秘密結社『石竜子殺し』
「秘密結社……『石竜子殺し』……?それって……?」
「秘密結社というのは人員や形態、分布、規模なんかが秘匿された組織のことさ。分かっているのは『石竜子殺し』という組織名と……大それた野望だけ」
「大それた野望?」
「石竜子殺しの掲げる最終目標はこの世界から全ての龍種を滅ぼす事。そして人間の尊厳を取り戻す事だ、と彼らは主張してる」
「龍種を滅ぼすって……そんな事できるわけが……」
「大半は現実と折り合いがつかず感情のぶつけ先やささやかな救いを求めて活動しておるだけじゃ。だが、本気でそれを成そうとする奴らもおる。そこまで狂っとるのは組織の中でも極一部じゃがの」
「だから彼らは自分たちの悲願のため重要な役割を担う博士の活動を支援しているし巨額の投資をした博士を簡単に手放す筈がない。そしてそんな彼らがこのまま何も起こさないわけがない。そうでしょ?博士」
ヲチの問いにオオトリノは知らん顔で上を見る。
「そいつらはなんで……龍を滅ぼしたいんだ……」
「小僧、どうやらおぬしは物を知らんようだな。決まっておるだろう。龍種に家族や仲間の生命を奪われたからじゃよ。大して珍しい話でもなかろう。龍種は人間の事など虫けら程度にも考えておらんからな。世界中どこの国も或いは個人もその事を口には出せんがな」
「何だよそれ!文句の一つも言えないなんて……」
「そりゃ誰にとっても都合が悪いからに決まっておるだろう。大衆にとっても権力者にとってもな」
そう言われた瞬間、母親が殺された時のことを思い出したと同時にオオトリノの言うことに合点がいった。
村の人間たちも責めたのは殺された母親とその家族で、殺した山羊龍には何一つとして糾弾しなかった。
都合が悪かったから。山羊龍と対立した処で誰もが不幸になる事は考えるまでもなく明白だった。
「ふざけんなっ!それで……それでそいつらの人生は……残されたやつはどうやって生きていけばいいんだよ……どうやって納得すればいいんだ!」
感情的になったセンはオオトリノの胸ぐらを掴んで怒鳴る。
「納得などない。あるのは妥協か復讐のどちらかじゃ。つまりはそういう奴らの集まりなのじゃよ。石竜子殺しという組織は」
顔色を何一つ変えることなくオオトリノは告げると、怒りから納得する表情になったセンはオオトリノから力なく手を離し座り込む。
「そっか……」
センの過去を聞かされたヲチは心配そうにセンの様子を窺う。
(俺みたいな境遇のやつは世界中にたくさんいて……世界で一番不幸だなんて思ってた俺は……何も知らないただのガキだったってことか……)
「世界は広いな……いや、俺の世界が狭すぎるのか……」
センは自分が今どんな感情なのかいまいち分からない。世界の広さに感動しているのか自分の世界の狭さに失望しているのか。
世界中に自分と同じ境遇の人間がいて安心しているのか、世界がそんな状況を受け入れていることに腹を立てているのか。
(ってことは……イコトもそうなのか……)
あんなに明るく楽しそうに振る舞っていた奴がそんな暗い過去を持っているだなんて、とてもそんな風には見えなかった。
ただ今思えば、人の死体を前にしても全く動揺を見せなかったあいつが普通の人生を送ってきている筈もないのだろう。
どんな風に生きてきたんだ、どんな人生を送ってきたんだろう。イコトと話してみたいそんな風にセンは思った。
そして石竜子殺しについても。
「なあ、オオトリノの爺さん」
「ん?何じゃ」
「石竜子殺しってのはどうやったら入れるんだ?誰でもなれるものなのか?例えば、お……」
「セン!」
センの言葉を遮るようにヲチは強く叫ぶ。
「君が今何を言おうとしたかは知らないけど先に忠告しておくよ。石竜子殺しは……彼らは龍種だけを標的にしているわけじゃない」
「え?」
「時に彼らは人間にだって牙を剥く。平和に暮らしている人たちを巻き込み自分たちの邪魔をする者には一切の容赦をしない。完全に人の道から外れた人たちだよ。君が彼らに特別な感情をもつのは無理からぬ事だとは思う……けど、間違ってもそっち側にはいっちゃいけないよ」
「ヲチ……」
実際に自分たちは彼らの計略によってラゴ部族の領域まで誘われこんな窮地に立たされているのだからその通りなのかもしれない。
「ま、ほとんど間違いじゃないですけど、二人を巻き込もうとしたのは博士の意志ですよ」
