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徳川家康さんを人気者にしないと帰れません

作者: 水守中也

 元亀元年。

 近江の国、姉川のほとりにて、身分の高そうな武将が二人、そして肌の黒い若い十代半ばの少女、合わせて三人が、まだ戦が終わったばかりでざわめきが残る陣幕の中で顔を合わせていた。


「家康殿のおかげで助かったわ。しかし、浅井がここまでやるとはな」

「ええ。そこの者の申す通りでございましたね」

「えー。だからちゃんとノブちゃんに言ってたじゃん。けっこう苦戦するから、陣は何重にもしておくといいよー、って」

 ぶーっと頬を膨らませて、肌の黒い少女が、アラサーの男性二人に向けてあっけらかんと言った。

 それを聞いて、「ノブちゃん」が豪快に笑った。

「あはは。そうだ。確かにお主の言うとおりだった。その奇妙な出で立ち。『未来』から来たというのは、まことのようであるな」

 ノブちゃんはひとしきり笑うと、もう一人のやや小太りの男性に、くるりと向き直った。

「このたびの勝利は、家康殿の活躍があってのことだった」

「いえいえ。それがしの力など……」

「はっはっは。謙遜するではない。何か礼をしなければな。何がいい? 申してみよ」

「はっ。で、では……」

 ノブちゃんの言葉を受けた「家康殿」は、ずいっと身を寄せると、小声で、だがはっきりと伝えた。


「それがしにも、『未来』の何かをいただけませんでしょうか?」



  ☆☆☆



 2020年。静岡県浜松市。某月某日。

 自宅近くの高校に通う、平松茉莉花がいつものように浜名湖のほとりを自転車で走っていたときのことだった。

 彼女の進む先に、突然半透明の奇妙な物が何の前触れもなく、何もない空間から出現し、ぽーんと彼女の自転車の前に落ちたのだ。


「……なにこれ」

 茉莉花は自転車から降りると、アスファルトの上に転がっている半透明の丸い物体を手に取ってみた。

 なにやら機械のようにも見えるが、ぷにぷにとした感触はゴムボールなんかよりずっと柔らかくて、見たことのない物だった。

 こんなぷにぷにの機械なんてあっただろうか。もしかして宇宙人の技術? 

 などと茉莉花は冗談半分で考えてしまったが、後からすると、あながち間違ってはいなかった。宇宙人が未来人に変わっただけで。


 謎のゴムボール(風)を、手にして間もなく。

 それは茉莉花の手の中で淡く光り始めると、彼女の身体ごと、この時代から姿を消し去ったのだった。





「――あれ? ここはどこ」

 まぶしい光に一度閉じていた瞳を開けた茉莉花の眼前に広がっていたのは、のどかな農村風景であった。畑というか、野原が一面広がっていて、遠くに山が連なっているのが見える。

 浜名湖はそのまんまなんだけど、妙に周りが寂しくなった印象である。しいていうなら、時代劇に出てくるような農村って感じ……


 と思ってたら、それこそ茉莉花が時代劇でしか聞いたことの無いような、ぱからんぱからん、という馬が走るような音が彼女の耳に届く。

 そして音の方向に振り替えると、本当に馬が向かってきており、その馬の背には、武士のような人物が乗っていた。

 明らかに茉莉花を見つけた様子で、こっちに向かって馬を走らせてくる。


「えっ……えっと……」

 茉莉花はあたりを見まわした

 隠れように隠れる場所はない。馬から走って逃げられるほど、脚力もない。

 結局、戸惑って何もできないまま、武士の人が目の前まで迫ってきてしまった。

 こうなっては、もうどうしようもない。

 ならば無理して逃げようとするより、怪しまれないよう対応するほうが、まだマシだろう。

 そう頭を切り替えて、茉莉花は相手を観察する。

 馬に乗っていた武士のような人は、パッと目、気の良いお兄さんって感じだった。ちょっと小太りで童顔。お兄さんというより、おじさんの方が近いかもって感じの、アラサーの男性。

