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弱肉強食 ー君臨する龍 異形の蟲ー  作者: 世の中退屈マン
暴虐の獅子龍編
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奇妙な入道雲

 


「選民思想……?」


「自分たちこそ神に選ばれた特別な集団、という考え方のことさ。そして彼らは自分たち以外の人間を劣った生きる価値のない劣等種だと考えている。だから平気で人を殺せるし人がどれだけ苦しんでいようが何の感情も湧いてこないんだよ」


「つまり……ろくでもない奴らってことか……俺たちこれからどうなるんだ……」


 その問いかけにヲチは口をつぐむことしか出来ない。普通に考えればあの時ラゴ部族に見つかった時点で殺されていてもおかしくないのだ。


「なに、そう悲観的になることもあるまい。儂とて何の理由もなく捕まったわけではないぞ」


「はあ……一体どんな理由があってあえて捕まる必要があったっていうんですか?」


「考えてもみよ。儂らは奴らの領域を侵した。その時点で殺されておる筈なのじゃ。だが儂らはこうして五体満足で生きておる。なぜ奴らはあの場で殺さずわざわざ捕らえて監禁しておるのか」


 オオトリノの言葉に僅かに引っ掛かっていた違和感が確かな疑問に変わる。


「どういうことですか?」


「察しがわるいのう。奴らは今、人殺しはせんということじゃ」


「殺さない?あのラゴ部族が?」


 ヲチは考える。ラゴ部族が殺しをしない理由、オオトリノの目的、これらを繋げる何か。

 暫くの沈黙の後ーー


「まさか……龍奉儀!?」


「そういうことじゃ。奴らは龍奉儀が近づくと供物になり得る物は全て獅子龍に捧げるため侵入者といえど直ぐに殺しはせん」


「よく龍奉儀の日取りを突き止めましたね……」


「それは助手の成果じゃ。あの歳で優秀な奴じゃよ」


 そう聞いてイコトの存在を思い出し辺りを見回すがイコトの姿は見当たらない。


「あやつなら奴らに見つかる前に身を隠したぞ」


(オオトリノ博士の助手を任されるくらいだからただ者じゃないと思ってはいたけど……)


 とはいえ彼がーーいや、()()がオオトリノ博士を見捨てて逃げる筈がない。

 オオトリノ博士は()()にとって大いなる目的のため絶対に必要な人間なのだから。

 オオトリノ博士もイコトも一体何を考えているのか。


 すると、耳障りな金属音と共に牢の扉が開く。

 扉の方を見ると先ほどと同様にセンやヲチたちの倍以上はある身の丈の大男二人と二人に挟まれた少し小柄な男が立っていた。

 小柄といっても両隣の大男と比べて小柄なのであってセンやヲチとは比較にならないほど大きな身体をしている。


 そしてやはり肩や腰回り、頭に何らかの装飾をつけているだけで半裸の状態である。間違いなく彼らもラゴ部族なのだろう。

 両端の二人はニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべているが真ん中の男はまるで虫でも見るような目で捕らえられた三人を見下していた。


