向かう場所
アリス達を引き連れて歩き出して、数日は経っただろうか。
平原を抜けて、適当に歩き回っていた。
襲い来る魔物を倒しながら突き進み、食べれそうな物は狩りをしたことがあるアリスが解体して、食料としたりした。
魔物を倒す際、浩平が殴り飛ばしたり、蹴り飛ばしたりして倒すものだから、最初こそ驚いていたのだが、途中からそれが当たり前なのだとアリス達は反応を示さなくなっていた。
そしてアリスは魔物の毛皮も集めて、それを利用して魔術で加工、リュックというほどではないが、鞄を作ってくれた。
その際浩平は「アリスって、色々できるんだな」と言うと、言われたアリス本人は照れながらも、それほどでも、と言っていた。
アリス曰く、忌み子として嫌われていた自分は服も、鞄も、欲しければ自分でどうにかするしかなかったらしく、自然と加工魔術と裁縫の技術が身についたそうだ。
それに対して、浩平は「そうか」としか答えず、そのまま歩き出したのだ。
今では魔物の毛皮から作ったローブマントを羽織っている。
夜ということもあり、四人はキャンプをしていて、焚火を囲っている状態だ。
リリィは兄のリオに膝枕をしてもらって、寝息を立てながら眠っている。
それを見て、アリスは微笑ましそうにしながらも、視線は浩平へと向けられる。
「浩平さん、ここ数日歩き回っていますが、麻耶さんを探しているんですか?」
「あぁ、探してるぞ。アイツ、意外と抜けたところっつうか、天然なとこがあるから、意外とここら辺にいるかもと思って、探したんだけどな」
「そ、そうなんですか」
アリスは苦笑を浮かべるしかない。
浩平が変わり者なら、そのツレも変わり者の様だ。
「それにしても、浩平さんには本当に驚きですよね。もう途中から気にしない様にしてましたけど、殴ったり、蹴ったりで魔物を倒すんですから」
「そうか?」
「そうか? と言いますが、リオンさんの言う通り、普通のことではありません。ランクの低い魔物ならともかく、倒した中にはD級やC級だって、混ざっていたりしましたし」
「後々、何よりカッコいいのはどこからともなく武器を取り出してはそれで攻撃したり、罠を展開したり……憧れるなぁ」
リオは目をキラキラと輝かせ、興奮しながら語り、そんなリオの反応に浩平は照れているのか、恥ずかしそうに頬を掻きながら、目線を明後日の方向へと向けている。
だが、それよりも気になったのは、先ほど言った魔物のランクだ。
「さっき魔物のランクって言ったよな? 魔物の強さはランク分けされているのか?」
「え? あ、そういえば浩平さんは異世界から来られたのですから、知らなくて当たり前ですね」
アリスは今思い出したと言う感じで、「それでは説明しますね?」と言ってから、浩平に魔物のランクについて語り出す。
「先ほど、浩平さんが疑問に持ったランクですが、強さはもちろん、脅威度も現しています」
「まぁ、そうだろうな。魔物が強ければ強いほど、それに対する脅威度は上がるだろうな」
「ハイ。なので、魔物のランクはG~Sランクに分けられています」
そういうとアリスは薪に使う木の枝で地面に文字を書き始めるのだが、浩平が顔を顰める。
それに気付いたアリスが字を書く手を止める。
「どうかしましたか? あ、もしかして、異世界ですから、字が……」
「そのまさかだな……。言葉は通じるから大丈夫かと思っていたが、やっぱり字ばかりは違うか」
浩平だって、言葉は通じるが、文字は大丈夫だろうか? と考えていたこともある。
浩平と麻耶は自らロキから力を貰うことを拒否したために、文字を理解することなどの、その世界の常識に必要な能力ももらえなかったのだ。
言葉が通じるからと少し油断していたかもしれない。
浩平はため息をついてみせ、アリスは書いていた字を消して、字を書くために使っていた木の枝を焚火へとくべる。
「それでは口頭ですが、いいでしょうか?」
「あぁ、ワリィな、頼む」
「いえ、これくらいなら」
そういうとアリスは魔物のランクについて語り出した。
Gランク……武器を持った一般人でも何とか倒せるランク。ほとんどが本能や単純な思考で行動する魔物が該当し、例えるならスライム、ゾンビなど。
Fランク……新人冒険者や戦士などが何とか倒せるランク。人に近い思考能力を持っていて、例えるならブラックドックなど。