 とりあえず、いきなり刀で切られそうな雰囲気ではなさそうだ。

 だがどう説明すれば……

 と頭を悩ましている茉莉花を見て、おっさんは目を輝かして叫んだのだった。


「おぉぉっ! その奇妙な出で立ち。間違いない、未来人、キターっ」

「……は?」

 茉莉花がどうこうする前に、目の前ではしゃがれてしまった。

 ていうか、彼の口から未来人って言葉が出たということは、やっぱりここは武士がいるような過去の時代であり、相手は自分が未来から来たってことを知っているのだろうか。


 なんて感じでさらに混乱していると、またもや、ぱからんぱからん、という馬の走る音とともに今度は若い武士が現れた。


「おーい、殿。ここにいたのかよ。――ん、そこの奇妙ないでたちの女子が、殿が言ってた例の……」

「うむ。間違いないであろう」

「えっと。あの、すみません。今、『殿』って呼ばれてましたけど……?」

 ほかにいくらでも聞くことはある気がするが、茉莉花が最初に口にしたのはそんな言葉だった。

 その問いかけに、『殿』は特に大きな反応も見せず、さらりと天気の話題を口にするかのように答えた。

 

「おー、そうか。先に言っておかねば。わしは、徳川家康じゃ。未来から来たお主でも、知っているだろう」

「……は?」



  ☆☆☆



「……なるほどねぇ。タイムスリップなんて、そんなこと本当にあったんだ」

 あの後、近くにあるお城、浜松城に連れてこられた茉莉花は、徳川家康の口から直接、今回のいきさつについて説明を受けていた。

 こんな状況でも、転生創作物が溢れている時代に生きているだけあって、順応力は高いのである。二年前まで現役の中二だったし。


 で、おそらく本物の家康に聞いた話は、こうだ。


 この時間列の一年前、織田信長のもとに未来から来たという黒い肌をした謎の少女が姿を現した。

 彼女は事実その後起こる出来事を的中させ、また今まで見たことのないような摩訶不思議な道具を使って見せたという。そういうことができるというのは、茉莉花よりも後の未来の人だと思われる。

 何でも彼女は織田信長の大ファンで、本能寺の変で亡くなることになっている信長を助けたいためにやってきたとのこと。

 そんなことをしたら、歴史が変わっちゃうのでは、とこの手の話をよく目にしている茉莉花は思ったのだが、少々の改変ぐらいでは、歴史に大まかな流れは変わらないらしい。よく聞く「家からバスを使っても、電車を使っても、学校に着くという未来は変わらない」というやつだろう。

 もっとも、あまりに改変の影響が強すぎるとその先の歴史が大きく変わってしまうらしいけれど、その場合も時代の流れに、枝葉が一つ増えるだけで、改変前の時空列は、それはそれで残るようだ。

 信長さんは彼女の知識や未知のものを気に入って、これからまだ先の本能寺の変をどうするかはさておき、彼女を手元に置いているとのこと。


 そんな重要な出来事を、なぜ織田軍でもない家康が知っているかというと、戦国時代が終わって江戸時代になるという大まかな流れは確保するため、キーマンである家康には、未来人のことを打ち明けられたからだそうだ。


 それにしても、それなりに専門用語があって難しい話なのに、こうやって茉莉花に説明できるくらい理解している家康や信長ってすごいかも、と茉莉花は感心した。少なくとも茉莉花の母親はこんな話をされても理解なんてできないと思う。


「――で、私は450年後の未来人というくくりで、たまたま連れてこられてしまったわけね」

 茉莉花を呼び寄せたのは、家康が未来人の女性からもらったアイテムのによるものだった。何でも、設定された時代へと時を越え、その先の時代でたまたま近くにいた人物をこっちの時代へと連れてくるという仕組みらしい。

 茉莉花が浜名湖のほとりで見かけた謎の球体がそれだったのだ。

 ちなみに、なぜ450年後に設定されたのかというと、「死後し・ご」の時代という、家康の洒落とのこと。はた迷惑な話である。


「それで、私は何をすればいいわけ?」

 問題はそこである。なんの目的もなく未来人を呼び寄せたりはしないだろう。家康は茉莉花に何を求めているのか。

 茉莉花には、過去転移系で無双できるほどの農業や調理の知識はない。多少歴女が入っているとはいえ、歴史イベントをすべて網羅しているわけでもない。

 そもそも大きく改変してしまっては、その時点で茉莉花が今まで得ている知識での歴史が変わっているため、役に立たないし。

 

