シルフィード
森へと足を踏み入れて数分が経っただろうか。
木で作られたであろう防壁がそびえ立っており、間にある木の門が目に入る。
門の前には見張りであろうエルフの女性二人が立っている。
浩平達は門の様子を木陰に隠れながら確認しており、見張りの存在を確認すると、再び木陰へと身を隠す。
「さてと、目的地には着いたわけだが……ふむ、遠目だと女性のエルフが見張っていると言う感じにしか見えねぇが。本当に男は入れなかったのか?」
「それは確かだ。ワシは追い返されたんだからな」
確認のために尋ねると、ガルディは肯定する様に頷く。
ガルディを疑っているわけではないが、パッと見た感じだと、女性エルフが普通に門番をしている様にしか見えないのだ。
浩平は手足を軽く動かした後、ストレッチを開始する。
アリス達は突然準備運動を開始した浩平に首を傾げる。
「あの、浩平さん。一体何を」
「ん? 軽く潜入でもしてこようかなってな。スニーキングミッションだぜ」
浩平は軽く笑ってみせると、木を見上げ、何かを確認する。
「この木、高そうだし、ちょうどいいな」
「いや、ですから一体何を」
「だから、単独潜入だっての。お前らはここで待ってろ。グレイ、皆をよろしくな」
「ガウッ」
小さく吠えて見せたグレイを見て、浩平はよし、と頷いたと同時に跳躍する。
空に吸い込まれるのではないかというくらい高いジャンプ力で、軽々と木の頭まで来て、その上に足を乗せ、片足立ちをする。
一方アリス達の方では、浩平の跳躍に驚きを隠せないでいるガルディがいた。
「た、たった一回のジャンプで五、六メートルはあろうかという木のてっぺんまで行きおった……! 思えば、浩平君の種族を聞いてなかったのだが、何か凄い種族なのか? 見たことない姿だったが」
ガルディは浩平がどういう種族だったのかを聞いてなかったことを思い出し、アリス達に尋ねる。
問いかけにアリスは微笑んで、頷いてみせる。
「ハイ、とても凄い種族だと思われます。本人は凄くないと謙遜していますが、『人間』という種族だそうです。何でも、異世界の神によって、この地に訪れた種族みたいで」
「異世界の神に? ということは浩平君は異世界からやってきた、神の使徒ということか?」
「いえ、そこはわかりませんが、浩平さんは送り込まれた、とだけ言っていました。数十人という人達と一緒にとのことです」
「あんなの数十人も……」
『人間』という種族が勘違いされているとは露知らず、浩平は何とか見える街並みを眺めてから、軽く息を吐く。
領主がいるとのことだから、少し大きめの街ではあるが、探すのに苦労することはないだろう。
森に隠れる様にある街なのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
後は男禁制なら、バレずに入ってしまえいいわけだ。
入った後は中がどうなっているのかの情報収集とアリスの仲間である、『忌み子』のエルフの救出。
そこまで考えて、浩平はあることに気付く。
「ヤベェな……。アリスに仲間の特徴を聞くの忘れてた。まぁ、同じ様に『忌み子』なんて呼ばれていたのなら……アリスみたいに耳が楕円みたいな形なんだろうな」
それだけ呟いてみせると、浩平は下にいる門番へと目を移す。
今から向こうの家の屋根に飛び移るつもりなのだが、その際にバレないのかの確認だ。
今のところ、こちらが行動を起こしても気付く気配はなさそうだ。
浩平はそれだけ確認すると、足に力を入れて跳躍。
そのまま木の防壁を飛び越え、家の屋根へと飛び移る。
着地する際に音が鳴ってしまうので、着地と同時に音を出さぬように走り出し、屋根から屋根へと飛び移って移動する。
ちょっとしてから、家主であろう人が何事かと確認しに来るも、そこには既に浩平の姿はない。
屋根を飛び移っていく浩平の姿に一瞬反応する者もいたが、姿が見えないために気のせいかと考える。
浩平はそれほど素早く走り回り、次々と飛び移っているのだ。
その間に街を見ているのだが、やはりと言うべきなのだろうか。
(男禁制っていうのはホントっぽいな。さっきから歩いているのが女ばっかりだ)
ある程度確認もできたところで、浩平は人気がない路地裏へと素早く降り立つ。
そのまま身を隠してから、ある程度走り回ったことで覚えた道を頭の中で地図として作り上げていく。
