蟲籠山にて
映画「エイリアンvsプレデター」のような二者の怪物の闘いとそれに巻き込まれながらも必死に生き延びようとする人間たち、といった感じの話にしたいと思ってます。
人間は基本的に怪物、怪獣に対して無力であり俺ツエーは皆無です。
この世界には最強の生物種が君臨する。
破壊の限りを尽くした暴力の権化。
人類を絶滅寸前まで追い込んだ巨大で圧倒的な存在。
ーーーー龍。
やがて人々はそれぞれの地に君臨する龍を祀り供物を捧げる事で抑止力としてその力の恩恵を授かりその怪物との共存を果たしたのだった。
噎せ返るような深緑の香り。
ジージー、チチチチチと蝉や蜩が一斉に鳴く真夏日、二人の少年が雨上がりのまだぬかるんだ地面に苦戦しながら山道を歩いていた。
一人は山の麓にあるヤギ村の住人の少年で歳は十五で灰色の髪と目つきの悪い顔立ちをしている。
もう一人は山中で意識を失っていたところをヤギ村の住人に発見され運び込まれた旅人の少年である。
歳はセンと同じだが顔つきは対照的で温厚そうな雰囲気と眼鏡をかけている以外はこれといって特徴のない少年だ。
「それで一体……僕らはどこに向かっているんだい?」
体調が万全に回復した旅人の少年はヤギ村の少年に半ば無理やり連れてこられて少し戸惑っていた。
前を歩くヤギ村の少年は足を止めるとそこで振り返る。
「そういえばまだ名乗ってなかったな。俺はセン=オリオン、センでいいぜ」
「僕はヲチ=コクリコ。僕もヲチでいいよ」
「ここはヤギ村のやつでも限られた人間しか出入りしないいわくつきの山でさ、村のやつらから聞いてないか?もうしばらくするとでかい祭りが催されるって」
歩きながらセンはヲチの疑問に答える。
「でかい祭り?」
「聞いたことくらいはあるだろ?『龍奉儀』だよ」
「『龍奉儀』って……十年に一度のみ行われるあの『龍奉儀』!?」
龍奉儀。字面の通り龍を奉る儀式である。
龍とはこの世界最強の存在として君臨している数多の巨大な怪物、怪獣であり、それらの総称を龍種と呼んでいる。
龍奉儀は龍種とその地に住む人間たちの共存と繁栄のため、百年以上前から行われている一大伝統行事である。
その実態はこの世界を滅ぼしかけた龍種の食欲を満たすため十年ほどかけて備蓄した食糧を贄として龍に捧げ、龍の怒りや暴走を鎮め外敵、つまり他の龍種の侵略から自分たちを守護してもらうためのものだった。
「そうか、ということはこの山には龍奉儀で捧げる贄になる物が?」
「そういうこと。と、ほらあれだよ」
センが指さした方を見ると木の枝に竹籠がいくつも垂れ下がっていた。よく見ると中には何かがぎっしりとつまっているようだ。
それに近づいていくにつれ中身が時折ゴソッゴソッと蠢くような気配を感じていた。
「うわっ……これは……」
それらが何か認識した瞬間ヲチは本能的に数歩後へ下がってしまう。
「久しぶりに見たけど……やっぱり気味が悪いな……」
竹籠の中は大量の虫の死骸で溢れかけていた。
蝶や蛾、百足、何かの幼虫や蜘蛛など数多の虫たちが死骸となって特殊な竹籠に閉じ込められているようだ。
「村の連中はここにある物を蟲籠、それでこの山を蟲籠山って呼んでる」
「まるで呪いの儀式でも始まるみたいだ……」
臭いもなかなかの悪臭だ。それに周りを見ると他にもたくさん木の枝から垂れ下がってる。
「言っただろ?いわくつきだって。村の仕事でここに来るやつ以外みんな気味悪がって近づきたくないんだ」
「これが……龍奉儀の贄になるものなの?」
「これはほんの一部さ。龍は基本的には雑食だから何でも喰うらしいんだよな。これ以外にも肉、野菜、魚、穀物も当然奉納品さ。でも、うちみたいな生産力の低い地域はそれだけじゃ足りないからこうやって虫なんかを使ってるんだ」
「なるほど、ヤギ村は山に囲まれてるから生産力が低いのか。それを補うために……」
感心している様子で下を向くヲチをセンは横目でじっと見つめていた。
「……ん?どうかしたかい?」
センの視線に気づいたヲチは顔をあげセンを見る。
「俺もさ、あんたに聞きたいことがあるんだけど」
「僕に?」