Eランク……一人前になった冒険者や戦士などが何とか倒せるランク。知能が人並みにあり、何かしらの力を持っている者も存在し、例えるならキラーベアーなど。
Dランク……村一つを滅ぼすほどの脅威であり、一人前とプロの間のそれなりに成長した冒険者や戦士などが倒せるランク。魔術を使う者も存在するほどで、ヘルハウンドやワイバーンなど。
Cランク……街一つを滅ぼすほどの脅威であり、プロの冒険者や戦士などが何とか倒せるランク。このランクに該当する魔物たちは普通に魔術を使うことが可能であり、サンドワームやユニコーンなど
Bランク……国一つを滅ぼすほどの脅威であり、倒せないわけではないのだが、犠牲を大きく払うのがほとんどらしい。例えるならドラゴンやクラーケンなど。
Aランク……大陸一つを滅ぼすほどの脅威であり、倒せるかどうかも怪しいほどの強さを誇る魔物ばかり。例えるならグリフォンや古龍など。
Sランク……存在は少なく、この世に複数体見かけられることなく、世界を滅ぼすほどの力を持つと言われるランク。神として崇められてることが多く、Sランクとは言うが、人に害を為すことはほぼない。神龍やフェニックスなど。
あらかた説明をしたアリスは一息つく。
説明をしている間にリオも眠っていたらしく、兄妹仲良く横になって寝ている。
アリスはそれを微笑ましく思いながらも、浩平へと視線を向ける。
「どうでしょうか? 今の説明でわかりましたか?」
「あぁ、大体はわかった。とりあえず、Aランクの魔物とかには遭遇しない様に祈っとくか」
浩平は欠伸をかみしめながらそういうと、アリスはクスッと笑う。
それに浩平は反応し、視線を向ける。
「欠伸をかみしめながら言うのが変だったか?」
「い、いえ。そういうことではなくて……。なんだか、今こうしているのが嬉しくて、つい」
「……そうか。さてと、俺が警戒しておくから、アリスはもう寝ろ。明日もまた歩き回るからな。適当に歩き回っているから、どこに行っているかは謎だがな」
「あ、アハハ。それなら、お言葉に甘えて、仮眠を取らせていただきますね?」
「仮眠と言わず、明日まで寝てろ。俺もそれなりの時間で寝るからよ」
浩平は火に薪をくべながら言うと、アリスは微笑む。
「そうですか。わかりました。それなら、私も一緒に起きておきますね?」
「はぁ?」
アリスのその言葉に火をくべていた浩平は目が点になる。
寝ろと言っているのに、寝ようとしないとはどういうことなのだろうかと。
「オイオイ、俺は寝ろって言ってるんだぞ? 寝ないと明日が辛いぞ?」
「それを言うなら浩平さんもじゃないですか? 前のキャンプの時も、同じ様に言って、私を先に寝かせましたけど、あの時の浩平さん、一睡もしていませんでしたよね? 歩いてる時フラフラでしたから」
図星なのか、うっ、と言葉が詰まる浩平。
実際にキャンプをするために罠を張っているとはいえ、相手はモンスターだ。
罠だけでは安心できず、守ると言った手前、眠っていたせいで守れませんでした、では話にならない。
そのために浩平は眠らずに警戒を続けた時もあった。
まぁ、一睡もしないでも、戦闘で変わらぬ動きを見せていたのだから、さすがというべきか。
だが、浩平の睡眠不足を理解していたアリスからすれば、心配でしかなかった。
恩人で、名をくれた人にもしものことがあったら、と。
そう考えた結果、さっきの行動に至るのだ。
「私が眠る時は浩平さんが眠る時です。それまでは私も起きておきますから」
「オイオイ、マジかよ……」
アリスの強い意志を感じたのか、浩平はそれしか言うことができなかった。
少しの間、静寂が場を支配していたが、それに耐えかねたのか、浩平が口を開く。
「思えばさ、そろそろ行き先を決めようと思うんだが……どこか提案はあるか?」
「……やはり街に向かわれますよね」
「あぁ、まぁな。麻耶だって、そろそろどこかの村なり、街なりに居座っている可能性があるからな。なら、そこも探さねぇといけないが……やっぱり、嫌か?」
アリス達の事情を知っているからこその問い。
街に連れて行けば、アリス達は迫害の対象となってしまう。
アリスは耳を隠せばうまいこと行けるかもしれないが、リオとリリィのゴブリン組はそういうわけにはいかない。
フードマントでその身を隠したとしても、街では逆に目立つし、不審者としか言えない姿になってしまう。
自分だけが行けばいい、と言えば簡単な話だが、そうなると彼女たちはどこに身を隠しておくのか?