まだ見てないところもあるから、どうなっているかはわからないが、大体道の予想はつく。
後はどうやって偵察を行うかだが……。
そう考えているとガサガサと何かを漁る音が聞こえてくる。
まずいと思った浩平は素早く背後へと振り返ると、そこには捨てられたであろうごみを漁る少女の姿。
顔はごみ入れに頭を突っ込んでいるために確認できないが、背丈は見る限り、中学生くらいだろうかと浩平は考えるが、そんな身長とは別に気になるものが目に入る。
それは主張するかの様にある大きめの胸だ。
ロリ巨乳なんて言葉があったが、こういうのを言うんじゃないだろうかと浩平は一瞬考えてしまう。
そして、ごみを漁るのをやめたのか、ごみ入れから抜け出たことで露わになる顔。
「……銀髪赤目のエルフ?」
そう、露わになったのは肩で切り揃えられている綺麗な銀髪に、浩平と同じ様に血の様に紅い、真紅の瞳を持つエルフの少女。
さっきまで街にいるエルフたちを見ていたが、銀髪の者など見たことがない。
それも体系もだ。
アリスもそうだが、エルフたちはスレンダーな体系をしており、巨乳なエルフは一人も見かけなかった。
邪な感情があって、そんなことを考えているのではなく、今まで見ていたエルフとは違う特徴をしているために、不思議に思っているのだ。
そうやって考えている内に、浩平と少女の目が合う。
「……どうも」
浩平はやばいと思いながらも、苦笑を浮かべながら挨拶する。
すると、エルフの少女は驚いた様に動揺し始め、逃げようとしたのだろうか。
走り出そうとした瞬間、ごみを漁っている間に落ちたのだろうごみを踏んづけて盛大に転ぶ。
それも勢いよく顔面から地面にダイブする形でだ。
浩平もその一連を見て、少し黙り込んでしまうが、エルフの少女はゆっくりと起き上がると、泣きそうになっているのか、肩が揺れている。
仕方ないな、と呟くとエルフの少女に近づき、前へとしゃがみ込む。
額を擦り剝いていて、血が出てきているのが見てとれる。
浩平は怪我を確認すると、ポケットから少し大きめの絆創膏と消毒液、ポケットティッシュを取り出し、エルフの少女に近づく。
「今、治療してやるから、少しジッとしてろよ」
「え?」
浩平のその一言に驚いた様に反応するエルフの少女。
何に驚いているのか、浩平は不思議に思いながらも、エルフの少女の怪我へと視線を移す。
消毒液を染み込ませたティッシュで、まずは傷口を消毒し始める。
その時、傷に染みたのだろう、ピクッと肩を震わせて反応する。
「ちょっとは我慢しろよ。今、消毒してんだからよ」
「……」
エルフの少女はそういわれて、少し涙目になりながらも我慢する。
消毒を終えた浩平はそのまま額に絆創膏を張ってあげる。
治療を終えた浩平は少し屈んで、少女と同じ目線になる様にしてあげてから、笑みを浮かべる。
「これで終わりだ。後は自然と治るのを待ってだな「あの」ん?」
絆創膏を剥がす様に、という前に少女の声に遮られ、反応する。
少女は恥ずかしそうに胸の前で手をモジモジとさせて、頬を紅潮させており、瞳はどこか不安そうに揺れ動いている。
そんな少女の行動に浩平は不思議そうに首を傾げるが、それと同時に言わないといけないことがあるのを思い出す。
そう、それは男である自分がここにいることを秘密にしてもらうことだ。
「あの!」
浩平が声をかけるよりも先に、少女が声を上げて反応する。
その声は大きく、大通りであろう道を歩いている人も反応しているのが目に見える。
やばいと思った浩平はフードマントで体と顔を隠し、男であることをわかりにくくする。
その行動に少女が不思議に思っている時だ。
「あら? 『忌み子』がこんなとこで何をしているのかしら?」
「ッ!」
少女はは背後よりかけられた声に反応して振り返る。
そこにいたのはアリスとは違い、立派に尖った耳―――エルフ耳を持つ女性たちが二人いた。
少女は息をのむかの様に反応し、目を下へと向けてしまう。
エルフの女性たちは少女から臭う、ごみの様なニオイに反応する。
「あら、ゴメンなさい! 食べ物を探してごみを漁っていたのねぇ!」
「ッ!」
「そういうこと言ってあげたら可哀そうよ、ラナ。だって、この子は今まで『耳の忌み子』に大事にされていた子だもの。あの子がいなければ、何もできない子なのよ。」
「あぁ、そうだったわね。ホント『忌み子』って、なんで存在するのかしらね!」
『アハハハハハハ!』
「うぅ……」
