族長ガザン
「そういうわけだからのう、ガザンとやら。あまりこの小僧どもを痛めつけるのはおすすめせんぞ。この事がお前たちの族長に知られればお前さんもきつい罰を課されるだろう」
その言葉に一瞬キョトンとしたした表情を浮かべたラゴ部族たちだったが一気に大きな笑い声に変わる。
笑い終えたガザンは即座に顔を近づけると
「俺がラゴの族長だ」
と告げた。
「そうか。その歳でもう族長か……大したもんじゃ」
オオトリノは大して驚く様子もない。
「爺さん、よく話してくれた……だがあんたの利用価値は無いことになるがそれはどう弁解するつもりだ?」
「むわっはっはっはっ!それは全く考えておらんかっ……ごはっ!」
ガザンはオオトリノの返答に容赦ない一撃を加える。オオトリノはそのまま数メートル吹き飛ばされるとぐったりとして動かなくなってしまう。
「猿が……あんまり舐めた口聞いてると……殺すぞ」
ガザンはさらに何かしようとオオトリノそれぞれ近づいていく。
「もう十分じゃないか!それ以上やったら本当に死んでしまう!」
ヲチの制止は意に介されない。周囲のラゴ部族たちはニヤニヤしながら楽しんでいるようだ。
ガザンがオオトリノの顔面を踏みつけようと足を上げた時だった。
背後から強烈な殺気をぶつけられたガザンは身体の動きが一瞬で固まる。
思わず後ろを振り返り遠くの木々の枝葉をよく観察するが誰かがいる気配はなかった。
(逃げたか……)
「ガザン?」
ゴイが不思議そうに声をかけるがガザンからの返答はない。
「まあいい」
ガザンはそう言うと今度はセンとヲチに向かって命令する。
「お前たちは獅子龍様に『山羊龍は健在である』とだけ言えば良い。それだけで獅子龍様は大変喜ばれるだろう」
「ふざけんなよ……」
「何?」
「セン!」
「誰がお前らの言う通りになんかしてやるか!お前ら自分が何やってるかわかってんのか!?どうして俺たちがお前らを助けてやるような真似しなくちゃならないんだ!」
「お前は馬鹿か?お前たちはそう言うんだよ。言わなければ今ここで死ぬだけだ」
そう言いながらゴイはセンの喉元を強く踏みつける。
「あ……が……」
喉が締まって呼吸できず必死に抵抗するが全体重が乗っていてどかせることが出来ない。そんなセンをゴイは冷たく見下している。
「わかった!僕が言う!僕が言うから!だから早く足を退けてください!」
「ふん……」
「はっ!……はあはあ……」
ゴイが足を退けるとセンは呼吸を荒くして整える。
「その代わり……どうか僕たちを見逃してほしい」
ヲチの髪を掴みながらガザンは言う。
「お前はよく分かってるな。そうだ、弱者は弱者らしく振る舞わなければならない。強者には逆らわず従順であれ。それしかお前たちのような劣った小人が生きる術はない。憐れなことだ。だがそれがこの世界の理……弱肉強食なのだ」
弱肉強食。自然の摂理。世界の理。
僕たちが手も足も出ず、屈服するしかないのも。山羊龍が朱蟻に敗れたのも。
「貴方たちの言う通りにしますから……どうか僕たちを……」
「連れていけ」
ガザンがそう命じるとヲチは再び意識を失った。
目を覚ますとまた薄暗い牢の中にいた。センとオオトリノもいた。
「ヲチ、大丈夫か?」
心配して覗き込んでくるセンの顔は殴られた形跡が見受けられた。恐らく奴らにやられたのだろう。
「センもひどい怪我じゃないか」
「ああ、あいつらどうかしてる」
「分かっただろ。話が通じる相手じゃないよ」
「……なあ、あいつら……本当に俺たちを逃がしてくれるのか……?」
「…………………………」
何も。何も言えなかった。話が通じる相手じゃない。今さっき自分の言った言葉が自分を追いつめる。
「ごめん……分からない……」
ヲチは膝を抱え顔をうずめる。
「ふあっはっはっはっ!まあそう未来を悲観することもなかろう」
暗い雰囲気の二人とは対照的にオオトリノは豪快に笑う。とても殴打を受け伸びていた老人とは思えない。
「博士……一体どういうつもりなんです。僕らに何をさせたいんですか」
ヲチは苛立っている。元々オオトリノのことが好きではないのもあるがここまで追い込まれた状況で余裕綽々の態度を崩さないオオトリノがヲチの神経を逆撫でする。
「全くお前さんは獅子龍のことを何も分かっておらんのう。獅子龍が戦うことの次に好きなことを知っておるか?」
