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弱肉強食 ー君臨する龍 異形の蟲ー  作者: 世の中退屈マン
暴虐の獅子龍編
26/55

浮遊する蟻

 ーーズシィン!!!!!


 どこかで何かの激しい衝突が起きそれにより生じた突風で煙幕の一部が吹き飛ばされる。


 煙幕の中に身を隠していた四人の姿が(あらわ)になってしまう。


「くははっ!見つけたぞ!!!」


「まずい!走って!」


 センたちは再び走りだす。煙幕立ち込め蟻の雨が降りしきる一寸先の景色すら見えない危険な道を。必死に。闇雲に。

 そんな最中で降り注ぐ蟻たちが激しさを増した事に誰もが気付いていたが逃げることに必死で誰もそのことを口に出す余裕はなかった。


 ーーズシィン!!!!!ズガァン!!!!!


 またどこかで何かが衝突したような爆発したような音が地面から伝わる衝撃と共に聞こえてくる。


「一体何が……何が起きてるんだ!」


「あいつだ。獅子龍アスカゴウラが地面を抉って巨塊にして上空の奴らに向けてぶん投げてるんだ」


「それはまた……迷惑なことで」


 そう返したイコトもオオトリノもセンの言葉を本気で受け取ってはいないためか突っ込みはしなかったが、ヲチだけはセンの言葉に大きな違和感を抱いていた。


(まただ……セン、君はまた……)


 ーーズシィン!!!!!ズガァン!!!!!ズドォン!!!!!


 大きな音や地面から伝えられる衝撃はどんどんと増えていく。それにより生じた突風で更に煙幕が吹き飛ばされ、次第に煙幕の役割を果たせないほど煙の幕は剥がされていく。


 視界が開かれたおかげで樹木が生えたまま抉られた土の塊がひっくり返っているのがいくつか散見された。

 そこでイコトとオオトリノも眉をひそめる。


(これは……本当にこやつの言った通り……しかしこの状況でどうやって現状を把握できる……?)


(いや……冷静に考えれば推測できることかもしれない……でも彼は……)


 オオトリノとイコトがセンに違和感を抱くのと同時に白銀真珠蟻の雨の激しさが更に増す。

 最早、雨というレベルを越え天変地異と言っても差し支えないだろう。


「くははははっ!こんなことが出来るのはあの方をおいて他にいない!流石は我らが神!お前たちのような卑しい小人の小細工など獅子龍様と獅子龍様と共に生きる我らの前では何の意味もない!」


 ゴイが自分たちに何か言っているのは分かるがヲチたちはそれどころではなかった。

 煙幕が吹き飛ばされたと思ったら明らかに降り注ぐ蟻たちの量が激増している。

 まるで何かの前触れかのように。


 視界も最悪だが、何より白銀真珠蟻たちが蠢いている感触が全身に伝わり生きた心地がしない。五体満足で身体が動いているのが不思議に思えるほどだ。


 加えてラゴ部族副族長ゴイという人の姿をした獣が自分たちの命を狙ってすぐそこまで迫ってきていて、運が悪ければ獅子龍の投げた土の巨塊に潰されて即死だ。


 ヲチとセンの二人はもう頭がパンクする寸前だった。


「う、うああああああああああっ!!!!!」


 心が限界を迎えたセンは声を荒げ何も考えずがむしゃらに走る。


(セン……)


(獅子龍と対峙していた時は狂人かとも思ったが……まあこの歳ならこんなものかの……こやつらが異常なだけじゃ)


 オオトリノはイコトとヲチを交互に見る。


「イコト」


「何ですか博士」


「分かっておるとは思うが……」


「ええ、いざとなったら僕が奴を殺りましょう」


「出来るか?」


「さあ。ですが博士はもちろん彼を……センをこのまま見殺しするのはあまりにも惜しい」


 オオトリノは少し驚いた表情をする。いつ以来だろうか。イコトがこんなにも嬉しそうな表情を見せたのは。


「そもそもこんな状況お互い初めての事でしょうから実力を十分に発揮できるかどうか」


「何じゃ、泥仕合(どろじあい)になると言いたいのか?」


「ええ。まあ現状そうなってくれるのが理そーー」


 目の前の景色の急激な変化にイコトの言葉が途切れる。

 滝のように降り注ぎふくらはぎまで(かさ)が増していた蟻の雨が止んだ。


「な……」


「くそっ!何が何だか!」


 蟻の雨が止んだと同時に霧のような目眩ましの役割を担っていた蟻の幕も消え視界は完全に開かれた。

 追跡者のゴイは勝ち誇ったように笑う。


「悪運もつきたか。終わりだ!」


 今まで抑えていたのかゴイは恐ろしい速度でセンやヲチたちに迫る。


(まずい!まずい!まずい!このままじゃ……本当に追いつかれる!)


 地面には大量に降り注いだ白銀真珠蟻たちが蠢き時折、微細な埃のように舞い上がる。

 蟻の雨は止んだ。これは獅子龍と蟻たちに何らかの決着がついたということなのだろうか?


