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弱肉強食 ー君臨する龍 異形の蟲ー  作者: 世の中退屈マン
暴虐の獅子龍編
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力の代償

 

「ヲチさん。彼のさっきの言葉、変だとは思いませんか?」


「……それは……」


「彼は肉眼では決して見えないこの距離で獅子龍の状態を詳細に把握している」


 ヲチは山羊龍龍奉儀での事を思い出す。


『眼球をやられたんだ。あの感じじゃ体内にも侵入されてるかもしれない』


 センの言葉はまるで数百メートルは離れていた山羊龍の状態が見えているかのように聞こえた。


「分からない。僕もセンとはまだ知り合って10日も経ってないんだ」


 二人は今だ頭を抱えるセンを見つめる。一方は羨望の眼差しを。もう一方は畏怖の眼差しを。


「始まったぞ!」


 オオトリノが叫ぶ。


 オオトリノの言葉通り、獅子龍は狂ったように蟻たちが降り注ぐ上空に向けて我武者羅に巨大な土塊を投げまくる。

 最早、跳躍することなく巨塊を上空の蟻たちに届かせている。


 凄まじい勢いだ。

 降り注ぐ蟻たちを逆に押し返すように次々と地面を抉っては上空へと巨大な土塊を投げるのだからどんどん地面は削られ、地形は破壊されていく。



 降り注ぐ白銀真珠の蟻と打ち上げられる土の巨塊。

 二つの天変地異が覇を競い合うような光景に人間たちは只々(ただただ)圧倒され火の粉が振りかからないよう祈り続けることしかできない。


 数百メートルほど離れたセンやヲチたちの位置からでも巨大な塊がいくつもいくつも次々に上空へ打ち上げられていくのがなんとなく分かる。


「化け物め……」


 イコトは恨めしく呟く。


 見る見る内に森が、山が剥がされ削られ深緑が広がる厳かな風景は大地が剥き出しの荒れ地と化していった。


 時折、近くに巨塊が落ち、地響きが伝わってくる度にいつ自分が落下する巨塊の下敷きになってもおかしくないという現実に押し潰されそうになる。


 それでもただ祈ることしかできない。必死に目を(つむ)り頭を下げ耳をふさいで怯えながらガタガタと震えながらただ祈ることしか。


 それなのに今目の前にいる人たちは信じられないくらい命知らずでヲチはまるで自分がとても弱い人間のように思えてしまう。


 こんな絶望的な状況でもオオトリノはここに来てからずっと一貫して龍種に対する好奇心だけで動いている。今も予想外で期待以上の出来事に大喜びしながら夢中で望遠鏡を覗いている。


 イコトはそんなオオトリノに振り回されながらも自らの命すら駒の一つとして考えている(ふし)がありオオトリノのためなら簡単に自分を捨て駒にしてしまうほど彼にとって自分の命は軽い。

 死に直面しているというのに彼は泣きも叫びもせず飄々と行く末を見守っている。


 しかし、そんな二人と並べてみてもセンは飛び抜けているように思えた。


 山羊龍の死を知らないのは残酷だ、とセンは言っていたけれどそれだけでそれだけの理由で獅子龍の前に立ちはだかることができるだろうか。


(考えるまでもない。そんなこと僕には無理だ。いや僕だけじゃない。他の誰にだって出来やしない)


 相手が同じ人間ならそんなことをすることもあるかもしれない。

 でも相手は龍種だ。決して対等なんかじゃない。


(そうだ……対等じゃないのにセンはまるで……)


 ふと、センの育ての親、ヤギ村の村長カンコンが言っていたことを思い出す。

『スコーンは……センの母親はまるで親しい間柄においてのみ許される遠慮のない物言いやからかうような態度で接していて……』


(センのお母さんも……そうか……村の人たち、カンコン村長たちもこんな気持ちで……センたちを……)


 言葉の上ではわかっていたつもりだった。だが、今ようやく同じ気持ちになれたような気がした。

『この子はきっといつか化ける。スコーンのような多くの人に衝撃を与えるような人間に』


 センは普通の人とは違う。


 そしてーー


(恐い……のか?)


