獅子龍とラゴ部族
破壊的な龍種たちの食欲は人類の暮らしに多大な損害を与えすぐに人類は世界各地で龍種との対決を余儀なくされた。
しかし人間の作り出した武器や兵器は龍種に全く通用しなかった。
剣や槍はもちろん大砲や毒矢に爆弾何一つ龍種の硬い体皮を破ることは叶わず、又あの巨体から繰り出される怪力や上空からの吐息攻撃などに対してひどく無力だったのだ。
そうして大量の犠牲者を出した人類は悟った。これは人類が手に負える相手ではない。人類が地上を支配していた時代は終わったのだ、と。
約四割まで減った人類は地下へと退避することに成功した。これが日の当たらない人類の黒歴史、暗黒時代と呼ばれる人類史上最悪の時代の始まりである。
地上にある餌があらかた喰らい尽くされると残った少ない餌を争って世界各地で龍種同士の闘争が勃発した。
龍種同士の闘争は熾烈を極め五日経っても十日経っても続き、長い時には二週間近くほど続いた戦いもあったそうだ。
闘争に勝利した龍種は餌を喰らい、敗北した龍種は屍となって大地を毒素で侵した。
不思議なことに空腹で餌を求めている筈の龍種が龍種の屍には一切手を出そうとしなかったということだった。
そしてその頃からだっただろうか、龍種が人間の言語のようなものを口にするようになったのは。
やがて龍種が初めて自らの暴力では到底解決できない問題に直面した時、人間は共存の道を龍種に提示した。餌を提供する代わりに自分たちの生活圏を他の龍種たちから守護すること。
これこそが人間と龍種の共存の道、龍奉際の起源である。
「話が逸れたがの。一体なぜ龍種たちは時を同じくして一斉に現れたのか、不思議には思わんか」
当時のことはセンには分からない。
自分が物心ついた時には龍がいるのが当たり前で龍種がいなかった世界とは一体どのような姿をしていたのか想像もつかなかった。
「ああ、そうかもな」
適当な返答をしてしまったが、そんなことでオオトリノの勢いは止まらない。
「しかし世界は!その問いから目を背け龍種の機嫌を損なわぬよう奴隷のように振る舞うだけでなく、儂のような正直者を危険だの!やれ恥知らずだの!終いには神に背く者だと抜かしおる!」
今まで出会ってきた人間で龍に対して恐怖でも崇拝でもない態度を見せたのは母親以来初めてのことだったセンはオオトリノに少しだけ興味がわいた。
「あんたは龍が恐くないのか?」
「恐くない、と言えば嘘になるじゃろう。だが、儂にはそれに勝る欲求がある」
「恐怖に勝る欲求?」
「好奇心じゃよ」
「好奇心……」
世界から指名手配される危険人物、龍種に対する姿勢、故郷にいては絶対にあり得ない価値観にセンは強く惹かれていった。
「あんたの話、もうちょっと聞いてもいいかな?」
「はっはっはっはっ!何じゃ、話のわかる奴じゃな!」
その後の展開を容易に想像できてしまう二人は静かにため息をついた。
オオトリノはマシンガンのように自身の知識や仮説など有ることから無いことまで大声でまくし立てた。
最初は興味津々で聞いていたセンがうんざりし始めていた頃だった。
「博士、そのくらいにして。そろそろ目的地がどこなのか教えてくれてもいいんじゃないですか?」
「む?そうじゃな。儂らが向かっておるのは、かの暴虐の獅子龍アスカゴウラを祀る集落じゃよ」
「は……?」
その名を聞いた瞬間、ヲチはたち止まる。
「今……何て……」
「暴虐の獅子龍アスカゴウラ、と言ったのだ」
「う、嘘だ。正気じゃない……」
ヲチの顔色はみるみる青くなっていく。
「ヲチ?一体どうしたんだよ……」
ヲチの様子にセンも動揺する。
「セン!直ぐにここから離れ」
「もう遅い」
オオトリノがそう言った瞬間ーー
一瞬で大男たち数人に囲まれた。
男たちはセンやヲチたちの身長の倍近くあり非常に大柄だ。肌は黒くみな民族衣裳のような衣服を身につけてはいるが殆ど裸に近い格好をしている。
太い首、太い腕、太い足。異様に鍛えられた身体は同じ人間とは思えない。
