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弱肉強食 ー君臨する龍 異形の蟲ー  作者: 世の中退屈マン
暴虐の獅子龍編
16/55

山羊龍と獅子龍

 

 三人のラゴ部族に連れられてセンとヲチ、オオトリノは木や皮、藁で作られた家々を通りすぎ、森の木々を切って作られた少し開いた場所に来ていた。

 そこには独特の紋様を上半身に描き奇妙な髪飾りをつけたラゴ部族と思われる男が背中を見せ立っている。


「ガザン」


 男の名前だろうかそう呼ばれると男は振り向きヲチたちを見るとおぞましい笑みを浮かべた。

 ラゴ部族の中でも一際(ひときわ)異質な雰囲気を漂わせている。

 捕らえられた三人が膝をつくと直ぐに後ろから踏みつけられ顔を地面に押し付けられる。


「お前たちには贄として捧げる前に聞かなければならない事がある。お前たちは何者だ?なぜこの時期に我らの地にやってきた?」


 小柄のラゴ部族が顔を踏みつけながら尋問する。


「だから……僕たちはここを目指してやって来たわけではなく、山道を彷徨って何もわからず貴方たちの地に踏み入ってしまっただけなんです!」


 オオトリノたちはともかくセンとヲチはラゴ部族の集落と知っていれば決して近づかなかっただろう。


(とぼ)けるな!半年ほど前から何者かが我らの地で隠れて何かを嗅ぎ回っているのは分かっている!」


「それは!僕たちとは関係ない!」


 ヲチはさらに強く踏みつけられ、たまらず呻き声を上げる。


「ヲチ!おい!やめろ!」


 センも必死に抵抗するが重くのしかかった男の足はびくともしない。


「ゴイ、足をどけろ」


 ゴイと呼ばれるヲチを踏みつけていた小柄の男が足を浮かせる。


 ガザンはヲチの髪を掴み引き上げると自分の顔に近づける。


「一体誰の命令で我らの地を侵した?言えばお前だけでも助けてやるかもしれんぞ?」


「本……当に……僕たちは……何も……知らずに……」


 意見を変えないヲチにガザンは無表情でヲチの髪を掴んだまま立ち上がると引き寄せ膝蹴りをくらわせる。


「ぶごっ……お……」


 数メートルほど吹き飛ばされたヲチは地面に叩きつけられると膝蹴りを受けた腹を押さえのたうち回る。


「ほう。あれを諸に受けて意識があるとは思いの外丈夫だな」


 ガザンは少しだけ感心する。


「その辺にしておけ、ガザンとやら」


 すると意外にも逆らうなと警告していたオオトリノが沈黙を破って口を開いた。


「爺、誰が喋っていいと言った」


 オオトリノの顔を押さえる足の力が強くなる。

 押さえつけられながらでも強引に喋り続ける。


「そやつらは……ふ……ぐ……獅子龍が大いに歓喜する代物(しろもの)を……持っておるぞ」


 獅子龍という言葉に敏感に反応したラゴ部族たちは無意識に身体を仰け反らせ、オオトリノを踏みつけていた足を下ろしてしまう。


「貴様……今なんと言った……」


 予想通りの反応だったのかオオトリノはニヤリと笑う。


「獅子龍が喜ぶ、と言ったのじゃ。そやつらを上手く使えばの」


「どういうことだ……獅子龍様が喜ばれるだと……」


 オオトリノは身体を起こし踏みつけられた頭部をさする。


「こいつらに何ができる。どこから来たのかも分からん非力な小僧どもに」


「そやつらはヤギ村から来た者たちじゃ」


「ヤギ村……そうか、お前たち山羊龍カプリコーンの……」


「そして山羊龍龍奉儀が行われたのはつい先日のこと。後は言わんでもわかるじゃろう」


「ククク……山羊龍カプリコーン……獅子龍様の宿敵か……」


((山羊龍カプリコーンが……獅子龍アスカゴウラの宿敵?))

 センとヲチはオオトリノとラゴ部族たちの会話に置いてかれないよう必死で耳をかたむける。


「他部族をこき使い無茶な労働を強いたせいで体調を崩す者や死人が続出しその結果、龍奉儀のための贄が前回より用意できていないそうではないか。ならば少しでも獅子龍の機嫌をとっておく必要があるのではないか?」


