫は地面を蹴り土煙を上げながらその巨体からは考えられないほどの恐るべき速度で鶏冠龍に突進する。
「ゴゲッーー」
その速度に反応しきれなかった鶏冠龍は巨大斑猫による突進の直撃を受けてしまう。
ーーズガガガガガガガガガガガッ!!!!!!!!!!
巨大斑猫の顎が腹部に突き刺さり、連なる山々を削りながら勢いのまま押し込まれる。
押し込まれながらも鶏冠龍は強靭な脚とそこから生える爪を地面に突き立てながら何とか勢いを殺していく。
衝突地点から数千メートルほど離れたところで突進の勢いは相殺された。
それでも一向に引かない巨大斑猫。顎の根元まで深く鶏冠龍の腹部に突き刺さっている。
ーープシュッ!ブシュッ!
傷口から僅かな血飛沫が噴き出す。
しかし鶏冠龍もまたその傷で怯む様子は全くない。龍種にとってこの程度の傷は擦り傷程度のものだ。
強靭な脚を一歩また一歩と前に前進させ巨大斑猫を押し返していく。単純な力では鶏冠龍の方が僅かに上回っているようだ。
「ギュアッ!」
片足で巨大斑猫の肩を掴むと突き刺さった顎を引き抜き、即座に体勢を変え身体を横にすると、その体勢から巨大斑猫の頭部を目掛けて下から強烈な蹴りをくらわせる。
ーーミシッ、メリメリメリッ
頭部と胸部を繋ぐ関節から生々しい音が鳴る。
巨大斑猫の巨体が宙を舞い二、三回転ほどしながら裏向きで地面に叩きつけられる。
裏向きになった巨大斑猫は三対の脚をジタバタと動かしながらもがいているが起き上がりに苦戦しているようだ。
すかさず鶏冠龍は助走をつけ高く飛び上がると巨大斑猫の腹に向けて強靭な脚を構えながら落下していく。
この強靭な脚こそ鶏冠龍の戦闘においての強みの一つでありそれを最大限活用するのが鶏冠龍の基本的な闘い方である。
ーーズガアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!
巨大斑猫は何とか体勢を戻すと同時に横に跳んで避けたため、鶏冠龍の落下攻撃は何もない地面を砕き振り下ろした方の脚は地中深くまでめり込んでしまう。
直ぐに脚を引き抜くと巨大斑猫へと身体を向ける。
巨大斑猫はゴキッ、ゴキッと頭部を左右に傾けながら自身のダメージを計るような仕草を見せる。
自身の顎に付着した鶏冠龍の血の匂いに反応し、また口からだらりと唾液をこぼすと、即座に鶏冠龍へと突進する。今度は頭部を低くして鶏冠龍の脚を狙う。
やはり凄まじい速度だが鶏冠龍はそれを跳躍して躱す。
鶏冠龍が着地するのとほぼ同時に巨大斑猫土煙を上げながら停止する。
巨大斑猫の突進は目で追うのも難しい程の速度だが動きは直線的で予測しやすいため躱せないという程でもない。
鶏冠龍に向き直った巨大斑猫は再び突進を繰り出すも、全く同じようにして躱される。
更に幾度もそれを繰り返すが直撃を喰らわせるには至らない。
次第に鶏冠龍も一辺倒な攻撃にタイミングを掴み始める。
そして、次に巨大斑猫が大地を踏み締めた瞬間。
大きく息を吸い込んだ鶏冠龍の身体が膨らんだかと思うと
ーーゴゲエエエエエエエエエエエエエッ!!!!!!!!!!
咆哮と共に巨大な爆音を伴う衝撃波を口から放出した。鶏冠龍の戦闘におけるもう一つの強みである爆音波吐息である。
乱れた気流の塊が途轍もない速度で接近して来るのが視認できる。
爆音波吐息に巻き込まれた木々は根元から吹き飛ばされ上空へと舞い上がっていく。
突進直後に放たれたため巨大斑猫は止まることも出来ず勢いそのままに爆音波吐息に突っ込んでいった。
巨大斑猫と爆音波吐息が衝突すると突進の勢いは殺され爆音波吐息の中で絶えず脚を動かすが、じりじりと後退していきやがては勢いに負け吹き飛ばされてしまう。
地面に落ち転がると数千メートル程の距離で止まる。表向きの姿勢で止まったため大きな隙ができることはなく直ぐに臨戦態勢に立ち直る。
よく見ると巨大斑猫の長く伸びる触覚の先から青い液体がポタッポタッと滴り落ちていた。
一見さほど効いていないように見えるが先ほどの荒々しい勢いが一変し明らかに巨大斑猫の様子が大人しくなっている。
巨大斑猫は荒々しい猛攻を止め鶏冠龍の様子をじっと伺っている。
その様子を見て好機と考えたのか鶏冠龍は巨大斑猫へと凄まじい勢いで向かっていく。
巨大斑猫から少し離れた場所で跳び上がると落下しながら巨大斑猫の頭部を狙って脚を構える。
ーーバギィッ!!!
脚を振り下ろす直前、巨大斑猫は全く衰えない速度で前進し鶏冠龍の踏みつけを躱す。
また只の地面を蹴り砕いた鶏冠龍の脚は地中を貫きめり込んでしまう。
回避行動をしてから直ぐに向きを変え鶏冠龍の方を向きながら地面を滑るようにして停止した巨大斑猫はその隙を決して見逃さない。
ーーザザザザザザザザザザザザザザッ!!!!!!!!!!
土煙を上げ木々を踏み潰し蹴散らしながら目にも止まらぬ速さで鶏冠龍に迫る。吐息も間に合わない。脚を引き抜く暇もない。瞬時に受けきるしかないと判断した鶏冠龍は地面を掴む脚と腰に力を込める。
ーーグチィッ、ブチブチブチッ!!!!!!!!!!
「ーー?」
鶏冠龍はきょとんとした表情を浮かべる。激しい突進を覚悟していたのだがそれが一向に訪れない。
いや、そうではない。一瞬。一瞬だけ見えたのだ。
突進して鶏冠龍に衝突すると直前、巨大斑猫は翅を広げその勢いのまま僅かに上昇したのだ。
恐らくそれは鶏冠龍の顔面を狙った攻撃だったのだろう。
ーーバリッ、コリッコリッ、ゴキッボリボリ、グシャッ
背後から生々しい音が聞こえてくる。
鶏冠龍が振り向くと巨大斑猫は顎に何かを咥え大量の唾液を垂れ流しながらそれを咀嚼していた。
鮮赤色に染まるそれが何なのか鶏冠龍はしばらく分からなかった。
すると、日光に照らされてできる自身の影の形がいつもと違うことに気付く。
頭の、鶏冠の影が欠けていた。まるで、噛り取られたように。
改めて巨大斑猫が咀嚼している物を観察するとまさしくそれは鶏冠龍の由来ともなった猛々(たけだけ)しい鶏冠の一部だった。
鶏冠龍がそれに気付いた瞬間固まっていた表情が徐々に怒りで歪んでいく。
腹部に傷を負った時とは反応がまるで違う。
鶏冠龍にとって自身の鶏冠は無意識下において己の存在意義を示すほどの部位だった。
そして、鶏冠龍の怒りは爆発した。