「うむ。まずはこれを見てほしい」

 家康はそう言うと、懐から巻物を取り出して広げた。

 それは普通の紙の巻物ではなく、タブレットのような電子機器だった。これも例の未来人が持っていたものだろう。

「てか、この時代に電波は入ってるの?」

「なんでも、特定の時代に固定すれば、つながるようじゃ。ただ一部制限がかかって見られないものもあるらしいが」

「はぁ……なるほど。それが2020年ってわけね。あ、私のスマホも普通に電波つながってるし。これの影響かな?」

 なんて確認しているうちに、家康さんは器用にタブレットを操作して、とある画面を映し出した。


「これこれ、これを見てみい!」

「あ、これって、戦国武将の人気ランキングじゃん」

 最近は戦国時代ブームで、こういうランキングもちょくちょくテレビで見かける。ちなみに、2020年のサイトなので、書かれている文字はこの時代の古文書のようなくねくね文字ではなく、茉莉花からしたら一般的な文字だけれど、家康も勉強したのか、読みとれているようだ。

 そのランキングは、以下の通りだった。

 

 1位 織田信長

 2位 上杉謙信

 3位 伊達正宗

 4位 真田幸村

 5位 徳川家康

 6位 豊臣秀吉

 7位 武田信玄

 8位 黒田官兵衛

 9位 明智光秀

 10位 石田三成


「へぇー。家康さん、五位じゃん」

「そうか? 史実だと、このあと儂は後天下とって幕府を開くのだろう。その割には、ランキング低すぎじゃないか?」

 意外と細かいところを気にする人のようだ。

「んー。なるほどねー。でもこんなもんじゃない?」

 歴史はかじった程度だけど、納得のランキングである。

 フリー素材って言われるくらい織田信長の人気は圧倒的だし、伊達と真田は青と赤のゲームのせいだろうし。上杉謙信は女の子だからかな?

 その下の五位なら、まぁ健闘したといえるだろう。


「だが、これはどうだ?」

 次に見せられたのは、「信長の○○」といシミュレーションゲームでお馴染みの光栄という会社が統計をした、都道府県・地域別での戦国武将の人気投票だ。

 えーと。


「……あれ? 家康さんの名前、どこにも入っていない?」

「そうだろ、そうだろ。いくらなんでも、これって、無くない? 信長様これを見せられて、笑われてしまったのだ」

「あはは、確かに」

 あの信長なら、このランキングを家康に見せて笑い物にするくらいはやりそうなイメージだ。

 そんな笑い転げる茉莉花の元に、家康がずいっと丸い顔を迫らせる。

「というわけで、このランキングを作った時代の人間であるお主に来てもらったのだ」

「え、それって……」

「お主の知恵で、儂を450年後の世界で人気者にしてもらう!」

「えーっ?」


 こうして茉莉花は「家康さんを人気者にするまでは帰れません」状態になってしまったのであった。




  ☆☆☆




「では早速、第一回徳川家康を後世に人気者にしよう会議を始める」

「わー、ぱちぱち」

 家康の宣言に、茉莉花が適当に拍手する。

 茉莉花もそうだが、意外と家康もノリの良いおっさんのようだ。

 浜松城の一室には、茉莉花・家康の他には、先ほど後から馬でやってきた若いお侍さんだ。名前は本多忠勝。何をした人かは知らないけれど、名前だけは茉莉花も何となく聞いたことがあった。

 会議なのに三人だけなのはどうかと思うけど、家康の未来のことやそもそも茉莉花の存在自体が機密事項なので仕方ない。そのわりには、ここに来るまでの間、家臣の人に姿をけっこう見られたけど。


