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弱肉強食 ー君臨する龍 異形の蟲ー  作者: 世の中退屈マン
暴虐の獅子龍編
29/55

決着

 


 獅子龍はすぐさま臨戦態勢をとろうとするが『怒り心頭』状態の代償により著しく体力を消耗しているため身体に力が入らない。


 その隙にそれは獅子龍の身体を這い傷口の近くで止まるとそこに自らの腹部を差し込んだ。


 ーーゴアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!


 獅子龍から悲鳴に似た鳴き声があがる。


 降り立ったそれは獅子龍の傷口に差し込んだ腹部を更に奥まで押し込み腹部全体が獅子龍の体内へすっぽりと入った状態となった。


 今度はオオトリノがヲチから奪い取るようにして望遠鏡を覗く。


 ーーキシャアアアアアアアッ!!!!!


 それは聞いたことのない奇っ怪な鳴き声をあげると、身体を震わせながらズブブブブリュッという音を立て何かを獅子龍の体内に注ぎ込み始めた。


 獅子龍はなす術なく自身の体内で何かが大量に蠢くのを感じながらも何とか必死に身体を起こそうとする。


「ぐぅ……むっ!ぐぬぬぬぬ……」


「何が……何が起きてるんですか!」


「分からない……何だ……何かを……注ぎ込まれてる?」


 言葉にならない声を発しているオオトリノに代わって答えたのはセンだ。


「新手……でも一体どこから……」


「獅子龍は!?」


 獅子龍は眼球だけを動かし僅かに残った祭儀の贄を見つけると身体を引きずりながらそちらへ身体を動かす。


 大量の贄を喰らえばまだ闘えたかもしれない。

 しかし怒り心頭状態になった際にほとんどを吹き飛ばしてしまった。


「駄目だ。何とか身体を動かそうとしてるけど、立ち上がるのにも一苦労だ」


 注入が終わったのかそれが腹部を引き抜くと異様に膨張していた腹部が元々のそれらしい細さにまで(しぼ)んでいた。


 そしてそれが自身の翅を広げ飛び立った瞬間だった。


 ーーゴアアアアアアアアアッ!!!!!


 獅子龍の咆哮が響き渡ると同時にセンが頭を抱えてうずくまる。


 僅かな贄を喰らった獅子龍は再度身体を紅色に変色させ瞳を紅くぎらつかせると『怒り心頭』状態となる。

『怒り心頭』状態となった獅子龍は地に伏した状態から一瞬で起き上がると飛び立つそれに襲いかかった。


「ううっ!ぬうっ!ぐおっ!」


 オオトリノは興奮のあまり我を忘れてはしゃいでいる。ここまで楽しそうにしている様子はヲチもイコトも見たことがない。


 そしてそれは呆気なく獅子龍に捕らえられる。高熱を帯びた獅子龍の手が翅を巻き込み胸部を掴んで圧倒的な怪力で握り潰そうとする瞬間ーー


 獅子龍の胸の辺りで一瞬光が瞬いたかと思うと獅子龍の体内で注入された大量の白銀真珠蟻たちが一斉に爆発した。

 自身の体内で起きた密閉空間での連鎖爆発に獅子龍の身体は耐えきれず、爆散し周囲に肉塊が飛び散っていった。


 その光景を前にオオトリノはしばらく何も言えなかった。

 頭部ごとぐちゃぐちゃに吹き飛んでしまってはいくら龍種といえど即死だろう。

 決着はついた。


「………………本当に……やりおった……」


 オオトリノは望遠鏡を持つ手を震わせ暫くすると腕を脱力したようにだらりと下げ、持っていた望遠鏡を地面に落とす。

 ヲチとイコトは顔を見合わせ、イコトは落ちている望遠鏡を拾い覗く。


 オオトリノと全く同じ反応でだらりと腕を下ろし腰を抜かしたように地に尻をつくと、無言で望遠鏡をヲチに突き出す。

 それを受け取り恐る恐る覗くとそこには驚愕の光景が広がっていた。


 獅子龍の身体からは湯気が上がり少し見えづらいが、明らかに身体のサイズが小さくなっているように感じる。

 次第にそれが獅子龍の後ろ半分だけしかないことに気づくとオオトリノたちと同じ景色が見えた。


(嘘だ……こんなことが、二度も起こるなんて……)


 あまりの出来事に全身が震え呼吸が荒くなる。


「そんな……あの獅子龍アスカゴウラが……」


 死んだ。龍が。最強最悪の生物である筈の龍が蟲に敗れた。

 そこで獅子龍を殺した存在を思い出し周囲を確認すると、吹き飛んだ獅子龍の右腕が飛び立とうとしたそれをがっしりと掴んでいた。


 その白銀真珠色の蛾のような化け物は筋肉や脂肪が全くついていなさそうな細い手足でもがいてはいるが、獅子龍が爆散する寸前に掴まれた状態での束縛からは抜け出せずにいた。


