とある場所では
青々とした緑が溢れる山中のあまり木々の生えていない場所で二人の少年が焚き火を挟んで何やら話し込んでいる。
一人は眼鏡をかけている事以外にこれといった特徴のない黒髪の少年であり、もう一人は灰色の髪と鋭い目つきが印象的な人相の少年である。
二度の災厄を経て、二人は繁栄都市カッサランを目指していた。
カッサランという大国を取り仕切る上層部に山羊龍龍奉儀で何が起きたかを報告する。
更に難民となった人たちの援助を嘆願しこれから襲い来るであろう災厄に備えなければならない。
太陽の位置から時刻は昼を少し過ぎた頃。蝉の合唱は多少マシにはなったものの、やはりまだ耳障りに感じる。
よく見ると眼鏡の少年が、木の枝で地面に何かの図を描いていた。
「そもそも生物というのは界- 門 - 綱 - 目 - 科 - 属 - 種という七つの分類階級によって分類されてるんだ」
地面に描いた図を順番に指し示しながら生物の分類について、やや興奮気味に自身が知る知識を語る。
「例えば僕ら人間は、動物界 脊索動物門 哺乳綱 霊長目 ヒト科 ヒト属 サピエンス種というように分類されるんだ」
「ああ……」
センは聞いているのか分からない表情で目の前で燃える焚き火を見つめる。オオトリノたちと別れてから三日が経過した。イコトから貰った食料は既に底をつきている。
「これは言い換えると遥か太古から今日に至るまで生物が七度の明確な進化を遂げているということでもあるわけで……」
「…………はあ…………」
やはりセンは虚ろな目で焚き火を見つめている。焚き火には木の枝に串刺しにされ炙られている今日の昼食があった。
「知ってるかい?僕ら人間を含めた全ての生物は共通の祖先から生まれてきたと考えられてるって話」
「なあ……ヲチ……」
ヲチは喋りながら火の通りを全体に行き渡らせるよう木の枝をくるりと回す。
「ただ、龍種だけはそれらの分類に含まれない。そもそも龍種の生態の多くは謎に包まれているわけだし。多くの人にとって龍種とは生物ではなく神という上位の存在……ということになってるからね……」
先程から何かのスイッチが入ったかのようにヲチは口早に語っている。
そんなヲチを見てると、数日前に出会った龍という生物に心を奪われた老人の姿と重なった。
死にかけていたセンとヲチを救った命の恩人であると同時にとんでもない修羅場に巻き込んだ首謀者でもある。
例えではなく本当に世界を敵に回してでも龍種の探求に人生を捧げるその男は、やはりとても危険で到底理解できない狂人であった。
どのくらいの期間かは定かではないが、過去にその老人と行動を共にしていたヲチはその老人のことを心底嫌っている。
だが、この様子を見るに案外似た者同士なんじゃないかとセンは思う。
「それに出現時期なんかも不自然だ。龍種が現れる以前の人類の歴史は千年以上あったにも関わらずその最中にあんな巨大な生物と一度も遭遇、もしくは発見できなかったのはおかしい」
「いや……あのさ、ヲチ……」
「やっぱり龍種の起源を……どのようにして生まれどこから来たのか……それが重要な鍵を握っているんだろうか……センはどう思う?」
「一つ……聞いていいか?」
「ん?なんだい?」
「これ……本当に食うのか?」
センがずっと死んだような目で見ていた先には飛蝗や蟋蟀などの昆虫が昼食として火で炙られていた。
「ははっ、そりゃあ食べないと身体がもたないよ。今日もまだまだ歩かないといけないんだから……ほらっ……」
三匹ほどの飛蝗が突き刺さった枝を笑顔で差し出す。
「うっ……いや、でもほら……木の実とか山菜もあるわけだし……さ」
嫌な気持ちが表情に出ないように何とか取り繕いながら昆虫食を何とか回避しようとする。
故郷のヤギ村でも昆虫食が全く無いわけではなかったが、基本的にセンはそれらを避けていたし何より生理的な嫌悪感が拭いきれない。
「とれる栄養が違うんだよ。それにそれだけじゃ後でつらくなるよ」
ぐい、と更に飛蝗の串刺しをセンに近づける。
顔近くに持ってこられたため嫌でもそれが視界に入る。間近で見ると飛蝗の姿がより詳細に見えてしまう。
(うっ……駄目だ……)
後退るセンは目の前で蟋蟀をボリボリッ、と食べ始めたヲチを見て辟易した表情を浮かべながら心の中で呆れる。
(あんな事があったってのに、よく食えるな……)
昆虫食に生理的な抵抗があるだけでなく二度も災厄級の蟻たちに襲われたことが一種のトラウマとなり全く別種の虫にも警戒感や恐怖心を抱いてしまう。
「えっと……それで何の話だったっけ?」
「つまりね、あの災厄のような蟻たちをさっき言った分類に当てはめるなら……」
(はあ……)
ヲチの話を右から左へ聞き流しながら空を見上げる。
ヲチの意識を何とかそらすことには成功したがいつまで誤魔化し続けられるかは分からない。
とはいえヲチの言う通り、木の実や山菜だけでは厳しいものがある。
(まともな飯はいつ食えるようになるんだ……)
腹から音が出るのを感じながらセンは木の実を噛った。
そして、時は僅かに遡る。
ヲチとセンたちがラゴ部族たちの集落で獅子龍アスカゴウラと降り注ぐ白銀真珠の蟻たちの激戦に巻き込まれている最中、時を同じくしてとある別の場所でも龍種と新たな怪物の闘いが勃発していた。
それは日の出前、薄暗く静まりかえった麓の村に徐々に朝の光が差し込み始める頃だった。
ーーゴケエエエエエエエエエエエエエッ!!!!!!!!!!
日が昇ると同時に爆音が村中に響き渡る。
朝鳴の鶏冠龍カッショクヤケイによる日の出を告げる咆哮である。
白い羽毛に包まれ二足の強靭な脚と頭に生える真っ赤な鶏冠が特徴的な鶏のような姿をしていることから鶏冠龍と呼ばれるこの龍はこれが毎朝の日課であった。
牛や豚そして鶏など多くの家畜を扱うことで広く知られる鶏冠龍連合集落の中でも鶏冠龍の生息域に最も近い場所に位置するハオヤキ村。
そこの村人たちはその爆音で嫌でも叩き起こされる。それがこの村の日常的な朝の光景だった。
しかしその日は何かいつもと違っていた。
異様な静けさだ。
いつもならぞろぞろと家屋から出てきて仕事を始める村人たちが一向に姿を現す気配がない。
そんな違和感を抱きながら徐々に照らされ鮮明になっていく村の光景に鶏冠龍は固まってしまう。
そこには惨状が広がっていた。
荒らされた土地、粉々に粉砕された家屋や厩舎。そこから垣間見える人や家畜のものと思われる肉片。
明らかにハオヤキ村は壊滅状態にあった。
一体何があった。
破壊の被害が尋常ではない。
昨日、眠りに落ちるまではいつもと何ら変わらない日々だった筈だ。
自然災害などによる突発的な事故?いやそうではない。
これは何者かによる意図的な破壊行為だ。
そして即座にこの規模の破壊を鶏冠龍に気付かれることなく一瞬で行える存在がいるとしたらそれは当然龍種に違いないだろうという結論に至る。
それと同時に完全に日が昇ると奥の山々の姿も鮮明になり完全な朝が訪れた。
直後、鶏冠龍は敵と思われる存在と相対する。
山々のシルエットに紛れていたそれは鶏冠龍を真正面から待ち構えていた。