街となれば、それなりに広いはずだ。
一日だけで探し出せる保証もないために、何日か滞在する可能性だって出てくる。
そうなると街の外での待機となるが……そうなると魔物に襲われる可能性がある。
その時に弱い魔物ならともかく、強い魔物などが出てくれば、大変だからだ。
「……もし、必要なら行きましょう。大丈夫です。浩平さんが街で麻耶さんを探している間、私達は外で待機しておりますので」
「ダメだな。外にいたら、魔物に襲われる危険がある」
アリスは困ったような顔をしながらも、苦笑を浮かべながら言うが、浩平はそれを拒否。
思っていた通りというべきか、外で待つと言い出したからだ。
「それなら今と変わりありません。今だって、キャンプをして魔物を警戒するだけです」
「だからって言って、もし何かあったらどうすんだよ。約束を破る形になるだろうが」
ついてくるのなら守ってやると言った以上、浩平はその約束を破るつもりはない。
それに戦えると言っても、アリスくらいだ。
リオは元々一般人として暮らしていたからだろうか、動きがぎこちないところがあるし、リリィに至っては戦闘はできない。
リオのフォローに入りながら、リリィを守って戦う。
これはきっと、アリスだけは難しい。
最悪、自分が戻った時にはもう既に……なんて可能性だって否定できない。
「別に麻耶を見つけりゃ、他の街を回るっていうのもやめる。その時はそうだなぁ……。俺たちでどこか安全な場所でも作って、ひっそり暮らすってのはどうだ?」
「浩平さん……」
「それまでの間、お前らに辛い思いさせちまうだろうけどな」
浩平はメンドくさそうな目をしながらも、顔は申し訳なさそうに微笑んでいる。
きっと言っていることに嘘偽りなどないのだろう。
この人はただ麻耶という人を、大切な友達と出会うためだけに、今は動いているのだろう。
そして、もし見つかったのなら、今度は忌み子や下等種族と呼ばれる自分たちのために、そんな提案までしてくれる。
他との交流を断つ様なことを、普通に。
「……いいんですか? 貴方からすれば未知の世界ですよ? 人ならば、冒険してみたいと思うものじゃないですか?」
「べっつに。そういうメンドくせぇのはパスだな。麻耶を見つけたのなら、ここの奴らととっとと隠居生活してやんだよ」
「隠居生活ですか」
その言葉にアリスはクスッと笑ってしまい、そして少し考える。
もしかしたらだが……もしかしたら、この人なら。
アリスの脳裏に一瞬浮かんだ、とある人。
あの子も……この人なら、救ってくれるんじゃないかと。
行き先も聞かれたし、ちょうどいいかもしれない。
「それで話を戻すが、どこか向かう場所は「『シルフィード』はどうでしょう?」ん?」
浩平が話を戻す様に切り出した時、遮る様にアリスが呟く。
それに反応し、アリスへと視線を向ける。
「私の故郷です。もしかしたら、入れ違いとなって、そこに麻耶さんがいる可能性もあるかもしれません」
「なるほど。その可能性を考えてなかったな。なら、行くのはありかもしれないが……大丈夫か?」
「何がでしょうか?」
浩平の問いにどういうことか? という感じに小首を傾げるアリス。
すると、何か納得したかの様に手を叩くアリス。
「あ、もしかして道でしょうか? それなら、大丈夫です。私の故郷はこれでも風の神に愛された一族。風が教えてくれますから」