「戦いの次に好きなこと?」
「知りませんよそんなこと」
「お喋りじゃよ」
「…………え?」
二人ともきょとんとした顔になる。
「これも龍種についての大きな疑問の一つじゃが、龍種はいつしか……まあ一般的には暗黒時代末期頃からと言われておるが人間の言語を獲得しておる」
ーーミナ、ゴクロウダッタ
ヲチは山羊龍の龍奉儀で山羊龍が発した唯一の言葉を思い出す。
知識として龍種が人語を話すということは知っていたが実際に見聞きしたのは初めてだったので印象に残っている。
「とはいえそれにも個体差はある。獅子龍は饒舌だが拙い龍もたくさんおる。むしろ獅子龍が珍しいケースじゃな」
「山羊龍もどちらかと言うとあまり上手ではないのかも」
「いや、山羊龍は寡黙なだけだよ」
「ん?なぜ分かる?」
確信めいたセンの発言にオオトリノは何か引っかかるような感じを覚える。
「なぜって……なんとなくだよ……」
言いづらそうに目を逸らしながら答える。
「なんじゃそりゃ。よいか?そこまで断言するからには明確な根拠を示さなければならん。それではただのおぬしの妄想ということにしかならんのだぞ?」
有ること無いこと好き放題人に吹き込む自分の悪癖を棚に上げオオトリノはセンに苦言を呈する。
「つまり博士は獅子龍が喋っているところが見たい、と?」
「うむ。正確には双方が言葉を交わしているところが見てみたいのう」
「そんなことのために僕らを巻き込んで……」
「いい加減、自分の運命を受け入れることじゃな。儂らに出会わなければお前たちは溺死していた。何度も言ったじゃろう。ヲチ、お前は厄介事にすこぶる縁がある。そういう星の下に生まれてきたのだと」
「詭弁だ!そんなの、結局あなたが目的のためなら手段を選ばなかっただけの話じゃないか!」
「儂はな……獅子龍の龍奉儀があることを知った日から今日という日を心待にしていた」
「いや、だから……」
「龍種との交流!それもあの獅子龍との対話!こんな……こんなことが……こんな奇跡が!次もまたあるだろうか!」
「そりゃあるだろ。十年毎に行われるんだから。まあ十年後に爺さんがこの世にいないって話なら分かるけどさ」
「一体何を話してくれるだろうか!儂らが知らん百年以上も前のことを奴らは知っておる!」
もう既に他者の声が届かない自分の世界に入りきっているのはヲチはもちろんセンにもよく分かった。
「龍種がどこから現れたのか!なぜ同時に現れたのか!なぜ人語を扱えるようになったのか!どれ程長く生きられるのか!聞かなければならないことは山ほどある!」
「獅子龍がこっちの聞きたいことを喋ってくれますかね?」
「そうするように仕向ければよい!」
「そんな、どうやって……」
「ったく分かっとらんのう。山羊龍の名を使って上手く誘導してやればいいのだ!」
オオトリノの発想はいつも常識破りでヲチは理解が追いつかず驚かされてばかりだ。神と崇められる程の存在を言葉巧みに操れというのだから、命知らずというかやはり狂ってるとしか思えない。
それでもいつの間にか苛ついていたオオトリノの話に耳を傾けてしまっている自分がいることに気付く。
こんな状況でも子供のように大声ではしゃぐ老人を見てもしかしたら大丈夫なんじゃないかと現実逃避したいだけなのかもしれない。
(そうだ……この人は出会った時から……)
どれ程年老いてもその熱は冷めず、周りが見えなくなるほど夢中になって世界に憎まれてもなおその探求を続けるその姿勢にヲチは
(憧れたこともあったんだっけ……)
たがら、どんな無茶振りも無茶苦茶な要求にも耐えて耐えてオオトリノの進むスピードに必死で食らいついてーー
そして耐えきれなくなってオオトリノの元を離れる時も
(それでも……やっぱり……憎みきれなかったんだ……)
短い期間ではあったが自分がオオトリノの助手だった時のことをヲチは思い出し懐かしんだ。
無知な自分が知らない内に片足を突っ込んでいたあの組織とオオトリノに振り回されたあの地獄の日々を。
(そうだ……彼らが……あの組織が簡単に博士を手放すような真似をする筈がない)
「セン」
呼ばれたセンはヲチを見る。薄暗い中でヲチがどんな表情をしているかはよく分からない。
「あの時話せなかったことを話そう。イコトの……いや彼の所属する組織であり博士の活動を全面的に支援する組織、秘密結社『石竜子殺し』について」




