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奴隷

風で草木が揺れる広い草原。

のどかな雰囲気が漂うこの草原で、何かが激しい音を立てながら移動しているのが存在する。

その音の元は二匹の馬で引っ張っている馬車である。

それも荷台用の馬車で、恐らくはそこに荷物を積んでいるのだろう。

そんな馬車に乗っている主人であろう尖った耳、所謂いわゆるエルフ耳と言われる耳が特徴的な金髪の男はこれでもかというくらいに馬に鞭を打つ。


「えぇい! もっと早く走れ! 走りやがれ!」

「「ヒヒーン!」」


馬二匹は鞭に打たれたことにより、悲鳴に近い鳴き声をあげながらスピードを上げる。

だが、馬からは疲労の色が見え、そろそろ限界が近いことがわかる。

男だって、それには気付いており、後ろから迫りくる・・・・者へと視線を向ける。

その姿は一言でいうなら狼だ。

だが、一般的に知られている狼と違うところがあるとするならば、皮膚や毛などが腐っている様なことや、目に生気はなく、白目であること。

口部分のところも肉がないからか、牙が剥き出しの状態だ。

例えるならそう、死体から蘇ったかの様なもの……まるでゾンビだ。

その姿を確認した男の顔は青ざめる。


「な、なんでこんなところに魔物の『ゾンビウルフ』がいるんだ! クソ!」


そう、その狼はただの狼ではなく、魔物と呼ばれる類の者。

その力は野生の狼など軽く上回るほどの力を有している、理から外れし者。

だからこそ、男は逃げる。

魔物はこの世界では当たり前の存在だとしても、今追いかけてきている狼はやばい。

『ゾンビウルフ』はゾンビ種と呼ばれる魔物に入るのだが、このゾンビ種がまた厄介なのだ。

それは元は一度死んだ死骸が何らかの要因で動き出す様になり、生者たちへと襲い掛かると言う恐ろしい魔物。

しかも、一度死んでいることにより、どれだけ斬ろうと刺そうと倒すことはできず、噛まれれば、ゾンビ種の唾液に含まれる毒に犯され、数秒で死に至る。

更にはその毒で殺された者はゾンビとして蘇り、別の生者を襲うと言う恐ろしい習性を持っている。

だが、だからと言って、倒す方法がないわけではない。

結局のところ、体を動かすのは脳が指令を出しているから。

だから、頭を完膚なきまでに粉砕するか、炎で燃やし尽くすか、凍らせて砕くかなどである。

だが、『ゾンビウルフ』となると、それは難しい。

何故ならば、ゾンビ種の中では一番素早く、倒すのが困難だと言われているからだ。

魔物の中ではそれなりに強い存在である。

だからこそ、男は逃げる。

いくら『魔術』が使えようとも、当てられなければ意味がないのだから。

いや、戦士や冒険者じゃない自分が、あの魔物に敵うハズがない。

自分はただの『奴隷商』なのだから、危険な魔物を倒せるほどの実力は持っていない。


「走れ! 奴を振り切れ!」


そう叫び、再び鞭で馬を打った瞬間、限界が来ていた馬は足をもつらせて、倒れてしまう。

それにより男は投げ出され、荷台に居た首輪をした様々な姿をした人たちが十数人投げ出された。

幸いにも草原の草がクッションになったのか、大きな怪我はなく、フラフラになりながらも立ち上がり始める。


「皆、無事ですか……?」


代表するかの様に尖った耳……にしては少し丸みを帯びた、楕円型に近い耳の形をした金髪碧眼の少女。