 三人のラゴ部族の男たちはそれぞれセンやヲチ、オオトリノの前に立つと足首の辺りを狙って持っていた槍を振り下ろす。


「痛っ……」


 ヲチの反応がこの程度で済んだのは槍が足首に刺さったのではなく足を縛っていた紐を切断したからだ。


「出ろ」


 センとヲチは緊張で固まっている。


「出ろ!」


 そんな二人に対して小柄の男は苛ついたように怒鳴る。


「逆らえば今度こそ殺される。おとなしく言うことを聞いておけ」


 オオトリノの言葉にハッとした二人は直ぐに言う通りにする。

 暗い階段を上ると眩しい日射しで少し目を細める。やはり地下にある牢に閉じ込められていたようだ。


 地上に出ると多くの人間が汗だくでふらふらになりながら大量の物資が積まれた大きな引き車を引いていた。

 似たような光景を少し前にも見たことがある。龍奉際を数日後に控えたヤギ村の光景に似ている。

 ヤギ村と違うのは活気がなく、みな満身創痍(まんしんそうい)であるということだ。


 小柄の男に連れられて集落内を歩いていると、ラゴ部族とそうでない者たちの差は歴然としていた。

 ラゴ部族は皆、鍛えあげられた身体に褐色の肌、股間部や胸だけを覆う独特の部族衣装、顔を塗料で真っ赤にしたり真っ黒にしてる者もいた。


 彼らは総じて重い積み荷を引いて働く者たちを見張り管理する立場にあるようだ。

 対してそうでない者たちは同じく半裸なのだがラゴ部族たちと比べてずいぶん貧相な着衣で、十分な栄養を取れていないのか手足は細く身体中傷だらけな者ばかりだ。


 世間知らずのセンでさえわかる格差だ。その事でヲチに何か言おうとするがヲチは首をふってそれを拒否する。今は余計なことは言うな、ということらしい。


 ラゴ部族は暴力という恐怖で獅子龍連合の他部族たちを支配していた。家族を人質にとられ山や森以外の生き方を知らない部族の者たちは逃げることもなく苦渋の日々を受け入れるしかない。


 山羊龍連合とは全く異なる歪な連合。

 ただ、龍奉際が近く迫っていることは間違いないようだ。

 辺りを見回していたセンがふと空を見上げると大きな入道雲が浮かんでいた。


 センは夏の晴れた日、澄んだ青空に浮かぶ巨大な入道雲をぼーっと眺めるのが実はけっこう気に入っていた。

 怒りも悲しみも自分が何者だったのかも全て忘れて只々(ただただ)、自然の壮大さに圧倒されるあの時間がセンにとって数少ない癒しだった。


「……ん?」


 こんな状況でなければ立ち止まってしばらく眺めていたいと思えるほど圧巻の光景だったのだが、その入道雲に奇妙な違和感を覚えたセンは歩きながら少しの間その雲を観察していた。

 入道雲。夏の晴れた日に見られる真っ白で時に灰黒(かいこく)色の雲。

 その雲が一瞬光を放ったような、いや鏡面や水面のように光を反射したように見えたのだ。


 こんな状況だというのについ気になってしまう。自身の故郷では見たことのない自然現象だ。次は見逃さないようじっと観察する。

 意識を集中させると、山や森の中に住みかを築いているためそこら中から聞こえてくる(せみ)(ひぐらし)の鳴き声が、より鬱陶しく感じる。

 一匹くらいなら季節の風物詩として聞いていられるがこう何匹も多くの鳴き声が重なると流石に風情もあったもんじゃない。


 そんな雑音にうんざりした気持ちになった時だった。

 ぴたっ……と不気味なほど一斉に虫たちの鳴き声が止まった。

 突如として訪れた静寂。


 しかしその瞬間、そんなことに気付けないほどの異様な光景がセンの瞳に映った。

 あの巨大な雲が、純白と白銀が混ざったような入道雲が水面のように波打ち、まるで生き物のように蠢いたのだ。


「はあ?」


 センは思わず立ち止まる。

 しかし立ち止まっても見える景色は変わらない。故郷でそれなりの時間雲を眺めていたことのあるセンでもこんな雲は見たことがない。


(こんな現象あり得るのか……?)


 ヲチに聞けば何かわかるかもしれないと思った瞬間、後を歩くラゴ部族の男に勢いよく蹴りをいれられる。


「うあっ!」


 男の筋肉質な足はセンを軽く突き飛ばしセンは地面に横たわる。


「さっさと歩け。誰が勝手に止まって良いと言った!」


「セン!」


 駆け寄ろうとしたヲチも足を引っかけられそのまま転倒してしまう。

 そんな二人を見て小柄のラゴ部族の男は先ほどと同様に何の関心もない冷たい表情で告げる。


「お前たちは運が良い。普段であれば我らの領域に足を踏み入れた時点で四肢を切り落とし残った身体をどこか目立つ場所に飾っておいてやるところだが……お前たちはかの存在が目覚める前日にやって来た。だからお前たちは我らに生かされている。だが勘違いするな。もし次許可なく命令に背けば……手足どちらかがなくなると思え」


 きっと脅しではない。彼らなら本当にそうするのだろう。

 センとヲチは何とか立ち上がりまた歩きだす。

 その際センは一瞬だけもう一度あの入道雲を見たがそこには何の変哲もないゆったりと浮かび流れる雲があるだけだった。

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