エピローグ
こうして騒々しい一連の騒動は一応の終着を迎えた。
白銀真珠蟻による大規模連鎖爆発の爆風を受け無傷というわけにはいかなかったがラゴ部族たちの集落に踏み入り獅子龍アスカゴウラたちの怒りを買ってこの程度で済んだのは不幸中の幸いどころか奇跡といってもいいだろう。
あれからオオトリノたちと別れたセンとヲチの二人は焚き火の前で特に何かをするでもなく座り込み佇んでいる。
空はすっかり暗くなり時折聞こえてくる虫たちの鳴き声が二人の静寂を埋めてくれた。
今はまるであの惨劇が嘘だったかのように穏やかだ。
半日以上時間が経過したがヲチはまだ頭の整理がつかないでいた。
白銀真珠の蟻。空から降り注いできたあの生物群を仮にそう呼ぶとして、あんな生き物が一体どこでどのようにして生まれたのだろう。
朱の蟻(地中から無限に湧き出す生物群を仮にそう呼ぶとして)にしてもそうだ。ヤギ村の住人たちが山羊龍龍奉儀当日になるまでその存在を全く感知できていないのはあまりに不自然だ。
(まるで突如そこに現れたような……)
そう考えた時、オオトリノが言っていたことを思い出す。
『そう!龍種は突如として現れた!』
『ある者は大地から。ある者は空から。またある者は海から、と世界各地でほとんど同時期に突如として奴らは現れたのだ!』
これは偶然なのだろうか?龍種の出現状況に蟻たちの出現状況はよく似ている。
しかしいくら考えても自分の頭ではそれ以上の発展はない。
ただ、あの光景を見てオオトリノも龍種の天敵としてあの蟻たちに強い関心を持ったことだろう。
狂気の情熱を持つあの男ならもういくつかの仮説を立てているのではないかとヲチは思う。
あの男なら真実に近い所までたどり着けるのではないか、と彼を嫌いながらも彼の狂気に期待する自分がいる。
そして同じく頭の整理がつかずじっと燃える火を見つめているセンに声をかける。
「セン、博士が言ったこと気にしてるのかい?」
そしてもう一つ別れ際にオオトリノに言われた言葉が二人の頭を悩ませていた。
「なんじゃ、やはり勧誘は失敗したか」
大きな惨状を前に二人が打ちひしがれていると、一目散に駆け出したオオトリノが戻ってきていた。
「なっ、博士……あの怪物を見に行ったんじゃ……」
「うむ、まあそうなのじゃがお前たちに一つ言っておこうかと思っての」
「勘弁してくださいよ、もうこれ以上僕らを面倒事に巻き込むのはーー」
「セン、お前さんの素質についてじゃ……」
「!」
センの素質と聞いてヲチは驚く。
センの素質とは恐らく山羊龍龍奉儀や先ほどの激しい戦闘の中で見せた不可解なまでの龍種に対する状況把握能力のことだろう。
「俺の?俺が何かしたか?」
「やはり自覚はないか……」
センは全く何の事か分からないといった様子だ。
「お前さん以外はみな気付いておるがお前さんは物理的に認識不可能な筈の獅子龍の精神的、身体的状態を把握しておった」
「!……それは……」
「恐らくは母親であり山羊龍カプリコーンと心を通わせたというスコーン・オリオンも同じ素質を持っていたのじゃろう」
「母さんと同じ……」
そう言われてセンはふと、カンコンに言われた言葉を思い出す。
『成長するにつれやはりスコーンの子だと実感するようになった。お前の発言には何度もヒヤリとさせられたものじゃ』
ヲチも同様にカンコンの言葉を思い出していた。
『この子はきっといつか化ける。スコーンのような多くの人に衝撃を与えるような人間に』
(カンコン村長は……見抜いていたんだ……センが母親であるスコーンさんと同じ素質を持っていたことを……そして……)
「龍種は一体なぜ人語を話せるようになったのか」
不意にオオトリノは言う。龍種についての大きな謎の一つであるその問いを。
龍種が人間に並ぶほどの高い知能を持っていることは事実だ。
だが、かつての龍種は人間を餌としか見ておらず人間と交流しようなんて考えたことは一度も無い筈だ。
そんなことを考える龍がいたのならきっともっと早く人類と龍は手を取り合えたのではないだろうか。
きっと今でも龍種は人間のことを働く餌くらいにしか考えていないのだろう。
「これはあくまで儂の仮説じゃがの……」
珍しくそんな風に前置きをする。
