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弱肉強食 ー君臨する龍 異形の蟲ー  作者: 世の中退屈マン
山波の山羊龍編
10/55

二つの天災

 


「カンコン村長!」


 叫ぶようなヲチの声でカンコンははっと我に返る。


「ヲチ殿……」


「今彼らをまとめることができるのはカンコン村長以外いません!ですからどうか……お願いします。どんなに辛い決断でも全滅だけは避けなくては」


 そう言われて多少冷静さを取り戻したカンコンはこの状況で何を優先すべきかを思い出す。


「皆、聞けぃ!」


 まだ踏みとどまれている者たちはすがるような目でカンコンを見る。


「先へ進め!諦めた者に構っている余裕はないのだ!」


「そんな!彼らを見捨てるというのですか!?」


「そうじゃ!儂らが全滅すれば龍奉儀を再開するのにどれだけ時間がかかるか検討もつかん!そうなっては山羊龍連合の存続すら危ぶまれるのだぞっ!」


「くっ……くそおっ!くそおっ!」


 仲間を見捨てる選択をしなければならない。皆、表情をぐしゃぐしゃに歪ませ歯を食いしばりながらなんとか前に進んでいく。

 仲間が泣き喚く声を無視し、龍の吐息や蟻の噴出に怯えながらも懸命に懸命に身体を引きずっていった。


 途中、ナホ村の村長ホホクロが集団についていけずぐったりと寝そべるように倒れる。ホホクロはハモ村の村長モリクサに次いで高齢だったのだからここまでもったのが奇跡といえるほどだった。


「ホホクロ殿!」


「儂に構うな!行け!」


「く……すまぬ!」


 皆、感情を押し殺して先へ進む。かすかな希望にすがって燃え盛る炎の熱風で火傷を負いながらも一心不乱に前へ前へと。

 それでも炎の勢いは止まるどころか更に激しさを増していく。山羊龍による無差別の全方位吐息は森全体を火の海しつつあった。


 やがてそれらはセンやヲチたちの退路を完全に奪ってしまっていた。


「はあ……はあ……これではもう……」


「どうやら……ここまでのようじゃの……」


 キレレキの口調から相当疲れているのが伝わってきたが恐怖や動揺は感じられなかった。諦めたような、死を受け入れたような感じだった。

 キレレキだけではない。皆かなり体力を消耗しているのか泣き叫ぶ者はなく、涙を流しながら誰かに謝っていたり、小さく恨み言を吐くだけだった。


「あれ……?」


 同様に暗くうつむいていたヲチが何かに気づいたように顔を上げる。


「ヲチ?」


 ヲチの反応に気付いたセンがヲチに視線を向ける。


「揺れが……収まってる……」


 そう言って立ち上がった。


「たしかに……」


 続いてセンも立ち上がる。

 揺れが止まったということは彼らの活動が沈静化したということだろうか。

 ということはーー


「決着がついたのか!?」


 ヲチは上空を見上げ周囲を見渡す。

 すると、いた。

 燃え盛る炎の海にたった一匹ぽつんと(たたず)むその姿はまさしく『化物』だった。


「当然の結果じゃな」


 キレレキはなんの感慨もなくそう言った。龍が負ける筈がないのだと信じて疑わなかったのだから別段驚くこともないといった様子だ。


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 誰も口を開かない。聞こえてくるのは火が木々を焼く音だけだ。

 皆、静かに死を受け入れようとしていた。

 ただ一人を除いてーー


「僕はまだ死にたくありません」


 本当に小さな呟きだったがそれでも静まり返った森では数人の耳には届いた。


「ヲチ……」


 センは何て声をかけていいかわからず続く言葉が出てこない。


「お前さんも災難じゃったな」


「ヲチ殿すまん、まさかこんなことになろうとは……」


 キレレキは苦い表情を浮かべ、カンコンは手を地につけ頭を下げる。


「い、いえ!謝らないで下さい。僕はヤギ村に助けてもらわなかったら、のたれ死ぬところだったんです。初めてでした。こんな、余所者の僕がここまで暖かく受け入れてもらえたのは。だから感謝ばかりで不満に思うことは何一つありません。そもそも誰にもこんな事態を予想することは不可能でした」


「ヲチ殿……」


「ただ僕には……まだ死ねない理由があるんです」


 そう言った少年の目はどこか儚く輝いて見えた。カンコンとキレレキは複雑な表情で目をそらす。


「そうさ……俺だってまだ死にたくない……死んでたまるか!」


 身体を震わせながらセンだけがヲチの言葉に賛同した。


「しかしな、ヲチとやら。揺れは収まったが四方を火に囲まれていては逃げようがない。それどころか皆、もう体力の限界じゃ」


 駄々をこねてると思われたのかカソ村のソボク村長も疲れきった様子で大の字になりながらヲチに不満をぶつける。


「はい、その通りです」


「ならば……」


 ソボクの言葉は何一つ間違いではなかった。予想を遥かに上回る災厄が立て続けに起こり、慣れない移動と極度の緊張さらには仲間の死で心身ともに限界を迎えているのだ。その上祭儀は完全に失敗に終わってしまった。


 起こり得る最悪の事態は容易に想像できる。

 これが原因で山羊龍と連合の関係にひびが入るどころか連合そのものにも軋轢(あつれき)が生まれるだろう。


 そうなってしまえば今ここにいる自分たちの命だけではすまない。家族や友人も危うくなるばかりか、一つの小さな国の存続が危ぶまれるのだ。

 だからこそ、余所者のヲチよりもずっと悔しい思いで地べたに横たわりながら自らの運命に絶望している。


 ヲチはそのことを理解しながらもある考えが頭から離れなかった。それはこの状況を何とか打開できる唯一の手段であると同時に失敗すればここにいる全員が死ぬ危険を併せ持つものだった。


 そしてそれはあまりにも馬鹿げた考えだとも思った。カンコンやキレレキたち村の人間たちの常識からは外れた、到底許容されるものではないだろう、と


(でも、このままじゃ結局全員死ぬことに変わりないじゃないか。こんな状況で常識だとか非常識だとか気にしてることこそ無意味だ!)