 それはさておき。

 まずはさっそく、家康が話を進める。

「このランキングというのは、ようは票の取り合いであろう。ならば信玄公あたりの票を奪い取るのはどうだ? そうすれば、自然とわしにも票が集まるだろう」

「わぁぁ。さすが家康さん。姑息っ、狸っぽい!」

「はっはっは。それほどでも」

「てゆーか、そのイメージが原因なんじゃねーか?」

 茉莉花と家康のノリに、忠勝がつっこみを入れる。

 ごもっともで。狸、可愛いんだけどなぁ。


「でもどうして、武田さんなの? 票を奪い取るのなら、ランキングが上の人の方がいいんじゃないの?」

 茉莉花の問いかけに、家康はうなずいて答える。

「織田信長さまは上位なのが当然であろう。上杉謙信とは直接やりとりしておらぬ。この真田も伊達というものは、名も聞いたことがない」

「あ、そっか。時代が違うんだっけ」

 赤と青の二人が出てくるときには、確か家康はおじいちゃんキャラだったはず。まだ家康がアラサーなら、まだ生まれていないかもしれない。彼らが人気を獲得するため活躍するのは、まだ先の話なのだ。

 そういうわけで、その下の武田信玄が選ばれたというわけらしい。


「では早速、茉莉花に聞くが、そもそも、なぜ武田信玄は後世において人気なのだ?」

「んー、人気、ねぇ。どうなのかなー。武田さんって聞いてぱっと思いつくとしたら……やっぱ、風林火山のインパクトかなぁ?」

 茉莉花はそれなりに歴史をかじった程度の知識があるが、日本史にほとんど興味のない友達でも、風林火山と言えば「あ、どっかで聞いたことある」くらいの知名度は、令和の時代でも健在である。

「うむ。なるほどなぁ。確かにあれは格好良いからのー」

「あ、そっか。家康さんはあれを生で見てるんだ」

 いまさらだけど、ここが戦国時代だと言うことを思い知らされた茉莉花である。

「では、我が徳川軍も、風林火山よりイケてる言葉を作ればよいのだな」

「うん。いいんじゃないかな」

「よし。では忠勝、どうじゃ?」

「へっ? いきなり俺に振る? 自慢じゃねーが、俺は戦働き以外はさっぱりっすよ」

「本当に自慢じゃない」

「では、茉莉花は?」

「えー。今度は私? この時代っぽい言葉、よく知らないよー」

 会議というわりに、役に立たない面子である。

 とそんな中。

「ならば拙者が――」

 不意に何の前触れもなく、黒い服を服を着た人が姿を見せた。

「闇のように潜み、闇のように火を放ち、闇のように諜報し、闇のように暗殺する……名付けて、闇の――」

「没じゃな」

「ですよねー」

 あっさり却下した家康の判断に、茉莉花も納得でうなずいた。

 黒い人ががっくりとうなだれる。

「うぐぐ」

「てか、この人、誰なの?」

「あー、こいつは伊賀の忍び、服部半蔵」

「あー、この人が」

 茉莉花でも聞いたことのある、忍者の代表格だ。

「それでは。御免」

 半蔵はそういって消えてしまった。

 どこかで見ているんだろうか。それはそれでやだなぁ。


「そういえば、忠勝さんじゃない方の本多さんっていなかったっけ。えーと、そうだ。正信さん」

 茉莉花が頭の中からひねりだした。

 後世の創作では必ずと言うほど、家康とセットになる人物だ。

「あー。正信にも相談したんだが、後世で自分も不人気だったことが分かってすっかりいじけてしまってな。『私のような不人気者が助言をしたところで、どうせ効果がないでしょう』と」

「うわー。面倒くさい」

 そういうイジイジした感じが、不人気の原因じゃないのか。

「まったくだ。世の中、もっと単純でいけばいいのさ」

 忠勝は逆に単純すぎなような気がするけど。

「えーと。他にはいないの?」

「はっはっは。どれもこれも、似たような奴ばかりよ」

 豪快に笑う家康も、じゅうぶん脳筋っぽい。

 これが噂の、三河武士というやつなのだろう。


 周りが役にたたなそうなので、茉莉花は携帯で検索してみる。

 そこは現役女子高生。戦国武将よりはスマホの検索のやり方は上手い。

 家康のタブレットは、人気投票の一部のみアクセス可能で、他は制限がかかっているみたい(家康が色々知りすぎて時空列に悪影響を与えないためだろう)だけれど、茉莉花のスマホは現代と同様にアクセスできる感じなので、武田信玄の人気を探ってみた。