「龍種に言葉を教えた人間がいる。スコーン・オリオンのように龍種と交流し心を通わせた者がかつて暗黒時代末期に世界中に現れたのじゃ」
「「…………………………………………」」
二人ともオオトリノの話に圧倒されている。
そんなことあり得るだろうかという考えと同時に、人間を完全に見下し餌としか認識していなかった龍種と人間の間に龍奉儀の起源となる盟約が交わされたという話も龍種と全うに交流できる人間がいたのなら辻褄が合うのではないかとも思えた。
「全く根拠がないわけでもない。一部の逸話や狂人絵師たちの作品にそのように解釈できる物もある」
オオトリノの話を聞いてセンは胸に当てた手を握りしめながら徐々に自分の素質を自覚していく。
「ああ……確かにあの時獅子龍と……それから山羊龍とも通じ合ったような気がした。まるであいつらの怒りとか苦痛が伝わってきたような。そうか……あれは普通じゃなかったんだな……」
少し悲しそうな表情で胸から離した手を見る。
「ヲチ、それからセン」
オオトリノの呼び掛けに二人は顔を上げる。
「お前たち、しぶとく生きるんじゃぞ。そうすればまたどこかで会うこともあるじゃろう」
「冗談はよしてください。僕たちはもう二度とあなたとは関わりたくありません」
引きつった笑顔を浮かべながらヲチは返す。本当は二、三発殴ってやりたいところだが流石にそんな元気はない。
「オオトリノの爺さん、あんたはどちらかと言えば面白い爺さんだったけど次会った時は他人のふりをさせて貰うよ」
「ぶわっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!!」
二人の拒絶も笑い飛ばしながら狂気の生物学者オオトリノはあの怪物を掴んで離さない獅子龍の手に向かっていった。
「いや、まあ何て言うかさ……俺が故郷の奴らと分かり合えなかったのは母さんたちの事だけじゃなくてきっとこの素質があったからなのかもしれないな、って思ってさ」
「それは……どうだろうね……」
肯定も否定もどちらでもきっとセンを傷つける。だから曖昧な返事をする。
(カンコン村長はセンに愛情を注ぎながらもセンの素質を恐れていた……僕は……)
獅子龍と対峙していたセンはまるで人間ではないような、まるで別次元の存在に思えた。
(でも……ヤギ村で出会ったセンは……)
そうだ、蟲籠山で旅の理由を聞いていたセンは、新種の虫たちの世界にはしゃいでいたセンはどこにでもいる普通の少年だった。
(だからきっと大丈夫さ……)
そう納得してヲチはイコトから受け取った地図を広げる。
「カッサランまではどのくらいかかりそうなんだ?」
地図を見ても今いち距離感が分からないセンはヲチに聞く。
「うん……まずはこの山地を抜けるのに早くても五日、そこからカッサランまでの平地は運良く行商人なんかに出会えれば三日もあれば到着できると思うけど出会えなければ……少し遠回りして食料を調達しながら行かないといけないね」
「何だか……大変な道のりになりそうだな……」
そう言ってセンはため息をつく。
「そうだね。でも、これも旅さ」
ヲチは少し笑う。
少なくともヲチは今、大きな使命を背負っていると思う。
あの災厄が世界中に広がる前に繁栄都市カッサランに伝える。そうすればきっと何らかの対処を行ってくれる筈だ。カッサランと言えどあの災厄が起これば無事では済まないのだから。
「セン、もう寝よう。明日は日の出と共にすぐ出発するよ」
そうだな、とセンが返事をすると精神的疲労のせいか二人は直ぐに深い眠りへと誘われた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次章の投稿日について少し書かせてもらいます。
そもそも山羊龍編を投稿してから獅子龍編を投稿するのに半年以上もかかってしまっているので次章の投稿も半年か或いはそれ以上かかると思われます。
完成次第、また一日二話投稿(もしかしたら一話)させていただきます。
半年も間が空けば設定やキャラも色々と忘れてしまうかなと思われますがどうかまたお付き合いしていただければ幸いです。
あと、感想とか貰えたら励みになります。




