紹介する自己がない者
「ところで……」
早速旅に行くのかと思ったのだが、フードの人はまだ何か言いたいことがある様子だ。
「どうしました?」
「昨日は眠くてスルーしてしまったんだけど、フードの人って私のことかい?」
「えぇ、まだ名前を聞いてませんから」
「そ、そう言えばまだ名乗っていなかったね……。これは失礼。私の名前は前原香奈。香奈って読んでくれたまえ」
「なるほど……。じゃあカナさんって呼ばせてもらいますね」
以外と普通の名前なんだな。まあ自己紹介もしてもらったし、僕の方もするのが礼儀だろう……。
「じゃあ次は僕の番ですね。僕の名前は……」
あれ?
いや、僕は馬鹿か?
なんで記憶喪失なのに、自己紹介とかしようとしてるんだよ。僕が自分のことを全く知らないのに、一体何を紹介するんだよ!
「あはは、すいません。今更ですけど僕、自分の名前知りませんでした……」
「うん、まあだろうね。私も、記憶喪失の君が何か紹介できるものでもあるのか? と思っていたところだよ」
「で、ですよね……」
恥ずかしい……。記憶を失う前の僕は、きっと頭の出来は良くなかったんだろうな……。
「ど、どうしましょう。名前がなかったら、カナさんが僕のことを呼ぶときに不便ですし……。どうせなら、カナさんが仮の名前をつけてくれませんか?」
僕は思いつきでそう提案するが、カナさんは。
「いや、その提案は賛成しかねるな。もしそのまま仮名が定着してしまったら、記憶が戻った際に正しい名前で呼ぶときに違和感を感じてしまうと思うんだよね。だから君のことはこれからも君と呼ばせてもらう。君の記憶が戻ったとき、改めて私に自己紹介をしてくれたまえ。そのときに私は、君のことを名前で呼ぶよ」
「そ、そうですか……」
めっちゃ色々と考えてくれていた。そんな真面目に言われたら、仮名を決めてくださいと言いづらい。
僕的には”君”呼びよりも、仮名でもちゃんとした名前で呼んでもらいたいんだけど……。
まあ、この人なりの僕に対する気遣いなのだろう。
「わかりました。名前もない僕ですが、これからよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
「うん、長い旅になると思うけどよろしく。じゃあいよいよ旅に出かけるとしよう」
「はい」
僕はカナさんに差し出された手を強く握る。