名前
「『人間』……?」
「そう、『人間』。凄い種族とか予想してたんだろうが、大したことない種族ですまな「あの」ん?」
浩平は肩を竦めながら言っていると、エルフの少女が言葉を遮る。
それに反応した浩平はエルフの少女へと視線を向ける。
彼女の顔はどこか困ったような、どう反応するべきなのかという様な複雑な表情をしていた。
そして、覚悟を決めたのか、言葉を紡ぐ。
「あの、すみませんが……『人間』とは一体、どんな種族ですか?」
「……」
エルフの少女の一言に浩平は黙り込む。
実はある程度は想定していた事だったからだ。
奴隷商のエルフに自身の正体は、どの世界でもありふれている『人間』だと言ったつもりだった。
だが、彼自身は浩平の種族の容姿は見たことがないと言っていた。
ならば、浮かぶ可能性はただ一つ。
この世界にはエルフやドワーフと言った亜人種はいても、その基礎たる人間は存在しない世界。
つまり、この世界にとって、人間を指すのは自分と麻耶を含め、転移された『六十数人のみ』である。
あの神は……それを知り、この世界に力を持った人間を送り込めばどうなるのだろうか? というのを見て、楽しむ算段なのだろう。
神々の遊びに付き合わされるとは、何ともメンドくさいことだ。
「あの、俺も聞いたことないです。ゴブリンでも、種族のことは全て知ってますし」
「私も聞いたことないよ……」
「すみませんが、差し支えなければ、幾つか質問をしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わねぇよ」
正直、言うべきかは考えていた。
だが、隠したところで、バレてしまうのは時間の問題だった。
ならば、自分から明かせばいいと考えた結果だ。
警戒をしていないところを見る限り、助けてくれた恩があるからだろう。
「それでは一つ目です。『人間』とは……一体、どこの種族なのですか? 少なくとも私は知りません。人間という種族を」
「どこの……と言われても、どこにでもいる種族としか言いようがない」
「どこにでもいると言うのなら、私達が知らないのもおかしな話です。真面目に答えてください」
「コレでも真面目に答えてるんだけどな……」
腕を組んで、どういうべきか悩む浩平。
正直に話すべきだろうか? 邪神ロキに送られてきました、と。
いや、ダメだろう。
邪神、なんて名前を出せば、邪悪なる神の遣いにされかねない。
つい最近生まれた種族というべきだろうか?
コレもダメな気がするので、却下と考える。
そもそも、隠し事をしたところで、その内バレそうな気もするので、本当のことを話すしかないだろう。
「……あんまり信じられねぇと思うんだけどよ。別の世界から来たんだ」
「別の世界から……? 本では見たことあります。異世界と呼ばれる、この世界、『アルファス』とは違った世界が存在すると。まさか、そちらから?」
「へぇ、異世界の話ってのは、こっちにもあるのか」
というよりも、この世界は『アルファス』というのかと浩平は思う。
人間が知られていないこの世界では、勇者召喚みたいなことはないのだろう。
だからこそ、異世界という様な存在は認知されてないと思っていたが、どうやら考えだけはあるらしい。
ならば、話は早いかもしれないと浩平は話しを続ける。
「そう、その異世界からじゃ……オホン。神様が、俺たちをここに送り込んでみたいと言ってきて、送り込まれてきたわけなんだが」
「たち……? そういうと言うことは他にも何人か? いえ、それよりもそちらの世界の神に? その神の名をお聞きしても?」
「あぁ……ロキ、だな」
「ロキ様……ですか」
この世界ではロキの名は知られていない様で、浩平はよかったと考える。
もし、邪神として知られていたのなら、大変なことになっていたかもしれない。
だからと言って、大人しくやられる気もないのだが。
「送られてきたということは浩平さんはコレからどうするんですか? 来たばかりの様ですが」
「どうするもこうするも、ツレを見つけるつもりだからなぁ。いや、でも、その前に衣食住をどうにかしてぇ気分でもあるが……人間がいないこの世界で、受け入れてもらえるもんか」
困ったな、という感じで苦笑を浮かべる浩平。
メンドくさがりではあるが、生きるために必要な最低限のことはする。
だが、人間がいないこの世界では、自分たち人間は未知の存在だと言ってもいい。
受け入れてもらえるかどうかは謎である。
すると、ゴブリンの少女が意を決したかの様に口を開く。
「あの、浩平さんがご迷惑じゃなければ、私達もついて行っていいですか!」
「お前、何言ってるんだ!?」
妹の急な発言に驚きを隠せないゴブリンの少年。
ゴブリンの少年の驚きようもわからないわけではないと思うエルフの少女。