「く……はははっ……あははははははっ!!!」


 イコトが幾ばくかの沈黙を破って狂ったように笑い出す。

 龍種に強い憎悪を持つ『石竜子殺し』ならこの光景はずっと追い求めていた悲願と言えるのだから彼の心境は想像するに難くないだろう。


「もっと近くに行くぞ!」


 そう言ってオオトリノは駆け出す。


「ちょっと!博士!」


 身体の痺れがとれてきたとはいえ全く疲れを見せず一目散に駆けていくオオトリノにため息を吐くとイコトはヲチとセンの方へ振り返る。


「セン、君は家族を龍種に殺され……そして故郷までも失った……君の境遇は僕によく似ている」


「……ああ」


「君は『石竜子殺し』になるべきだ」


「なっ!」


「……かもな」


「セン!駄目だ!彼らの思想はあまりにも危険で……」


「それは龍に何も奪われなかった者の理屈だ!」


 イコトの大声で怒鳴るような語気にヲチは黙ってしまう。


「この世界は龍種を神だとか、自分たちよりも上位の存在として(たてまつ)ることで偽りの平和を享受している。龍種と共存することで外敵となる龍種から守られるだけでなく人間同士の大きな争いもほとんどなくなったからだ。だがその裏で奴らは気まぐれに決して少なくない人間を殺している」


 センは山羊龍に殺された母親を思い浮かべる。


「だがそれを!その事実を!上の人間たちは歪め、神に対する無礼極まりない態度をとっただの自国を陥れようとする敵国の手の者だのと発表する。自分たちにとって都合の悪い事実だからだ!」


「家族を……暮らしを……かけがえのないものを奴らに奪われた人間はどうすればいい……?泣き寝入りするしかないのか?確かに僕たちは今ある秩序を乱しているのかもしれない。だがその秩序は僕たちを守ってくれるどころか大切なものを奪っていった……この戦いは僕たちの尊厳を取り戻す正当な戦いさ。だから、それを邪魔する者は誰だろうと全力で叩き潰す」


 イコトはセンに手を差し出す。


「君の獅子龍に対峙する姿はまさしく僕らが理想とする姿そのものだった……君の素質は僕らのために……僕たちの戦いに力を貸して欲しい」


 差し伸べられた手をじっと見つめてから顔を上げセンは答えた。


「確かに母さんはカプリコーンに殺された。憎んだよ。あいつもあいつを崇め続けた故郷のことも」


「セン……」


「でもカプリコーンは死んで、そのせいで故郷も再建不能なところまで滅茶苦茶になっちまった。だから俺が本当に憎んでる相手はもういないんだ」


「君はまだ世界の広さを……残酷さを知らない。龍種に全てを奪われた人間がどんな悲惨な人生を送っているか……それを見れば君の意識もきっと変わる」


「ああ、いろんな奴に言われたよ……お前は世間知らずのガキだって……世間知らずのお前が村の外で生きていける訳がないってさ。正直なところ、俺も龍種なんてのは好きじゃない。むしろ嫌いだね」


「だったら……」


「でも俺は……出会ったんだ」


「出会った……?」


「そいつは死にかけで俺の前に現れて……俺にこう言ったんだ」


ーー『この世界には様々な障害、多くの理不尽があるだろう』


「『しかし、それでも……それでもこの世界は可能性に満ちている』ってさ」


「セン……」


 ヲチは驚いたようにセンを見る。


「実際、驚くことばかりだったよ。オオトリノの爺さんにイコト、お前のことだって。自分の故郷から少し外に出ただけでこんな出会いがあるなんて、ってさ……そいつが言ってたことはもしかしたらこういうことなんじゃないか、ってそう思えたんだ」


「…………」


 ヲチは黙ってセンの言葉を聞いている。


「だからっ……だからお前たちの復讐には力を貸してやれない……俺はもっと世界を見てみたいから」


 暫くイコトはセンの目を真っ直ぐに見つめると、ため息をつく。


「分かりましたよ……でも、いつか君がこの世界の歪みと対峙した時、その醜悪さを理解し憎んだ時……僕らはいつでも君たちの前に現れる。『石竜子殺し』は世界中()()()()()()()


 そう言ってイコトは地図と僅かな食料を二人に渡すとオオトリノの後を追って走っていった。

 出来ることなら二度と石竜子殺し(かれら)とは、特にオオトリノとは関わることがないようにとヲチは切に願う。


 ともかく、これで彼らの企みから解放され自分たちは何とか生き延びた、と安堵すると同時に目の前に広がる光景に言い知れぬ不安がセンとヲチの心を支配していた。


 無惨に飛び散った肉片、下半身だけの獅子龍の死骸。獅子龍の右腕に掴まれ抜け出せないでいる見たこともない怪物。

 地中より噴き出す朱の蟻。空から降り注ぐ白銀真珠の蟻。敗れた二体の龍。

 何か、この世界の何かが狂い始めている。ヲチにはそんな予感がした。

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