暗闇から聞き覚えのある声がすると、声の主はゆっくりと三人の前に姿を現した。
「イコト……」
川で出会った時の服装ではなく他部族たちに溶けこむような貧相な格好をしている。
「戻ったか……それで状況は?」
「龍奉儀が行われるのは約二日後。獅子龍も既に目覚めつつあるようです。百年以上も前に作られた伝統的な祭儀場にラゴ部族と七つの他部族たちが集い、醜悪な儀式の後龍奉儀が執り行われます。現在、準備自体はほとんど終わってるようですが、ラゴ部族たちは皆ピリピリしていて他部族に対して難癖をつけ痛めつける光景が頻繁に見られます。やはり奴らも今回の龍奉儀は不安なんでしょう」
「それで、儂らはどうなる」
「博士たちは贄として獅子龍に捧げられますが、結果さえ出せば……つまり獅子龍のご機嫌をとることさえ出来れば無事に解放されるようです」
イコトの言葉にヲチの表情は少し明るくなる。
「博士、はやる気持ちも分かりますがもう少し大人しくしていてください。先ほどの奴らを挑発するかのような進言は危険すぎます。今は常に博士を助けられる状況ではないんですから」
「あの程度のことで殺気なんぞとばしおって……」
「一歩間違えば……いや、確実に死んでいましたよ。博士、これより二日僕は身を隠しながら当日のための準備をしなければなりません。もしその間に博士の身に何かあってもらっては困るんです」
(やっぱり彼は……ただ者じゃない……)
オオトリノとイコトのやり取りに耳を傾けながらヲチは思う。
ラゴ部族に囲まれる直前の姿の消し方といい、野生の勘が働くラゴ部族の居住域で悟られることなく潜入するスキルといい、そして二人のやり取りから推測するにオオトリノを痛めつけようとする族長ガザンが動きを止め気を逸らしたのもイコトの仕業なのだろう。
自分よりも遥かに優秀な助手。その事実に若干の劣等感も覚えながらもオオトリノとイコトの二人を生暖かい目で見ていた。
一方センはイコトに対して何と声をかけるか分からなくなっていた。言いたいこと、聞きたいことは山ほどある筈なのに、いざ言葉にしようとすると何も出てこない。
(くそ……何やってんだ俺は……どうして何も出てこないんだ……)
「どうかしましたか?僕に何か言いたいことでも?」
そんなセンの視線を察してかイコトの方から声をかけてくる。
心を読まれ少し焦ったセンは目を泳がせながら何とか取り繕うように言葉にする。
「いや、えっと……その……龍を滅ぼすって……本気……なのか……?」
「もちろん。それが僕たちの使命であり人類の最大幸福さ」
即答だった。
川原で会った時の明るく気配りできる少年の面影は一切なく、まるで別世界の人間のようなひどく冷たい目をしていた。
本当に心の底から世界を憎んでいる人間のする表情だ。
その表情こそがこの少年の本心なんだとセンは直ぐに察することができた。かつて自分も似たような顔をしていた気がする。
「そんなこと出来るって本当に思うのか……?」
少なくとも、センが知る歴史の中で人類が龍種に勝ったという話は一つもない。剣や槍、弓矢は言うに及ばず大砲なども龍種に致命傷を与えるには遠く及ばなかった。
「確かに、今のままでは難しいでしょう」
ですが、とイコトは続ける。
「人類は少しずつ進歩している。真に成し遂げなければならない使命を持つものたちと狂った狂人によって」
それが誰のことを言っているのか察することができないほどセンも鈍感ではない。
「いつか必ず龍種を葬る力を人類は手に入れる。その為なら僕は何だってやりますよ」
その声と目には稀代の変人にして狂人のオオトリノのような狂気じみた熱がこもっているようだった。
ヲチの言っていたことが頭に浮かぶ。
ーー石竜子殺しは人にも牙を向く。自分たちの邪魔をする者には一切の容赦をしない完全に人の道から外れた人たちだよ
「お前はそれで……」
ーーそれで幸せなのか?
そう問いたかった。
でもそれを聞けば狂気を宿す目の前の少年の苦悩を軽視するような感じがして言葉にするのが躊躇われた。
「これが僕の生きる意味。僕の全てです」
イコトはそう言い切った。
そんなイコトをセンは直視できず下を向いてしまう。
復讐のために人生を捧げてしまった少年。その姿が痛々しく自分よりもずっと不幸な気がした。




