密会と企み
「ヲチ、お前それは本気で言っておるのか?」
「ええ、勿論。それもさらに信じられないことにーー」
ヲチは山羊龍龍奉儀で起きたことをありのままに話した。
「バカな……地形を変え龍を喰らう蟻などとは……」
オオトリノはとても信じられないという顔をする。
「簡単に信じてもらえるとは思いません。僕だって当事者でなければこんな話絶対に信じられない。でも……時間が経てばいずれわかることでしょう。もうあそこは人が暮らせる場所ではなくなったんですから……」
「うむ…………で、お前たちはこれからどうするつもりじゃ?」
「それは……まだ……ただ、とにかく難民となった山羊龍連合の集落の人たちを受け入れてくれる国にこの事態を早急に知らせる必要があると思います。これは山羊龍連合だけの問題じゃない。もしあの蟻たちが勢力を広げてしまえば確実に世界はとんでもないことになる」
「カッサラン……」
「え?」
「爺は昔から何かあったらカッサランを頼れってよく言ってたな」
「うむ……繁栄都市カッサランか。あそこなら広い領地に働き口もあるじゃろうし距離もここから比較的近い……妥当じゃな」
「よし。なら僕たちはカッサランに向かおう。きっと他の集落の人たちも同じことを考える筈だよ」
「あのさ、俺たちの他にも流されてきた人間がいたんだよな?」
「そうじゃ。お前たち以外はみな死んでおったがな。全く恐ろしい生命力じゃよ」
そう言ってオオトリノはヲチを見る。
「なら、その中に変わった衣装の白髪の爺さんはいたか?」
育ての親であるカンコンの身を案じる。同じく地形の変化による新たな川の流れに巻き込まれたのだから同じ場所に流れ着いてもおかしくはない。
「いえ、死体も全て岸に上げましたけどその特徴と合致する物はありませんでした。後で自分の目で確認してみるといいですよ」
先ほどまで川を探索していたイコトがオオトリノの代わりに答える。
「そっか……」
「セン……大丈夫だよ。僕たちだってこうして生きてるんだから。カンコン村長たちもきっと無事さ」
「ああ、そうだよな……」
「お前たち、今日はもう寝ておれ。明日ここから一番近い集落まで送ってやる」
「ありがたいですけど……ずいぶん親切ですね」
ヲチは訝むような視線をオオトリノに向ける。
ヲチはオオトリノがどんな人間なのかをよく知っている。龍種に心底夢中で他の人間には塵ほどの関心もない文句無しの社会不適合者欠落人間である彼が何の見返りもなく他人に施しを与える筈がないのだ。
何かまた妙な厄介事に巻き込むつもりに違いない、とヲチの本能が告げていた。
「なに、世界の危機なのだろう?ならば儂らも無関係、というわけにもいくまい」
(嘘だ……絶対何か企んでる……けど……)
「それとも何か?まさかお前たち二人だけでカッサランを目指すというのか?慣れた土地でもなければ地図もない。ろくに食料ももたずにそれがどれだけ無謀か分からぬほど馬鹿ではあるまい」
「ええ……その通りです」
オオトリノのことがどれだけ信用できなかったとしても今彼らの力を借りずにこの状況を切り抜けるのは不可能といっていいだろう。
「さ!話がまとまったようですし昼食を取りましょう。二人ともお腹が空いてるんじゃないですか?」
そう言われると二人同時に腹の虫が鳴る。
食事を終えた二人は横になると、心身ともにひどく消耗していたのかすぐに眠ってしまった。
空は既に暗く輝く星たちがはっきりと見える。木々の方からはリリリリリ、シュワシュワシュワと様々な虫たちの声が聞こえてくる。
もう夜遅くになるというのに小さく焚かれた焚き火を間に挟んで老人と少年がなにやら話し込んでいた。
「相変わらずこの季節になるとうるさくなりますね。おかげでここ最近はなかなか寝付けないですよ」
うんざりするように少年は苦笑する。
「全くじゃ。が、この音があるからこそワシらが追っ手から身を隠し易くなっておるのも事実じゃろうな」