 すると、興味深い話が見つかった。


「あーなるほど」

「なんじゃ?」

「武田信玄さんの人気って、どうやら家康さんに原因があるっぽいよ」

「どういうことだ?」

「んーとね……」

 茉莉花が、画面を見ながら、説明する。


 家康と信玄の間では何度か戦いがあって、基本的には家康が信玄にボコられているのだ。結果的に信玄が寿命で死んじゃって、家康は棚ぼた的に助かったみたい。

 そんな家康はやがて江戸幕府を開くほど偉くなるわけだけれど、若い頃信玄にボコられた、昔の事実は変えられない。

 そこで取った家康の戦略は――?


 相手を下げられないのなら、むしろあげてしまえ作戦である。

 あの家康様に勝ったのだから、信玄も神レベルだったのだ。だから負けても仕方ないし。でも良い勝負をしたようじゃ、やっぱ家康様もスゴかったのじゃ! となる寸法。

 逆転の発想だ。ちょっとせこい感じが、狸っぽいし。

 だがその宣伝の結果。神レベルに昇格した信玄は江戸時代から人気者になってしまい、後年の人気ランキングで家康を苦しめることになるのだった……


「なるほど。では家訓を残して、それはしないように、と残しておこう」

「いやいや。そんな面倒なことしなくてさ。勝てばいいじゃん、勝てば、さ」

 忠勝が単純思考で言った。

「えー、そうやって徳川と武田がぶつかった戦いがあってね……」

 茉莉花がネット情報を参考に説明したのは、三方ヶ原の戦い(みかたがはらのたたかい)である。

 今から三年後。信玄の挑発に乗った家康は、待ちかまえていた武田軍にぼろぼろに負けるのだ。

「ちなみに、その戦いで家康さんは、うんこを漏らすほどの逃げっぷりを披露するみたいです」

「なっ――」

「あはは。大将、そりゃ情けねーな」

 忠勝さんが遠慮なく豪快に笑う。天井裏からも「ぷー、くすくす」という声が漏れていた。

 半蔵さん、そんなんで忍者がつとまるんか。

 家康はそれこそ、例の有名な絵のようにしかめっ面をして、呟いた。

「むぅ。そこまで言うのなら、正面からぶつかるのはよした方がいいか。だが武田との戦いを避けるには、どうすれば? 信長様の手前、武田と手を結ぶわけにもいかぬし」

「甲斐の虎に対抗するには、やはり越後の龍、上杉謙信でしょう」

 そう言って出てきたのは、ひょろりとした感じの男性。

 おそらくもう一人の本多さんこと、正信だろう。それっぽい雰囲気だし。家康が若いように、こちらも老人ではなく、アラサーの男性だ。

 人気アップ作戦はともかく、こういう戦略話なら話せるみたい。

「なるほど。だが上杉を動かせるか?」

「そこは色々と」

「えーと。謙信さん、お酒が好きらしいよ」

「よし。手紙を書くぞ。酒を送るぞ。あの手この手を使って、謙信どのに、武田の相手をしてもらうのじゃ」

「おーっ」

 家康が立ち上がって、そう宣言した。



 家康があれこれしている間、茉莉花は別室待機となった。

 暇なので試しに友達にLINEしてみたら普通にやりとりできてしまった。さすがに過去にいることは黙っておいたけど。あと通話も怖いのでやめておいた。

 その間に、家康は早速いろいろと手を打ったようで、さっき参考にした戦国史のサイトを見てみると、微妙に歴史は変わっていて、三方原の戦いの存在はなくなっていた。

 戦略が効を奏したようで、上杉謙信が幾度と無く武田信玄を攻めてきたので、浜松のほうに兵を向ける余裕はなくなったみたい。

 これで武田さんの人気は陰るって思ったけれど。……あれ?