いくら来たばかりで、この世界に無知だからと言っても、『忌み子』や『下等種族』と呼ばれていた自分たちを傍に置きたがるはずがない。
奴隷として、迫害されるべき対象として、生きていく運命を決定づけられた様な者達なのだっから。
酷い時は『忌み子』は見せしめとして、浄化という名の処刑をされ、何日か吊るされたりもする。
少し周りと違うだけで、弱いだけで、こんな目に遭う様な者達と居たがるはずがない。
「だって、私達だって、自由になっても、行く場所がないんだよ? だって、私やお兄ちゃんは弱い種族の『ゴブリン』なんだよ? それも最弱の……。それにエルフのお姉ちゃんは『忌み子』だから」
「だからって、お前! この人はもしかしたら、普通に暮らせるかもしれないのに、俺たちといるせいで迫害の対象にされるかもしれないんだぞ!」
奴隷としたとしても、忌み子や下等種族を傍に侍らす者など誰もいない。
ゴブリンの少女の言動はこの世界に対して、無知な浩平に付け入ろうとしている他ならない。
いや、少女はそこまで深く考えていない。
素直で純粋な故に言ってしまうのだろう。
確かに自分たちには行く場所など、どこにもないだろう。
何処かの街に行ったところで、『忌み子』のエルフの少女は浄化という名目での処刑か、ゴブリンの兄妹と一緒に奴隷としての生活が待っているだけ。
街の外で、隠れて生きていこうとしても、魔物がいるために危険だ。
どちらを選んだにせよ、自分たちには死しか待っていない。
そんな自分たちを連れていくなど、きっとありえない……そう、ありえないのだ。
浩平はゴブリンの少女へと視線を向けると、目が合う。
目が少し涙で潤んでいるのがわかる。
少女だってわかっている。
自分たちは下等種族だから、連れて行ってと言っても、無理かもしれないと。
連れて行ってもらえても、自分たちは対価を支払える様な働きはできないことを。
それでも、それでもなのだ。
縋るしかない……この世界に新しく誕生したと言っても過言ではない新種族である彼に。
浩平本人は少し頬をポリポリと人差し指で軽く掻いてから、三人に背中を向けて、歩き出す。
「あ……」
ゴブリンの少女は浩平の行動で、答えが無理だと言っているのだと思った。
わかっていたことなのに、それでも新種族の彼にさえも、受け入れてもらえないのが辛くて―――。
「無理とは言わねぇ。『忌み子』だ、『下等種族』だなんて、俺にとってはどうでもいい話だからな。ついてくるなら、勝手についてくりゃいいさ。俺は頼まれたところで、『なら、ついてこい。導いてやる』っていう様なことを言えるほどの大層な人間じゃねぇからな。ただ、俺の手の届く範囲でくらいなら、『守ってやる』さ」
「! 浩平さん!」
少し歩いた先で、メンドくさそうな声だが、どこか優しさを含んだ様な声でそういった浩平。
その言葉にゴブリンの少女は流れ落ちそうだった涙が消え、逆に笑顔になる。
ゴブリンの少年とエルフの少女は、逆に驚きとその言葉に目を見開く。
こちらに顔を向けていないからわからないが、何故か彼が優しい笑みを浮かべている様に感じたのはどうしてだろうか?
実際に浩平は笑みを浮かべている。
それが優しい笑みなのかどうなのかはわからないが、微笑んでいるのは確かだ。
少しずつ遠ざかっていく浩平の背中を見たゴブリンの少女は、浩平の発言に驚いて固まっていた兄とエルフの少女の手を掴む。
それによって、意識が現実に戻ってきた二人はゴブリンの少女を見る。
「急ごう! お兄ちゃん、エルフのお姉ちゃん! 浩平さんが行っちゃうよ!」
「あ、あぁ! そうだな!」
妹の嬉しそうな姿を見てか、いや……自身も今の発言に喜びを覚えているからこそ、ゴブリンの少年は頷く。
エルフの少女は一瞬迷ってみせるが、このままでいるよりも、ついてきてもいいと言ってくれている彼と共に行く方がいいのかもしれないと考える。
「そうですね、行きましょうか」
「うん!」
優しい笑みを浮かべたエルフの少女の顔を見て、ゴブリンの少女は頷き、二人の手を引っ張って、浩平の元へと走り出す。
浩平自身は後ろを軽く見る様に視線を送り、三人がついてきたことを確認すると、服の内側に手を入れると、鞘に収まっている大きめのナイフ……コンバットナイフを二本取り出すと、振り返って、エルフの少女とゴブリンの少年に投げる。
それに驚いた二人は戸惑いながらもキャッチして受け取る。
幸い、鞘に納めているおかげで、刃で手が怪我をするなどということは起きなかった。
受け取った二人は不思議そうにコンバットナイフを見つめる。
「あの、この武器は……?」
「やるよ。身を守る道具くらいいるだろ? さっきみたいなゾンビみたいな狼がいないとは限らないしな」