彼らはみな目をぎらつかせとても友好的には見えなかった。
「何だ……こいつら……」
「ぼ、僕たちは!道に迷ってしまって……偶然ここまで辿り着いてしまって……決してあなたたちの領域を犯すつもりはなくて……今すぐここを離れぐぉえっ……」
男の一人がヲチの頭を大きな手で鷲掴みにすると腹に膝蹴り叩き込んだ。
「ふっ……か……は……」
ヲチはその場で踞り必死に呼吸を整えようとする。
「ヲチ!大丈夫か!?」
ヲチの元へ駆け寄るがセンの呼び掛けに答える余裕はない。
「ふざけるな!お前ら一体どぅっ……」
即座に顔面に重い一撃を受け数メートル先まで飛ばされるとセンは気を失ってしまう。
両手を上げ無抵抗の意を示していたオオトリノも鈍器で後頭部を殴られ悲鳴もなくその場に倒れる。
気付けばイコトは行方をくらまし姿がどこにも見当たらない。
薄れゆく意識の中で容易にオオトリノの誘いに乗ったことを強く後悔し、やがて視界は真っ暗になった。
早く。早く逃げないと。奴らがすぐそこまで迫って来てる。
地中より噴き出す血飛沫のような蟻の一群。縦横無尽に動き回る山羊龍。破壊される地形。飛び交う吐息。緊張、不安。疲労。そしてーー
地上の全て飲み込まんとする圧倒的な真っ赤な波が山羊龍を。次に村人たちを。やがては自分をーー
「うあああああああああっ!!!!!」
自分の大声で目を覚ます。
「はあ……はあ……はあ……」
意識が戻ったヲチは自分が薄暗い闇の中にいることが分かった。
(ここ……は?)
身体の自由がきかないと思ったら両手足を縛られている。
(そうだ……僕たちはラゴ部族が暮らす領域に足を踏み入れて……)
「おお!目が覚めたか!」
近くからオオトリノの声が聞こえる。その声は思いの外陽気で拘束されてる人間のものとは思えない。
自分たちをこんな状況に巻き込んだ張本人を前に、今すぐ馬乗りになって拳を振り下ろしたい衝動に駆られるが現状それは出来ない。
「う……あ……ここ……どこだ……」
どうやらセンも目を覚ましたようだ。
「最初は夜なのかとも思ったが捕らえたものを外に放り出しておくのは変じゃ。ここは恐らく地下じゃろう」
「地下?」
「そうじゃ。暗黒時代における人類の遺産、といったところじゃろ。別に珍しくもない」
「そんな事より博士、これは一体どういうことなんですか!どうしてこんな愚行を……」
「そんなこと決まっとるじゃろう。儂が何者か忘れたのか?」
そう聞いてヲチは捕まる直前のオオトリノの言葉を思い出す。
ーー暴虐の獅子龍アスカゴウラ
「龍種、獅子龍アスカゴウラの生態調査ですか……」
ヲチは心底呆れたようなため息をつく。
「だとしてもラゴ部族と関わるだなんて……本当にどうかしてる……」
「あいつら……ラゴ部族って言うのか……一体何なんだ、あいつら……」
「君も経験した通りだよ。彼らに言葉は通じない」
言葉の意味が、ということではなく彼らの価値観、生き方がセンやヲチたちとあまりにかけ離れているということだ。
「彼らにとって力こそ……相手をねじ伏せる暴力こそが絶対の価値で、そして自分たちこそ、その価値において最も優れた一族だと信じて疑わないのさ」
確かに、目の前に現れた男たちはみな巨体で筋肉の量も人というよりは獣に近いという印象をセンは持っていた。
「そんな彼らだからこそ、龍種には……特に五本の指に入ると言われている龍種である獅子龍アスカゴウラには強い羨望や畏怖を抱きながら心酔し神様のように崇めてるんだ」
龍種に対する畏怖から自国を守護する龍を神のように崇めているのは世界中どこも似たり寄ったりだ。
センも自身の故郷、ヤギ村の人間たちの山羊龍に対する畏怖とそこから生まれる信仰めいた態度をずっと見てきたからか理解はできる。
しかしラゴ部族たちにとっては畏怖だけではない。自分たちの理念を体現する存在として熱狂的に獅子龍アスカゴウラを崇めている。
「そしてそこから生まれる選民思想こそラゴ部族が忌み嫌われ、恐れられる由縁なんだよ」