「おぉ、それは便利……じゃなくて、そこもあるけどよ、故郷に戻るってことは」
「……えぇ、浩平さんが想像している通りかもしれません。奴隷として売ったハズの『忌み子』が戻ってきた。街の者達からすれば、はた迷惑なことでしょう。いえ、はた迷惑という言葉で済ませるものではないかもしれません」
アリスの頭の中は恐らく、その『シルフィード』に戻った時、どんな仕打ちを受けてしまうのだろうかということで埋め尽くされているだろう。
最悪、『浄化』という名目での処刑が執行される可能性もなくはない。
それでも、アリスは。
「それでも麻耶さんを見つけるために向かいましょう」
アリスは引きつりながらも笑顔を浮かべる。
本当は戻ることは怖い。
もし、戻れば何をされるかわかったものじゃない。
それを見た浩平はどういったらいいのかわからないのか、頭を少し掻いてから、立ち上がる。
「お前がそこまで言うのなら、もう何も言わねぇよ」
「ありがとうございます」
座りながらも、軽くお辞儀するアリスに「よせよ」と呟いてから、大きな欠伸をする。
「そんじゃ、行き先も決まったし、さっさと寝るとしようぜ。明日は朝早くから移動したいからな」
「ハイ、わかりました」
アリスも寝るために移動しようと立ち上がろうとした時だ。
「後、お前の目的があるのなら、ハッキリ言って構わねぇよ。わざわざ麻耶のことで釣ろうとせずにな」
「!」
「俺に嘘やハッタリ、隠し事をしたりするのなら十年は早かったな。俺も色んな奴を見てきたから、それくらいの審美眼はあるつもりだ」
アリスは隠し事を見抜かれたことに驚いているのを余所に浩平は横になる。
「明日はアリスの目的のために行く。麻耶は……ついでだな」
「え? 麻耶さんがついでって、それは」
さすがにどうかと思うアリス。
だって、麻耶は浩平にとって、探すほど大切な友人で。
「いいんだよ。アイツなら、うまいこと生きていけてるだろうさ。それにその街に必ずいるっていう保証はないだろう? 麻耶が」
「いえ、それはそうですが……」
「なら、それでいいじゃねぇか。アリスの目的はそこにあるんだから、それのついでで麻耶を探す」
アリスはそれでも、と言おうと思ったが、口を閉じて、言おうとした言葉を飲み込んだ。
きっと、この人に何を言っても、基本的にはのらりくらりとこういう風にかわされるに違いないから。
アリスも諦めたのか、軽いため息をついてから、横になる。
「わかりました。なら、それでお願いします」
「おう。じゃあ、目的は明日にでも行きながら聞くわ。もう眠たくて眠たくて……。それじゃ、おやすみ」
「ハイ、おやすみなさい」
それだけ言って、二人も深い眠りに落ちていった。
明日はアリスの故郷『シルフィード』に向かうと決めて。
*
何処かの部屋。
そこのテーブルには本の山があり、そこから一冊手に取り、ろうそく一本が照らす部屋で読むショートボブにしている白髪の少女。
澄んだ水を思わせるほど綺麗な蒼い瞳は本から視線を外し、そっと鉄格子の窓の外を見る。
「まだかな……浩平……」
白髪の少女……麻耶はボソリとそう呟いてから、再び読書へと戻るのだった。
彼女が今いるのは……どこかの独房。
ただ浩平が来ることを信じながら、彼女は自分の好きな読書へと没頭するのだった。