獅子龍vs白銀真珠の蟻
しばらくの間吐息の通った空間だけ蟻がピタリと止んでいたが直ぐにそこへ再び蟻が降り注ぐ。
発生源までは届かなかったようだ。
ならば、とボウッと勢いよく跳躍し高く高く上昇していく。
そして跳躍の最高高度まで到達し、敵の発生源の正体が見えた時、獅子龍は驚愕し眼を見開いた。
雲だ。いや、この規格外の大きさの入道雲と思われていたのは、おぞましいことに降り注ぐ白銀真珠蟻たちの集合体だった。
どんな理屈で浮遊しているのかは知る由もないが、それが地上からは入道雲のように見えて空の風景に擬態していたのだ。
獅子龍はその集合体に吐息を放つ。吐息は直撃し集合体を貫通すると集合体に穴ができる。が、直ぐに周囲の蟻たちが蠢き穴が塞がると再び地上へ降り注ぐ。
落下しながら敵との闘い方に頭を悩ませる。この空にかかる雲全てが奴らの集合体なのだとしたら、相当厄介な闘いになるだろう。
そもそもあの高度にいられると跳躍吐息しか攻撃手段がなくなってしまう。
獅子龍は肉弾戦においては他の追随を許さないほど優れているが、吐息攻撃はあまり得意ではなくそう無尽蔵に放てるものではない。
センを横目で捉えながらイコトは聞かずにはいられなかった。
「なぜあんなことを?」
「あんなこと?」
「獅子龍を怒らせたでしょう」
「別に怒らせたかったわけじゃ……」
「健在であると言っておけば事なきを得ていたのに……こんな奇跡のようなアクシデントがなければ確実に今頃肉片でしたよ」
それはヲチも聞きたかった事だった。あの状況でなぜあんなことをしたのか。
「さあ……確かに今思えば軽率……だったかもしれない。ただ……」
「ただ?」
「俺が言わなかったらあいつは、アスカゴウラは一生カプリコーンの死を知らずに生きていくんだ。カプリコーンとの決着に何より執着していたあいつが。それがなんだか……残酷……なような気がして」
「そんなことのために?」
イコトは理解できないという顔をする。イコトだけではない。ヲチやオオトリノらも不思議そうな表情をする。
「おぬしは確か……ヤギ村の生まれだと言っておったの」
「そうだけど……?」
「スコーン・オリオンという者を知っておるか?」
「母さんを知ってるのか!?」
センの言葉にオオトリノとイコトは顔を見合わせる。
「会ったことはない。噂話を聞いたことがあるだけじゃ」
(話で聞いていたスコーン・オリオンに言動が似ているとは思ったが、親子だったとは……何やら因果めいた事になってきたのう)
「しかしスコーン・オリオンは山羊龍カプリコーンに……」
「……ああ、そうだよ」
「だったら!」
イコトが感情を露にした瞬間、後方から飛んできた何かがセンの頬を勢いよく掠めると前方の木に突き刺さる。
その木にはラゴ部族たちが持っていた槍が突き刺さっていた。
後ろを振り向くと降り注ぐ蟻たちで視界が悪くよく確認できないがラゴ部族の誰かが自分達を追ってきているのだとわかる。
「追っ手だ!」
(あの距離から投げたのか……とんでもないな……)
ラゴ部族の身体能力にヲチは驚愕する。
(虫螻どものせいで外したか……)
ゴイは舌打ちする。降り注いできた蟻たちが全身に纏わりつき蠢く感触は不快感を増長させる。
ここに来るまでに何度も振り払ってきたが際限なく降り注ぐ蟻たちに無駄な行為だと悟った。
「うらあああああっ!!!」
「ふんっ!!!」
族長であるガザンに煽動されたラゴ部族たちは怒りを爆発させ祭儀場で降り注ぐ蟻たちを槍や素手で潰し駆除していた。
「くそっ!潰しても潰しても切りがねえっ!」
「ぶぇっ、口に入ってきやがった!」
「おいっ!こいつらどんだけいやがるんだ!」
「知るかよ、怖じ気づいたんなら小人みたいに叫んで逃げ回ったらどうだ?」
「何だと?今何と言った?」
「びびったんなら惨めに逃げ回ってろと言ったんだよ、間抜けが!」
「貴様ぁ!」
しかし、終わりの見えない駆除作業にラゴ部族内で徐々に苛立ちが高まり口論や小さな諍いが起きるようになる。
「ガアアアアアアアアアアアアッ!!!」
獅子龍の咆哮が轟きラゴ部族たちの緊張感を一気に高める。言い合いをしていた者たちも目の前の害虫駆除に意識を戻す。
ーーいつまで続くのか?いつか終わるのか?