「我らを嗅ぎ回っていたのはお前か糞爺。しかしなるほど、我らを前にでかい口を叩くだけのことはある」


 ガザンはセンとヲチに身体を向ける。


「お前たち、ヤギ村から来たというのは本当か?」


 二人は恐る恐る(うなず)く。話の行く先が読めない。


「ならば龍奉儀で山羊龍を見たのか?」


 この問いにも二人は頷く。


「そうか。山羊龍はどうだ。健在か?」


 そう問われた瞬間、またあの光景を思い出してしまう。

 二つの災禍の衝突によって破壊された地形。それに巻き込まれ亡くなった多くの人たち。

 朱蟻たちによって全身に群がられた挙げ句、首を捻じ切られた山羊龍の最期。


 気付けば二人の身体は震えていた。


「おい、こいつら震えてるぞ」


「くはっ!間近で見た龍が余程恐ろしかったようだ!」


 二人のラゴ部族はガタガタ震えるセンとヲチを見て嘲笑するが、オオトリノはじっと震える二人を観察していた。


(やはり……精神的に追い詰められていたのは間違いないようじゃが……)


 オオトリノはヲチの言葉を思い返す。

 ーー山羊龍カプリコーンが死にました


(いやしかし……そんなことがあり得るか……)


「少々混乱しとるようじゃの。こやつらに自分たちの役割を理解させるついでに山羊龍と獅子龍の関係について少し話をしても?」


「…………好きにしろ」


 ガザンが許可するとオオトリノは今より百年以上前、地上から人類が撤退した時点から始まる暗黒時代について話し始めた。


 人々が地下で貧しく息を潜めるようにして静かに暮らしている間、地上では餌を求める龍種同士の闘争が頻発していた。

 龍種同士の闘争については全国各地にその地で起きた戦いが伝承や逸話、絵といった形で残っている。


 中でも獅子龍アスカゴウラはその名を広く轟かせた。

 龍種同士の戦いは力が拮抗し龍種の高い生命力も相まってなかなか決着がつきにくい。長い時間戦い続けお互い消耗してきた頃にどこからか別の龍が現れ結局有耶無耶になることが多いのだ。


 しかし、獅子龍はその圧倒的な怪力で何度も敵対する龍を(ほふ)ってきた。龍種といえど獅子龍の全力の一撃を受ければ只ではすまず、一対一で獅子龍アスカゴウラは負け無しだった。

 アスカゴウラ自身も自らが最強だと疑わなかっただろう。


 そんな時だった。

 獅子龍アスカゴウラの前に山羊龍カプリコーンが立ちふさがったのは。


 獅子龍は自身の勝利を確信し今までのように正面から山羊龍へと襲いかかった。

 ところが、獅子龍の攻撃は山羊龍にかすりもせず山羊龍のしなやかでアクロバティックそしてトリッキーな身のこなしに獅子龍は翻弄され気がつくと致命傷を負わされていた。


 敗北を確信した獅子龍は逃げることに全力を投じた。獅子龍にとってそれは初めての体験、初めて自分を凌駕する存在だった。

 初めて感じた恐怖、惨めな敗走を選択させられた屈辱。山羊龍カプリコーンとの邂逅は獅子龍の自尊心を深く傷つけただろう。


「正々堂々真正面からやりあっていれば獅子龍様が負ける筈はなかった!山羊龍は弱かったからこそ小細工に徹したのだ!」


 オオトリノの話の途中、我慢できなかったのかゴイが話に割って入ってきた。


「ゴイ、口を閉じろ。それ以上は獅子龍様をも(けな)すことになるぞ」


 ガザンに咎められゴイは悔しそうに歯軋りしながら下を向く。

 そんな二人のやり取りを無視するようにオオトリノは続ける。


 獅子龍は必ず傷を癒し再び山羊龍に挑むことを誓う。

 初めての邂逅から暫く経った頃、二度目の対決は訪れた。

 しかし、二度目の対決も山羊龍の変幻自在の動きについていけず苛立ちが募り結局致命傷を負わされこれも敗走することとなる。

 特にこの戦いは山羊龍の圧勝だったと言われている。


(山羊龍(あいつ)って結構すごいやつだったのか……)


 センとヲチはオオトリノの話に聞き入っている。


 そして二度目の対決から一年ほど経ってから三度目の対決がやって来た。


 三度目の対決はこれまでとは全く様相が異なり非常に長期化し、結論を言えば決着はつかなかった。

 山羊龍に致命傷を与えることは出来なかったが獅子龍も致命傷を負うことはなかった。

 十日間ほど戦い続けた双方は新手の出現によりその場から敗走したという。


 それから山羊龍と獅子龍は四度、五度と幾度も決戦を繰り返しやがて実力は拮抗していったという。

 しかし結局、暗黒時代が終わり世界が平和になった今日に至るまで決着はついていない。

 否、獅子龍は実質二度負けているのだから獅子龍としては納得のいく結末ではないだろう。


 故に獅子龍は山羊龍に異常なほど執着しているのだ。敗走の屈辱、闘争の悦楽を百年経った今でも覚えている。

 山羊龍との決着はいつか必ずつけると祭儀の度に話しているほどだ。

 だからこそ、『山羊龍は健在である』という情報が獅子龍には大変喜ばれるということだった。

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