(駄目だ!今は考えてる場合じゃ……)


 ヲチは頭を振って逃げることに意識を集中させる。


「さあ!誰から殺して欲しい!」


「頼んだぞ」


 オオトリノはイコトにそう告げる。


「ええ。命にかえても」


 そう言ってイコトは身体の向きを真逆に向け足で地面を擦りながら止まるとゴイと対峙する形となる。


「まさか!無茶だ!」


「ごちゃごちゃ喚くな。この作戦に参加した以上あやつも覚悟は決まっとる」


「だから!そういうところが……え?」


 自身の命を簡単に投げ捨てる行為に激怒しかけたヲチは視界に広がる光景に思わず言葉を失う。

 浮いている。浮遊し空中を漂っている。上空から降り注ぎ地面で蠢く大量の白銀真珠蟻たちが今度は上に向かってゆっくりと上昇し始めたのだ。


 それも何だか様子がおかしい。美しい体色にスリムなフォルムだった白銀真珠蟻の腹部が赤黒く変色し異様に膨張していた。


「ははっ……一周して笑えてくるな」


 イコトは自嘲気味に笑う。


(決着がついたかもなんてとんでもない……むしろこれからだ……何かが起こるのは……)


 視界は再び大量の白銀真珠蟻の幕に覆われ、赤黒く染まる景色は、山羊龍カプリコーンを襲った朱蟻を彷彿とさせた。


「この虫螻どもがぁ!」


 我慢の限界に達したのかゴイは槍を振り回して激昂(げっこう)する。

 槍を振り回す際の風圧で霧散するも直後に周囲の蟻がそこに入り込み状況は一向に変わらない。


(バカが……規模が違いすぎる。槍一本を振り回してどうこうできるレベルじゃない)


 感情的になって槍を振り回すゴイをイコトは冷めた目で見る。


「何なんだ!こいつらは!こんな虫螻ごときに、優れた部族の副族長であるこの俺があ!」


 いつの間にか幕はセンやヲチたちの腰ほどの高さから樹木の天辺(てっぺん)を遥かに凌ぐ高さまで拡がっていて腹部が膨張している分、その体積は降り注いでいた時と比べ何倍にも膨れ上がっている。


(それにしても……一体これから何が起きるっていうんだ……)


 イコトはつい腹部が膨張した空中を漂う白銀真珠蟻を摘まんで見る。

 なんて事はない。頭部、胸部、腹部からなる身体構造に胸部から生える三対の足そして頭部にある触覚、目、顎。


 体色は白銀と真珠が混ざりあったような美しい色をしていて蟻らしい凹凸のある細くすらりとした形をしていたが、今は腹部だけが赤黒く膨張していてなんとも歪な姿をしている。


「イコト!ここは危険だ!君も早く逃げた方がいい!」


「僕の事はいいから!博士と彼を頼みます!」


「何だか嫌な予感がするんだ!山羊龍の時みたいな」


「だったら尚更僕の事は構わないで、早く逃げて下さい!」


「このままじゃいくら君でも死ぬかもしれない!」


「構いません。元より僕たちはここに死ににきたんですから」


 浮遊する蟻たちが密集した赤黒い景色に視界を遮られながらもヲチは必死にイコトを説得するがイコトの決意は揺るがない。


「君は間違ってる……」


「知ってるでしょ?これが石竜子殺し(僕たち)なんです。間違っているのはこの世界だ」


 ヲチに背中を向けたまましっかりと前を見据(みす)えながら呟く。


「何やってんだ!早くしろ!」


 周りが見えなくなるほど精神的に追い詰められていたセンが戻ってきていた。


「なっ……どうして戻ってきたんだ!早く逃げろ!」


「やれやれ……儂は止めたんじゃがのう……」


「くそっ!どいつもこいつも!」


 守るべき対象が両方とも死地に戻ってきてしまったことに焦りイコトはつい悪態をついてしまう。


「うおおおおあおおおおっ!!!小人どもおおおぉっ!!!」


 いつの間にか怒り狂ったゴイが発狂しながらすぐそこまで迫ってきていた。


(しまっ……)


 イコトは気をとられて反応が遅れる。


(まずい!これじゃ博士も彼らも……)


 自分が死ねばもう二人を守る術はない。二人とも殺されてしまえば石竜子殺しの悲願はどれ程遠ざかるだろうか。


(それだけは絶対に……あってはいけない!)


 その瞬間、遠くの方で強烈な光が瞬いた。

 昼間ですら眩しいと感じる巨大な閃光だった。


(これは……)


「全員伏せろ!!!」


 誰よりも早くヲチが声をあげる。

 ヲチはセンを、イコトはオオトリノを掴んで一緒に地面に倒れ込む。


「あ?」


 ゴイはヲチたちの言動が理解できず、つい後ろを振り返った。

 その瞬間ーー

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