「聞いてください、実はーー」


 ヲチがそう切り出した直後だった。


 ーーキイィィィィィィィィィィィ!!!

 ーーピイィィイィィィィィィィィ!!!


 どこからともなく風を切り裂くような耳障りな高音が森や山を駆け巡る。




 山羊龍は待っていた。燃え盛る炎の中で、敵の動向、次の動きを。

 しかし…………待てども蟻たちに動きはない。揺れも収まりチッ、バチッと木が炎に焼かれる音が時折聞こえてくる以外は静かなものだった。


 終わったのだろうか?

 息つく暇も与えず地中から涌き出でいた蟻の大群が今はピタリと止んでいる。

 正直、痛快だった。久しぶりに命をかけたギリギリの戦いと力の限り暴れたおかげでずっと昔に失った熱い何かを思い出せたような、そんな気持ちだった。


 それと同時に複雑な思いもあった。本来ならば『龍奉儀』のために整えられた広野や森も自身が暴れたせいで滅茶苦茶な状態だ。たくさん人も死んだだろう。仕方がなかったとはいえ『龍奉儀』を再開するにはそれなりの時間がかかるはずだ。


 やはりこの力はそぐわない。

 祭儀広野の惨状を見てそう痛感するばかりだ。

 これからどうしようか、と山羊龍が翼をたたもうとした時だった。


 ーーキイィィィィィィィィィィィ!!!

 ーーピイィィイィィィィィィィィ!!!


 どこかから聞き慣れない高い音が森全体に響き渡った。


「何だ……この耳障りな音は?」


「何が起きてるんだ……何かの鳴き声にも聞こえるが……」


 付き人たちは耳を塞ぎながらそれぞれ思いを口にする。

 だが、ヲチとセンはその音を聞いた瞬間、背筋に悪寒が走った。それはまさしくあの蟲籠が多く垂れ下がった山のとある社で二人が聞いた、しかし無かったことにしたはずの生命の咆哮だった。


「ヲチ!これって!」


「ああ……きっとそうだ。風の音じゃなかった、気のせいなんかじゃなかったんだ。まだ、まだ何かいる!」


 すると再び地面が激しく揺れ始める。


「くそっ!まただ!決着はついたんじゃなかったのか!?」


 ヲチたちは再度地面に貼りつけられる。


(やつらはまだ生きてる。まだ戦う気なんだ。これじゃあ僕の案は実行できない……)


 ヲチは頭を抱えると同時にふと思った。


(でも妙なタイミングだ。まるでやつらがさっきの耳障りな音に呼応したかのような……)


 そして、山羊龍の動きを確認しようと天を見上げるとあまりの光景に言葉を失ってしまう。


「あ……あ……」

「何だよ……あれ……」


 視界に入ったのは赤黒い巨大な幕がどんどん高さを増していくところだった。

 そしてその幕の正体こそこれまでとは比較にならないほど大量の蟻たちによる集合体だった。


 これまでの集合体の形態が噴水や間欠泉(かんけつせん)だとすればこれは大きな大きな波のようだった。高さも然ることながらとにかく幅広い。楕円(だえん)の半円形のような形状で山羊龍を囲むようにして天に向かってつき上がっていく。

 予想以上の規模に山羊龍は一瞬かたまってしまう。


「すごい……まだ、まだ上っていく……」


 山羊龍の高さを優に超えてもまだ高さを増していく蟻の大波に、ヲチはつい見惚れてしまう。

 圧倒的な光景を前にすると人は心を奪われる。自分が何者なのかも忘れてーーそんな彼の言葉を思い出してしまったほどに。


「上昇が止まった。落ちてくるぞ!」


 蟻たちの大波はある高度まで達すると一気に山羊龍に向かってなだれ込む。

 その瞬間、山羊龍は後方に跳躍し大波に向けて吐息をぶつけるが規模が桁違いで焼け石に水といった程度の効果だろう。


 着地するとやはり一度の跳躍では避けきれないことがわかる。すぐさまもう一度地面を蹴って後方に跳躍した瞬間だった。

 急に山羊龍の周囲に大きな影が差す。

 山羊龍が上空へ視線を向けると後方からも全く同規模、同形状の大波が迫ってきていた。


「ああっ!山羊龍が!」

「波に飲まれた……」


 跳躍した直後で、前方の波に意識をとられ後方から迫る波に気付かなかった山羊龍はそのまま後方の蟻の大波に飲み込まれてしまう。

 蟻の大波は山羊龍の巨体を飲み込みそのまま地面に叩きつけられ散らばりながらも山羊龍を下敷きとした無数の蟻で作られた山を築き上げる。


 さらに前方の蟻の大波もそこへなだれ込みさらに大きな蟻の山ができ、その衝撃で強風が生じ木々を燃やす炎が慌ただしく揺れていた。

 蟻の大波によって形成された蟻の山は山肌がゾワゾワと蠢きまるで意志をもっているかのようで不気味だった。


「山羊龍……様……」


 ソボクは動揺し声を震わせる。


「大丈夫じゃ、山羊龍様は龍種の中でもしぶとく(したた)かなお方。そう簡単にやられはせん」


 カンコンの言った通り、蟻の山が爆散し中から山羊龍が跳び出してくる。

 だが、その全身は大量の蟻が付着し朱色に染まっていた。

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