 分からない。でもきっとそれだけではない気がする。

(おさ)まりましたね」


「え……」


 ヲチが顔を上げるといつの間にか獅子龍の凄まじい猛攻は止んでいた。


 場は静まりかえり、入道雲のように見えた分厚い巨大な雲も今は羊雲のように散り散りに霧散し、蟻の雨も止んでいた。


 やはり上空に浮かぶ入道雲が白銀真珠蟻の集合体というヲチの仮説はある程度正しいのだろう。


「終わった……のか……?」


 ーーゴガアアアアアアアアアアアアッ!!!!!


 獅子龍の勝利の咆哮が響き渡る。


 仮にあの巨大な雲全てが白銀真珠蟻なのだとしたら、ああも散り散りにされればまた大量に降り注ぐにはそれなりの時間が必要だろう。


 ーーズウンッ!


 遠くの方で獅子龍が沈むように倒れるのが見える。


「博士……どうなりました?」


「うむ……逸話で聞いた通りの状況じゃな」


「あいつ……とんでもなく疲労してる」


「セン!もう大丈夫なのかい?」


「ああ、だいぶ楽になった……」


「あれが『怒り心頭』状態の代償じゃよ」


「代償?」


『怒り心頭』状態は龍種の能力を大きく向上させるがその代償として過剰にエネルギーを消耗するという欠点もある。


『怒り心頭』状態によって姿形まで変容する獅子龍はより大幅に能力向上する分、受ける代償も大きくなる。


 更に十年近くの年月を断食していたためかなりの飢餓状態であったことも獅子龍の疲労に拍車をかけた。


 飢餓状態にも関わらず『怒り心頭』状態を僅かな時間とはいえ維持できたのは驚くべきことだが、飢餓状態での『怒り心頭』状態の代償は深刻でより状況を悪化させてしまった。今、獅子龍は身動き一つ取ることができない。


 とはいえ散り散りになってる白銀真珠蟻たちの集合体も直ぐに入道雲のようなサイズに戻る様子はない。双方共に闘いを続けられる状態にはなさそうだ。




 今こそ逃げる絶好の機会なのだがやはりまだ身体の痺れが残っている。


(大丈夫だ……暫く激しい戦闘は起こらない筈……)


 心を落ち着かせ冷静になるよう努める。


 そうして辺りを見渡すと事の重大さを痛感する。白銀真珠蟻たちによる大規模連鎖爆発と獅子龍による土塊大量投擲(とうてき)によって祭儀場とその近くにあるラゴ部族の住居は跡形もなく消し飛んでいる。


 ラゴ部族だけではない。あの場にいた他部族の人たちもどれだけ生き残っているだろうか。


 こうなってしまっては次の龍奉儀を成功させるのは相当難しくなる。いや、他国の支援がなければ成功はあり得ないだろう。


 センは肩で息をしながら自身の体調の変化に困惑していた。


(何なんだ……全身が暑くなったと思ったらこの異様な疲労感と空腹感は……)


 そんなセンをオオトリノとイコトはじっと観察していた。


「そろそろ行こう。身体も歩ける位には戻ってきたし……センは大丈夫?」


「ああ、俺も歩ける……こんな所……さっさと……何だこいつ!」


 急にセンが立ち上がり叫ぶ。


 センの言葉を聞いて、オオトリノは即座に獅子龍の方へ望遠鏡を向けて覗く。


「何じゃあれは……」


「何が見えるんです!?」


 イコトはオオトリノに詰め寄る。


「あれは……でかいな。獅子龍の三分の一くらいはあるか。()?のような……いや、身体の色はまさしく降り注いでおった蟻のようじゃ。それと……(はね)が妙な形をしておるのう……」


「博士、一体何を言ってるんです……?」


「見たままじゃよ」


 イコトはオオトリノから望遠鏡を奪い取るようにして覗くと全身を震わせる。


「どうなってる……ここは本当に僕らが生きてる世界なのか……?」


 イコトですら相当混乱していた。

 イコトから震えながら手渡された望遠鏡をヲチも覗く。


 全長は獅子龍の三割ほどだろうか。体色は白銀真珠蟻と同じく白銀と真珠が混ざったような色をしており、蟻のようで()のような姿をしている。最も特徴的なのは背中から生える独特の形をした(はね)と異様に膨張した腹部である。



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