その確認と同時に気付く。

あの魔物が一人の首輪をした犬の様な耳を持つ男の首に噛みつき、持ち上げているのに。

噛みつかれた男は毒が回ったことで白目を向き、泡を吹き出している。

体が痙攣けいれんしているのか、少し震えている。

ゾンビウルフは男を口から離すと、男の体は震え始め、体の皮膚や肉が腐ったかの様になり始める。

そして、震えが収まると、男はゆっくりと起き上がり始め、顔をあげる。

それを見た瞬間、少女は息をのむ。

男の顔は所々腐り落ちており、目はあの狼と一緒で、生気が宿っていない白目。

そして、涎を垂らしながら、男は口を開ける。


「ア゛ア゛ァ゛……!」

「い、いやぁぁぁ!」


男の変わり果てた姿を見た瞬間、近くにいた背の低い女性が逃げ出そうとするも、その先にゾンビウルフが先回りする。

それにより、女性は驚いて尻餅をついてしまい、逃げ出そうと四つん這いになりながらも振り返る。

だが、そこにはもう既に、ゾンビと化した男が立っていた。

女性は再び尻餅をついてしまう。


「し、死にたくない! い、いや!」

「ア゛ア゛ァ゛……!」

「嫌ァァァァァ!」


そのままゾンビと化した男は女性へと倒れこみ、それと同時にグチャッ! やゴキッ! と噛み砕く音が聞こえ始める。

女性の悲鳴が響き渡るが、その悲鳴はすぐに聞こえなくなり、ゾンビが立ち上がると、襲われた女性が先ほどの男と同じ現象を起こした後、ゆっくりと起き上がり始める。

それにより、また近くにいた人へと襲い掛かり始める。

少女はそれを見て、恐怖で固まっていたが、すぐに頭を振って、正気を保とうとする。

このままでは喰い殺されてしまう、ゾンビにされてしまう。

逃げなくてはいけない。

そう思い、立ち上がった時だ。


「に、逃げるぞ。た、立つんだ!」

「お、お兄ちゃん。あ、足が動かないよ……。私を放って逃げて?」

「そんなことできるか! たった一人の肉親を置いていくなんて……!」


そこにいたのは緑色の肌をした少年少女。

身長は百五十にも満たないだろうか? と言えるくらいだ。

金髪の少女はすぐに逃げ出したい思いに駆られるが、それを振り払って、二人の元へと近づく。

見捨てることなんて、できないから。


「大丈夫ですか!」

「あ、貴方は……エルフの」

「ハイ。貴方達はゴブリンの様ですね。すぐに逃げましょう。妹さんは私が背負います」

「そ、そんな! 悪いです! 貴方だけでも逃げて」

「困っている人を放っておけるほど、私は落ちぶれていません! ゴブリンとか、気にしません! 私は『忌み子』なのですから」

「「あ……」」


エルフの少女は自身の丸みを帯びている耳を見せると、ゴブリンの兄妹はそれに反応する。

エルフの少女は耳を見せた後、すぐさまゴブリンの少女を背負い、立ち上がる。

後ろからは悲鳴が聞こえてきており、仲間を増やしながら、少しずつ近づいてきているのがわかる。

他を助けている暇はもうないだろう。

とりあえず、この二人だけでも連れて、一緒に逃げ出さなければ。


「行きますよ!」

「止まれ!」

「「「!?」」」


走り出そうとした瞬間、奴隷商の男の声が聞こえてくる。

声が聞こえたと同時に首輪が光り出し、三人―――正しくは走り出そうとしていたエルフの少女とゴブリンの少年の足が止められる。

動かそうとしても、動かない足。


(しまった……! 『隷属の首輪』の強制力で動けない!)