「ああ」
真剣な表情でセンはうなずく。
「どうして、そんな歳で旅を……故郷を出ようと思ったんだ?」
「ん?ああ、そっかそうだよね。普通は生まれた場所があってみんなずっとそこで暮らしていくものだもんね」
センは村長であるカンコンにヲチの話を聞いたときからずっとそのことが気になっていた。
なぜならヲチの生き方こそ以前から自分が強く想い描くと同時に、到底できはしないと考えていたものだったからだ。
ヤギ村は山に囲まれているため、この山地を上手に渡らなければ必ずどこかでのたれ死んでしまう。実際にヲチがそうなりかけていた。
一部の大人たちは適切な道順を知っているがセンにそれを決して教えてはくれなかった。
そもそもどこかに定住することなく各地を旅するなんてことは高いリスクと隣り合わせだ。
行商人でもない限り常人には体力面、金銭面、精神面で相当難しい筈だ。
だからこそ、ヲチの存在を聞いた時は耳を疑った。
一度話してみたい。どうして、どうやってそんなことをしているのか聞いてみたいそう思ったときからこの瞬間を心待にしていた。
「そうだな……」
しばらく黙っていたヲチだったがセンの熱い視線に耐えかねたのか歩きながら話し始める。
「きっと自分が何も知らないただの子供なんだと思い知らされたから……だろうね」
「何も……知らない子供……」
ヲチの答えはセンの胸に何かが刺さるようだった。
「これは僕の師からの受け売りなんだけどね……」
二人はここに来た当初の目的をしばし忘れて何の気なしに山中を歩く。
「『この世界には様々な障害、多くの理不尽があるだろう』」
「…………」
「『しかしそれでも世界はあらゆる可能性に満ちている』」
「可能性?」
「『それは、繁栄あるいは滅びの可能性。善もしくは悪の可能性。進化ないしは退化の可能性。この世の全てのものは何らかの可能性をもって生まれてきた』」
ヲチはその言葉がまるで宝物であるかのようにとても大事そうに噛み締めるようにして語る。
「『些細なことで気づけない。当たり前の事で理解できない。しかし自分の世界より遥かに広い外の世界を覗いた時きっと君の常識は打ち砕かれる』」
「…………」
「『そして、知るだろう。自分はこの世界のことを何も知らずに生きていた無知なる子供同然だということに』……ってね」
「つまりそれは……何が言いたいんだ?」
「僕も最初は何の事かよく分からなかったけど……例えばセンはこの山地を抜けた世界がどうなってるか知ってるかい?」
「さあ……見当もつかないな。なんせ生まれてからずっとここに閉じ込められてるからな」
うんざりしたような口ぶりだった。
「そこにはね、いろんな国、いろんな人々がいるんだ。木の生えない砂地に水の上に浮かぶ町、何百万人もの人間が集まる都市にそれらが生む恩恵、抱える問題。セン、そんな世界があるなんて信じられるかい?」
「さあ、わかんねーよ。見た事もないんだから、とてもじゃないけど信じられない」
「その気持ちさ」
「……え?」
「とてもじゃないけど信じられない。でも自分の目で見たのなら……信じるしかないじゃないか」
そう言ってヲチはセンに振り返る。
するとセンは立ち止まって呟いた。
「ああ、確かに…………そうかもな……その通りだ」
無表情で分かりにくいがヲチはなんとなく腑に落ちたようなセンの表情が読み取れたような気がした。
「……でも、結局それは全部後付けなんだ。僕が旅をする途中で気づいたこと。本当はーー」
ーーズズズズズズズズズッッッ!!!
「!?」
「なんだ!?」
凄まじい音と共に地面が大きく揺れ始めた。
センとヲチはまともに立っていられず、ついには俯せの状態になる。
周囲を見渡せば木々も見たことないほどに揺れている。
「地震……か。大きいな……」
「こんなでかいのは初めてだぞ」
ーーズズズズズズズズズッッッ!!!ズズズズズズズズズッッッ!!!ズズズズズズズズズッッッ!!!
十秒、二十秒、三十秒そして六十秒経っても揺れは続く。
ーーズズズズズズズズズッッッ!!!ズズズズズズズズズッッッ!!!ズズズズズズズズズッッッ!!!