「えーと。家康さん、ちょっといい?」

「む、どうした?」

「なんか、むしろ武田さんがランキングを上げているんだけど」

「な、なぜじゃーぁ!」

「えーと。武田信玄の魅力……っと。川中島合戦のことがよく書かれているけど……あ、そっか。上杉さんが攻め込むことが増えたから、川中島の戦いも前の歴史より回数が増えちゃって、名勝負も増えちゃったんだ」

 やっぱり盛り上がると言ったら、ライバル対決。

 そもそも、真田幸村と伊達政宗って、某ゲームの赤と青としてライバルとして人気になったわけだし。

 元々順位の高かった上杉謙信とライバル関係が強化されちゃった武田信玄が、より人気になるのも当然の結果だ。


「むむ。好敵手か……。なら、わしは」

「そうですねー。殿が天下を取るというのであれば、やはり織田信長公になるのでは?」

「なるほど! 確かにその通りじゃ」

 正信の言葉に、家康がうなずいた。

「……とはいえ、正面から向き合うのはちょっと怖いしきつそうだから、あくまでこっそりと戦いたいところだが」

「そうですね。いっそのこと、別の人間に罪を着せたほうがいいかもしれませんな」

「うむ。そうだなぁ」

「今すぐだと、混乱もありますし、もうしばらくしてからの方が……」

 家康と正信が額をあわせるようにして、なにやら悪巧みをしていく。


 そんなやりとりを茉莉花は蚊帳の外で見ていると、不意にその身体が淡い光で包まれてきた。


「えっ、な、なに、これ?」

「おお。忘れておった。信長公の娘が言うには、こちらに呼べる時間には制限があって、それを越えると元の時代に戻るそうだ」

「あ、そうなんだ。それ、先に言って欲しかったけどなー」

 軽く説明する家康の言葉に、茉莉花は小さくため息をついた。

 そういう設定なら、時間が経てば無条件で戻れるんだし、積極的に歴史に介入する必要もなかったんだけど。

 もしかすると、それを踏まえて、あえて言わなかったのかもしれないけど。狸だけに。

「ただし、一度呼んだ者は自動的に登録されるから、またしばらくすれば、呼びたいときに呼べるそうだ」

「……あ、そうなの」

 何となくまたこっちに呼ばれる未来が思い浮かんで、茉莉花はがっくりと肩を落とした。

 そしてそのまま、家康たちと特に別れの挨拶をする間もなく、茉莉花の周りが真っ白に包まれる。


 ――次の瞬間には、茉莉花は見慣れた通学路に戻っていた。



  ☆☆☆



 茉莉花が時計を見ると、過去に飛ばされた時刻から向こうに行っていた時間分、ちょうど時間が進んでいる感じだった。

「元の時間に戻るわけじゃないんだ」

 ということは、向こうに行っている間、こっちでは神隠し状態だったのだろうか。LINEは通じていたから、ちょっとした旅行みたいなものかもしれない。

「まぁ、元の時間に戻ったら、向こうに行っている時間分、私だけみんなより年を取ることになるかもしれないから、むしろラッキーかな」

 茉莉花はお気楽に笑うと、文明の利器である自転車に乗って、自宅へと向かうのであった。



 家に帰った後、茉莉花はパソコンや教科書などで、戦国史をざっとおさらいしてみた。

 特にどこがどう変わったわけでもないようだった。

 普通に明智光秀が本能寺の変を起こして、信長が死んで、家康が江戸幕府を開いて。

 ただ例のランキングを見ると、明智光秀の人気が前より上がっていた。


 真相は分からないけれど、もしかすると家康が、大々的に明智光秀を本能寺の変の首謀者として語り伝えちゃったからだろうか。

 結果的に、光秀が人気者の織田信長のライバル関係になって人気をあげただけで、こっそりやった家康は何の特もしなかったみたいで。


 ただ「本能寺の黒幕は徳川家康?」みたいな本が数冊出版されているだけの後世になっていた。


 ま、いっか。




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