バカにした様な、蔑むような言い方に少女はたじろぐ。
差別するだけでなく、こうやってイジメの対象にもなっているのか、と浩平は理解すると同時にこの子が『忌み子』というのはどういうことだろうかと疑問を抱く。
そんな考え事をしていると、エルフの女性二人はフードマンで身を隠している浩平に気付く。
「あら、気付かなくてゴメンなさい。旅の方かしら?」
話しかけられて、浩平はどうするか焦る……ということはなく、喉に手を当て、何かを確かめる様にしてから、微笑む。
「えぇ、先ほどこの町に着きましたの。初めて来たものですから、道に迷ってしまいまして、困り果てていたところ、彼女が声をかけてくださったのです」
浩平から出てきたのは男の声……ではなく、女の声だと言われても疑いようがない少し高めの声。
それにより、体格や顔は見えなくても、エルフの女性二人はフードマントの人物が女性であると判断する。
少女からすれば、男の人が女の人の様な声を出していることに驚きを隠せないでいる。
浩平は近づくと、マントの中から出した手で少女を引き寄せる。
「道案内もこの子で間に合ってますので、私はこれで」
「お待ちなさい」
少女を連れて去ろうすると、女性が声をかけて止める。
浩平はバレたか? と思いながらも、振り返る。
「何でしょうか?」
「旅のお方、その子は『忌み子』でしてよ? そんな子を案内にしていたら、貴方が呪われてしまうわ」
「へぇ、『忌み子』ですか。すみませんが、私が知るエルフの『忌み子』というのは耳の形が少々丸い、楕円型になっている子を言うと言うくらいしか知らないのですが」
「まぁ、そいつの様な『忌み子』が生まれることは滅多にないもの。私達とその子で違うところがあるでしょ?」
そういわれて、先ほどまで思っていた違いを思い出す。
「貴方方が金髪碧眼で、細身な体系に対して、この子は銀髪赤眼で、肉付きが良いことでしょうか?」
「そうよ。普通、エルフは金髪碧眼で、細身な体系なの。だけど、この子はどうかしら? ダークエルフに似た特徴を持っているのよ? 銀髪赤眼、肉付きの良い体……普通、エルフから生まれるなんてありえないのよ」
「なるほど」
ラナと呼ばれていた女性は蔑むような視線で少女を見る。
浩平はそれに頷いて答えてみせ、少女はボロボロな自分の服の裾を握りしめ、プルプルと震える。
あの時怪我を診てくれたのは自分が『忌み子』だからと知らなかったからだ。
知られてしまった今、きっと接し方が酷いものに変わるに決まっている。
暴力を振るわれるかもしれない、罵倒を浴びせられるかもしれない。
姉の様に慕っていた、同じ『忌み子』のエルフがいなくなってから、こんなことばかり。
もう嫌だ……誰か助けてほしい。
そんな悲しみで泣き出しそうになっていた時、誰かが少女の頭に優しく手を乗せる。
少女はえ? と驚いた様に反応すると、浩平が少女の頭を優しく撫でているのだ。
「そうだとしても、私は大丈夫です。なに、旅をしているのですから、不幸みたいなことに見舞われるのは慣れています」
「ッ! で、ですが、『忌み子』なんかと一緒にいては、街にいる人誰もが無視をしますよ?」
「……そうですか。なら、話しかけられている今、一つ聞きたいのですが、新しい領主様とはどんな方なのでしょうか?」
そんなものは知ったことかと無視をする浩平。
それにこの子が『忌み子』というのなら、アリスの仲間で間違いない。
後はさり気なく保護する形で街から連れ出せればいいのだが、その前にこの街の調査だ。
領主が変わったと言っているのだから、この街のエルフたちがそれを知らないわけがない。
なら、逃げられる前に聞きだすだけだ。
「りょ、領主様ですか? えぇ……その、詳しくは知らないのですが、女性にはとてもお優しい方だと伺ってるわ」
「へぇ、そうですか。では、何故男禁制となったのかは知っていますか? そして、その男たちはどこへ行ったのかも」
「知らないわ。ただ……噂では大の男嫌いだからという噂で。街にいた男たちは領主様がおられる館に連れていかれたわ」
「帰ってきた者は?」
「いないわ」
おおよその予想はつくな、と考える浩平。
男禁制にして、街にいたエルフの男たちは領主のいる館に連れていかれた。
大方、労働力として連れていかれたに違いない。
だが、男が嫌いだからと言って、街にわざわざ男禁制にする必要があるだろうか?