「長いな……このままだとまずい……」
俯せになってから数分ほど経っている筈だが収まる気配はない。
「おいあれ、倒れるぞ!」
ーーギギギギギギギィ、ミシミシッ、ダァンッ!
太く長い木が根本近くから折れて地面に叩きつけられた音がした。
すると一本また一本と木々が倒れていく。吊り下げてあった竹籠も倒れた樹木の下敷きになったり、倒れた際に蓋が開き中身がこぼれる。
「蟲籠が!」
やがて二人の周りの木々もミシッ、ミシッと嫌な音をたて始めた。
「くそっ!ヲチ、こっちに倒れるぞ!」
先ほど同様、木の幹にひびが入っていく音を立てながら数本の木が二人の上から落ちて来るのを、身体を折り畳むようにして小さくし或いは、横に転がって何とか避けた。
その体勢のまま揺れが収まるのを待っていると、しばらく経ってようやく揺れは収まった。
「ヲチ、無事か?」
「うん。なんとか。そっちは?」
「俺も大した怪我はない。かなり危なかったけどな」
「とにかく、一旦村へ戻ろう。この状況は僕たちだけじゃどうにもならないよ」
ヲチが辺りを見回すとそこには無数の木々が無惨にへし折れ、蟲籠も中身が散らかり回収できる状態ではなかった。
「そうしたいのは山々なんだけどな……」
「どうかした?」
「悪い、帰り道……わかんなくなっちまった……」
「えええっ!?」
驚きながらも蟲籠がある地点まで上ったり下りたりの複雑な道のりを思い返すとこんな状況では無理もないとヲチは思い直した。
「うーん……困ったな」
「ああ……」
「誰かが来るのを待とうか?」
「言ったろ?好き好んでこの山に来るやつはいねえよ。仕事でここに来る奴らも今は龍奉儀の準備を手伝っててほとんどが手一杯だ」
「でも、ここにある蟲籠も奉納品なんだよね?だったら……」
「ああ、数日中には大勢人が入ってくるさ。でもそれは今日じゃない。早くても三日後ってとこだろうな」
「そうか……」
流石に三日も待ち続けるのは不可能だ。となると自力で帰るしかない。どうしたものかとヲチが頭を悩ませている時だった。
上空から妖しく青白く光る小さな何かがひらひらと舞い降りてくるのが二人の視界に入った。それはゆっくりと二人の前を通りすぎていく。
「これは……蝶だ。すごい……発光してる」
「驚いたな。こんな蝶がいるなんて」
二人は蝶の美しさに目を奪われ、ついそのあとを追うようにして歩いていく。まだ明るい日中でも認識できるほど強く時に眩く発光していたので蝶が高く飛んでいても見失うことなく追跡することができた。二人は好奇心に身を任せ地震で荒れた山中を奥へ奥へと入っていく。
どれほど歩いただろうか、日中にも関わらず気がつけば辺りは薄暗くなり、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「お、おいっ!ヲチ!これ見てくれよ!」
センはついはしゃぐような声を出してしまう。
それは木の幹についているカブトムシだが、山でよく見かける普通のカブトムシではなかった。
赤黒い体色に通常種よりもふた回りほど大きくセンが掴みとろうと引っ張っても、まるで外れる様子はない。
「セン!もしかしたら危険な種類かもしれないから不用意に近づかないほうがいいよ」
「お、おお……そうだな」
ヲチの警告にセンは慌てて手を離しヲチのあとを追う。
少しすると今度は先頭を歩くヲチが立ち止まる。
「セン!これ……」
「うおわっ!……でっけえ……」
二人の前に現れたのはセンやヲチの身長の倍ほどの大きさはある巨大な蜘蛛の巣だった。
「一体ここはなんなんだ……」
「わからない。どうしてこの山にだけこんな生態系が……」
二人は不穏な雰囲気をひしひしと感じながらも好奇心に呑まれ発光する蝶を追う。
その道すがら他にも木漏れ日に照らされギラギラと光る銀色の繭にギシャシャ、ギシャシャシャとまるで威嚇されてるのかと思うほどの圧を含んだ鳴き声を放つ鈴虫など、地元の人間であるセンにとっても各地を旅するヲチにとってもそれらは初めての強烈な出会いだった。
やがて木々が密集する薄暗い空間を抜け日が射し込む明るい場所に出ると二人の目の前には古びてぼろぼろになったこじんまりとした社が現れた。