「そ、そんな! 受け取れないですよ! それだと、浩平さんの武器が」
「大丈夫。俺の服は色々仕込んでるから、俺自体が歩く武器庫みたいなもんだからな」
それを言われて、返そうとしたゴブリンの少年と初めて見る武器であるコンバットナイフを眺めていたエルフの少女が、そういえばと思い返す。
助けに来てくれた時、確かに彼はコンバットナイフよりも小さめのナイフを次々と服の袖から出していた覚えがある……後、糸もだ。
コンバットナイフも懐から普通に出した辺り、本当に色々仕込んでいるのだろう。
その割には金属音の様なものは聞こえてこないが。
浩平は何か思い出したのか、足を止めて、三人へと再び振り返る。
「思えば、お前らの名前は聞いてなかったな。一緒に来るなら、名前を教えてもらってもいいか?」
そう聞いた瞬間、三人は困った様な顔を浮かべる。
それを不思議そうに浩平が見つめていると、エルフの少女が口を開く。
「あの、すみませんが、私達には名前がないんです」
「名前がない? そんなことはないだろ? この世界での人種なんだから、三人とも名前を持つ文化くらいは」
「ゴブリンにとって、名前は特別っす。名前を貰えるのは族長と戦士の人くらいだけで、俺たちの様な一般のゴブリンは基本的に名前を持つことはないです。まぁ、戦士だからと言って、ゴブリンの中で強いだけで、世界全体で見ると弱い方なんですけどね」
「私は『忌み子』ですから……。エルフにとって、名前は神によって与えられた神聖な物で、加護が宿ると言う教えがあります。ですから、穢れた『忌み子』には付ける名などないと、貰えないんです。お前や『忌み子』などと呼ばれていましたから……」
「……」
それを聞いた浩平はメンドくさい掟があるもんだな、と軽く考えながら、少し空を見上げる。
今後一緒に行動するのに、ゴブリンの兄や妹、エルフなどと呼ぶのはどうかと考える。
特にゴブリンの方は名前がないと困る、二人もいるのだから。
エルフは『忌み子』とは呼びたくない……自身が嫌いな言葉の一つだから。
ならば、と思った浩平は三人を見る。
「迷惑じゃなきゃ、俺が名前をつけようと思うが」
「「「え!?」」」
どうだ? と聞く前に三人は素早く反応してみせた。
その素早さには流石に浩平も驚いた。
「な、名前をもらえるんですか!?」
「あ、あぁ。だが、ただの人間である俺がつけるだけの名だ。エルフみたいな加護とやらは宿らないが」
「私は構いません! 名前をいただけて、それを呼んでもらえる。それだけで嬉しいです! 『忌み子』と蔑まれ続けたことを思うと……」
「……そうか」
そうだ、名前を呼んでくれる人がいる。
それだけで嬉しいもんだよな。
浩平の脳裏に自分の特徴とは真逆の髪色と瞳の色をした少女―――麻耶の姿が一瞬過ぎる。
早く見つけてやらねぇとな、と思いながら、ゴブリンの兄妹へと視線を向けると、二人は目を輝かせながら、こちらを見ていた。
「あ、あの! 俺たち、戦士ってわけでもないのに、いただいていいんですか!?」
「いいんですか!?」
「あぁ。特にお前達は兄妹だ。ゴブリン兄、妹とか一々呼んでられないしな」
ゴブリンの兄妹はやったー! と二人でハイタッチし、嬉しそうにピョンピョン跳ね回る。
これだけ喜んでくれるなら、悪い気もしないな、と思いながら、腕を組んで三人を見る。
「じゃあ、俺が考えた名前を発表する。気に入らなきゃ、言ってくれ。すぐに変えるからな」
三人はそれに頷き、了解だと言うことを伝える。
それを確認した浩平はまずはエルフの少女を見る。
「じゃあ、まずはお前からな。あんま、期待するなよ?」
「大丈夫です! どんな名でも、受け入れます!」
「そ、そうか」
エルフの少女の興奮気味の言葉に浩平は少し引きながらも、一つ咳払いをしてから、仕切り直す。
「それじゃ、お前の名前だが……アリス。アリス・ウィリデ……なんてどうだ?」
「アリス・ウィリデ……! ハイ、とてもいい名前です。ありがとうございます!」
エルフの少女……アリスは嬉しそうにお辞儀をする。
浩平は気に入ってくれたならいいか、と苦笑を浮かべながら、次はゴブリンの兄妹を見る。
「で、二人の名前だが、兄の方はリオ。で、妹の方はリリィ。姓名はリンデル。思いつきだが……」
「大丈夫です! リオ・リンデル……カッコいい名前です!」
「リリィも可愛い名前で好き!」
ゴブリンの兄妹……リオとリリィは嬉しそうにまた飛び跳ねる。
それを見て、やれやれ、とため息を一つつく浩平。
二人……いや、三人の気分が落ち着くまで待ってから、三人を見る。
「んじゃ、行こうぜ。アリス、リオ、リリィ」
「「「ハイ!」」」
三人は名前を呼ばれて嬉しそうに返事をして、共に歩き出した。
この世界のどこかにいる、浩平の探し人、麻耶を探しに。