ただの考えなしのバカなのか、それか目的があってなのか。
今ここで考えてもわからないか、と浩平は考えると、もう一つ聞きたいことを口にする。
「なら、後二つ聞きたいの。ここに見たことない容姿をした女の子が来なかった? 種族上、見たことがないと言う感じのと、後はドワーフの女の子」
「種族上見たことない……? あぁ、そういえば、領主様が変わる前に警備隊が怪しい人物を捕らえたとか言ってたわ。何でも、見たことない種族で、白髪蒼眼の少女だとか。後、ドワーフの女の子なら、領主様の元に呼び出されたとか」
それを聞いて、浩平はフードの中へ目を見開き、笑みを浮かべる。
―――見つけたぜ、麻耶。
ガルディの娘の居場所も聞けたのだから上々だろう。
聞けることを聞けた浩平は少女の腕を引っ張り歩き出す。
少女は引っ張られたことによって、歩き出して、ラナとそのツレへと視線を向ける。
「それではお世話になりました。私、後はこの子に用があるので行きますね」
それだけ言い残し、その場から姿を消す。
恐らく自分がいなくなった後、陰口を言うんだろうな、なんて思いながら歩いているとだ。
「あの!」
「ん?」
浩平は声を元に戻し、声をあげた少女に反応する。
少女は何か期待しているかの様な眼差しで浩平を見ており、指をまた胸の前でモジモジさせている。
だが、先ほどとは違い、すぐに言葉を出してくる。
「どうして、私を助けてくれたんですか? 私、あの人達が言っていた通り、『忌み子』なのに……。助けてもいいことなんて……あ」
そこまで言って、少女は何かに気付いた様に反応し、自分の体を抱く様にして浩平を見てくる。
そのせいで、大きな胸が強調されて、浩平は少し視線に困ると言う感じで目を泳がせる。
「もしかして……私の体が目的、ですか? 聞いたことがあります。エルフの男と違って、他の種族の男はそういうのに興味津々で、私の様な体系を好む者もいるって……。『忌み子』ですから、乱暴しても誰も何も言いませんもんね。だから、私を助けて」
「いや、違うから」
中学生くらいかとは思っていたが、やはりエルフというべきか。
恐らく、自分よりも生きているのかもしれないと思いながらも、否定する。
自分が考えていたことを否定されてか、少女は小首を傾げる。
「なら、どうして私を……?」
「約束しちまったからだよ。お前を助け出すって……。その、お前の姉ちゃん? からな」
「え……?」
それを聞いて、少女は目を見開く。
お前の姉ちゃんから、とこの人は言ったのだ。
もしかして、もしかしなくても……迎えに来てくれている?