老人は小さく燃える火に乾いた木の枝を放り込む。直に慣れるじゃろう、と老人はそう付け加えた。
「それで博士、あの人たちの話はどこまで信用できるんですか?」
少し離れた所でぐっすりと眠っている二人の少年を横目で見ながら尋ねる。
「むろん、何もかも信じたわけではない。が、あやつのことは多少知っておるのでな。あんな大それた嘘を何の意味もなくつける人間ではないはずじゃ……」
「彼らは明らかに何かを隠している」
そう断言するもののそれが何かは見当もつかない。
「山波の山羊龍カプリコーン……暗黒時代、あの暴虐の獅子龍アスカゴウラと幾度も死闘を繰り広げた龍、か……」
「もし仮に二人が何らかのショック状態に陥り何かと見間違えたのか、有りもしない幻を見たのだとしても、川から死体が流れてきたのは儂らも見たからのう。少なくともセンという少年の村で何かがあったのは間違いないじゃろうな」
「確か山羊龍連合の龍奉際の日程は今朝でしたから、もしかすると龍奉際で何かあったのかもしれませんね」
「山羊龍カプリコーンを怒らせたか……しかし山羊龍は龍種の中でもかなり理性的な性格だった筈だかのう」
「お忘れですか?山羊龍連合龍奉際では前回も死人が出ています。博士も会いたがっていでしょう……たしか名前は……」
「スコーン・オリオン……か」
山波の山羊龍カプリコーンと友になったという女がいた。
その女は龍に気安く語りかけ何一つ飾ることなく龍と人間の間にある決して越えられない壁を越えたという。
村人たちはその奇跡を強く恐れもしたが反対に信仰に近い感情も抱いていたそうだ。
だがスコーン・オリオンは死んだ。山羊龍によって殺された。真相は闇のまま。
「例えそうだとしても隠すほどの理由にはならんな」
龍奉儀で人が死ぬなんて話はさほど珍しくもない。やはり納得のいく答えにはたどり着けない。これ以上の議論にはあまり意味もないだろう。
「それにしても、二人を何の躊躇もなく巻き込みましたね、僕たちの計画に」
「なに、使える駒は多い方がよかろう」
「使える、ね……」
「くくっ……まあお前ほど優秀ではないがあやつはあやつで面白い素質を持っておる」
「はいはい、‘‘いかなる窮地からも生き延びる素質’’でしょ?何度聞かされたことか」
「そう。そしてもう一つ‘‘厄介事を引き寄せる素質’’じゃ」
そう言いながら心底楽しそうに笑う。
「普通の人だとは思ってませんよ。僕の前任として助手を務め、龍種以外に一切関心のないあの奇人オオトリノ博士に認められた人、ですから」
「ぐはははっ!明日が楽しみじゃ。早く会いたいのう。獅子龍アスカゴウラ」
日が昇り簡単な朝食を済ませるとすぐに出立した。
近くの集落といっても山岳地帯、坂道に下り道加えて回り道や道無き道を通るため実際に歩く距離は数十キロメートル以上だ。
オオトリノとイコトに連れられながら山道を歩く二人だが、センはずっと下を向いたまま一言も発さない。
今朝も起きてすぐ周囲を探し回ったがカンコンどころかキレレキやソボクなど他の村人たちも見つからなかった。同じ水流に流されたのだから近くにいるはずなのだが流れの激しい川とそれを囲む木々の景色があるだけだった。
そんな暗い雰囲気を察してか、いやただ自分が話したいだけなのだろう。オオトリノがセンに向けて問いかけた。
「龍種がどこからやって来たか知っておるか?」
何の脈絡もない突然な問いかけに少し面喰らうもその問いに多少の興味あったセンは素直に答える。
「……さあ。俺が聞いたことがあるのはたしか、数百年くらい前に人間が醜い争いを繰り返していた最中に突然現れたってことくらいーー」
「その通り!奴らは突如として現れた」
オオトリノがエンジンをかけ始めた事を直ぐに察したヲチとイコトは巻き込まれないように少し距離を取る。
「ある者は大地から。ある者は空から。またある者は海から、と世界各地でほとんど同時期に突如として奴らは現れたのだ」