そんな気持ちを頭から捨て去りただ地面を蠢く大量の蟻たちを潰していくことに没頭する。
気付けば獅子龍の全身に蟻が纏わりついている。顔を目一杯振り回して纏わりつく蟻を振り払うと、付着していた蟻はいとも容易く剥がれ空中に飛散する。
それでも次から次へと空から降り注ぎ、また地面に着地した蟻たちも下からぞろぞろと身体を上ってくる。
とはいえ、これといった害はない。身体を這い回る感覚が多少不快なぐらいだ。
あり得ない。こんな取るに足らない存在に山羊龍が負けたというのか。そんな想いがさらに獅子龍を苛つかせる。
当たり散らすように我無者羅に暴れまわり、周囲の環境を破壊しながら蟻たちを蹴散らしていく。
地面は大きく凹み、木々はへし折られ吹き飛ばされる。その際にラゴ部族や他部族たちが巻き込まれる。
「くっ…………」
そうして潰され肉塊となった同胞を見てラゴ部族たちも青ざめる。
自分たちがどんな状況にいるのか今更ながらに思い知らされる。
しかしラゴ部族たちは逃げられなかった。
それはラゴ部族たちが遥か昔から抱き続けてきた自意識。
他の人間たちより恵まれた身体、優れた身体能力をもって生まれたのは自分たちこそ龍種に近い存在だからだ。自分たちが闘いを好み残忍なのもそれ故だ。
だからこそ自分たちこそが獅子龍と共に生きるに最も相応しい人間でそれ以外は龍種や選ばれし一族に寄生する下卑た虫にも劣る連中なのだと。
そうして自分たちを特別視してきた。
ガザンもゴイも他のラゴ部族たちも物心ついた時からそう教えられてきた。疑問は持たなかった。
この世は弱肉強食。強い者が弱い者を支配する。それこそが真理なのだ。
だからこそこんな虫螻から何より獅子龍から逃げるわけにはいかない。逃げれば今までの確固たる自信が揺らぎ自分たちの存在を疑うことになりかねない。
自分たちの中の絶対的な何かが崩れる恐怖から本能的に逃げていた。
しかしガザンだけは狂ったような笑みを浮かべながら拳を高く突き上げ声高に叫ぶ。
「ふあっはっはっはっはっ!!!素晴らしい!!!これこそ暴力の化身!!!暴虐の獅子龍アスカゴウラ!!!我らが神!!!そして!!!我らこそ選ばれし一族、ラゴの末裔!!!獅子龍と共に闘い、獅子龍と共に生きる真に獅子龍と共生する一族!!!死を恐れるな、獅子龍の闘いの最中に死ねるならば本望、誇りである!!!」
これこそがガザンが族長に選ばれた由縁でもあった。
誰よりも強く、誰よりも強さを求め、誰よりも強さに焦がれるラゴ部族の在り方を余すことなく受け継いだ男こそラゴ部族の族長ガザンであった。
直接、地面と獅子龍に挟まれ潰された蟻たち以外は埃のように宙を舞い、殆どが無傷のようだ。
軽い物体には大きな力は伝わりづらく一匹一匹の自重が空気ほどの蟻たちにとって打撃攻撃は無力に等しい。
獅子龍にとっては相当やりにくい相手だろう。
すると獅子龍は片腕を地面に突き刺しそのまま大きな塊として抉りとると、跳躍して最高高度からその塊を蟻たちの集合体に向けて投げた。
土の巨塊は集合体を直撃し貫通すると、しばらくしてから落下し再度集合体を貫通し途轍もない勢いで地面に衝突した。
当然蟻たちの集合体は直撃した部分は飛散するが巨塊が直撃した跡をゆっくりと埋めていく。
これといった手応えは感じられない。