「そ、その……もしかして、お、お義姉ちゃんを知っているんですか?」
「おう、ここから奴隷として売り飛ばされたっていうエルフなんだが……。耳がこう、普通のエルフとは違う」
「お義姉ちゃんだ! ホントにお義姉ちゃんが……!」
述べられた特徴で確信を得たのか、少女は嬉しそうに、涙を流しながら反応する。
迎えに来てくれた。
奴隷として売られてしまったハズの、姉として慕っていたあの人が迎えに。
少女は嬉しさで感極まっていると、すぐにとあることに気付く。
「あ、あの! お義姉ちゃんは一体どこにいるんでしょうか!?」
「落ち着け、声を上げるな。今からそこに連れて行こうとしてるんだから、少し落ち着け。な?」
「ハイ!」
余程アリスに会えるのが嬉しいのだろう、少女は満面の笑みを浮かべる。
そんな少女の笑顔を見て、浩平は自然と笑みを浮かべると、少女の手を握る。
「そんじゃ、行くか。お前のお義姉ちゃんの元に」
「うん!」
そういって、歩き出そうとした時だ。
「そういうわけにはいきませんな?」
「ん?」
後ろから聞こえてきた声に反応して振り返ると、そこにいたのは一人の男。
いかにも好青年、という感じの男なのだが……浩平は別のことに反応する。
それは彼が自分と同じ『人間』だと言うことに。
「アンタ……まさか、人間か?」
「おや、そういう貴方も……。なるほど、同じ様に送られてきた人の一人ですね? いやぁ、ここで同族に出会えるとは嬉しいですね」
「そうか。俺も会えて嬉しい……って言いたいとこだが、これはどういう状況だ?」
「どういう状況だ、と言いますと?」
何を言っているのかわからないと言う感じに首を傾げる青年に対し、浩平は鼻で笑ってみせる。
「ハッ、下手な芝居はやめろよ。俺たちを取り囲むようにしているくせによ」
「おやおや、バレていましたか」
青年が片手を挙げると、建物の屋根や角から弓を構えたエルフたちが姿を現したのだ。
これだけで理解する……こいつが新しい領主なのだと。
相手は数えただけでも十五ほどいるのではないだろうか。
それにやっぱりかというべきか、こちらも女性ばかりなのだ。
「兵まで女性って……。どんだけ女性が好きなんだよ」
「男は誰だって、女性が好きなものでしょう? それに異世界に来たからには、ある野望を抱いたっておかしくはない」
「ある野望……ねぇ。とりあえず、理由は聞かないでおくわ。大体予想つくから。それで俺が取り囲まれるのはなんでだ?」
「それはもちろん決まっているでしょう? 男禁制にしたハズなのに男が侵入している。あまつさえ、私の街の住人を誘拐しようとしている。捕らえるのには十分すぎるくらいの理由だと思うのですが?」
「そこは同族の好ということで見逃してくんねぇかなぁ?」
「そういうわけにはいきません。後、貴方が何の力を貰ったのかわからないので、先手は打たせてもらいます」
「は? 俺は何も……ッ!?」
そこまで言った瞬間、浩平は自分の視界がぐにゃり、と歪み始めたのに驚き、額に手を当ててふらつきだす。
―――頭が痛い、意識が遠のいていく。
浩平は気分悪さを覚えながら、膝をつくと、朦朧とする意識で青年を睨みつける。
「クソ……タレ……!」
そのまま倒れてしまい、少女は急いで倒れた浩平に近づき、体を揺する。
「お兄さん! しっかりして、お兄さん!」
泣き出しそうになっている少女に青年は近づき、片膝をつくと、少女の顎に手を当て、自分の方へと顔を向けさせる。
「心配ないですよ、お嬢さん。この人は少し眠ってもらっているだけですから。オイ、その男を連れていけ」
『ハッ!』
部下の数人が首を垂れて声を上げると、浩平の元へと数人が降り立ち、運び出していく。
少女は浩平が連れていかれるのに反応する。
「お兄さん!」
「おっと、君は僕と一緒に来ていただきましょうか? ねぇ?」
ロキから貰った力を使っているのだろうか、青年は少女の顔を再びこちらへと向けると、微笑んで見せる。
だが、少女は涙目になりながらも、青年を睨みつける。
「嫌です! お兄さんは私に用があっただけなのに、男で入ってきただけで逮捕するなんて! そもそも男禁制だなんて、おかしいです!」
「……! 俺の力が効かない?」
少女に自分の力が効いてないのに驚く青年。
何故効かないのか、不思議に思いながらも、別の方法で連れて行けばいいだけだ。
「安心してください。彼は私の同族。悪い様にはしません。それに貴方が来てくれれば、もしかしたら彼を釈放することができるかもしれません」
「え? ほ、ホントですか!?」
「ハイ。そのために僕と一緒に来てほしいと言ったのですが……ダメ、でしょうか?」
「そ、そういうことなら」
「よかった。それでは行きましょう」
少女は浩平が助かるのなら、と青年の要求に承諾。
自分を助けてくれて、義姉を恐らく助けてくれた人だ。
断る理由がない。
少女は歩き出した青年の後についていく様に歩き出す、周りのエルフから蔑まれた様な視線を送られながらも。
そして、少女は気付いていない。
青年が良い物を見つけた、と言わんばかりに舌なめずりをしていることを。