額から汗が伝い、地面へと落ちていく。

奴隷商の男は肩で息をしながら笑い出す。


「ハァ……! あ、アハハ! お前らの様な下等種族や忌み子や異端者どもが俺より先に逃げようとするんじゃねぇよ! 奴らの餌になって、俺の逃げる時間を稼いでろ!」

「貴方は……! エルフとしての誇りはないのですか……!?」

「お前達の様なクソ共に向ける誇りなどないな。お前らは『人ですらないのだから』」

「この……!」


腹立たしい。

こんな男が同族のエルフだと言うことがとてつもなく腹立たしい。

少し違うだけで、『異端』や『忌み子』と扱い、『種族上弱い』だけで、人ということ自体を否定される。

歯を食いしばり、体を動かそうとする。

こんな首輪の強制力がなければ、今すぐにでも、あの男を魔術で吹き飛ばしてしまいたい。

いや、一発殴らなければ、気が済まない。

だが、この『隷属の首輪』をしている限りは、あの男には逆らえない。

それと同時に後ろから聞こえてくる呻き声の群れ。

恐る恐る視線を後ろへと向けると、自分たち以外の人達がゾンビとなって、こちらへと近づいてきている。

ゾンビウルフはそんな奴らの先頭に立ち、ゆっくりと歩み寄ってくる。

狩りは成功だと言わんばかりの余裕を見せるかの様に。

ゾンビ種は本能のみで動いているとされているが、このゾンビウルフの様に動物系統のゾンビ種となると、狩りをしていた頃の本能があるからか、生前やっていた様なことを行うのだと言う。

余程、獲物を追い込むのが得意な狼だったのだろう。

三人の顔は段々恐怖へと染まっていく。


「は、ハハハ! 奴隷として売れなかったのは残念だったが、処分はできるんだ! 今ここで死ねたことを喜ぶんだな! 辛い奴隷生活を迎えずによかったと喜びながらな!」


奴隷商の男はそれだけ叫ぶと走り出す。

近くにあった森へと逃げていく様な形で。

森の中にも魔物はいるが、アレでも彼はエルフだ。

森の中に入れば、それなりの魔物が出なければ、エルフが負けることはないだろう。

エルフの少女たちは迫りくる呻き声に体が震え始める。


「怖いよ。お兄ちゃん、エルフのお姉ちゃん……!」

「なんで、俺たちがこんな目に遭うんだよ……! ゴブリンだからなのか!? 下等種族だからなのか!? 力が弱いだけで、こんな……!」

「誰か……助けて。誰でもいいから……」


―――助けて!


その願いを嘲笑うかの様に近づいてきた一体のゾンビが口を開け、背負っていたゴブリンの少女に襲い掛かり、それと同時に血が飛び散る。

そう、それはゾンビの顔面に直撃した石により、できた傷から飛び散った血。

ゾンビは強い一撃をぶつけられたのだろうか、思いっきり仰け反って倒れこんでしまう。

別のゾンビが襲い掛かろうとしてくるが。


「動くんじゃねぇぞ!」


男の声が聞こえてきたかと思うと、次の瞬間には何かがエルフの少女の顔の横すれすれを何かが通り過ぎていく。

視線を後ろへと向けると、それは一本のナイフがゾンビの口の中に刺さっており、それによって噛みつこうにも口を閉じられないでいるために、噛みつけない。

そして、次の瞬間にはゾンビの顔面に誰かの蹴りが叩き込まれる。

顔が変形するのではないか、というくらいの蹴りがめり込み、吹き飛ばされる。

吹き飛んだ先にいたゾンビ数体を巻き込み、ボウリングのピンの様に次々と倒れていく。

ゾンビを蹴り飛ばした人物―――浩平は軽いため息を吐くと、血の様に紅い、真紅の瞳を三人へと向ける。


「無事か?」

「え? は、ハイ」

「なら、いい。さっさと逃げろ……って言いたいとこだが、あのクソ野郎から話は聞いてる。だから、少し待ってろ」


エルフの少女の返答にそれだけ言うと、倒れているゾンビの群れへと突っ込み出す。

その素早さは人とは思えぬほどの速度で。

一瞬でゾンビたちとの間合いを詰めると、手始めに起き上がったばかりの目の前のゾンビの顔面に右ストレートを叩き込む。

ゾンビはボールか何かかと疑いたくなるほど、勢いよく吹き飛び、地面に頭がぶつかったと同時にグチャッ! という音を立て、そのまま何度かリバウンドしてから止まると、そのまま倒れて動かなくなる。


(は、速い……!)

(スゲェ……!)

(強~い……!)


エルフの少女はその素早さに驚き、ゴブリンの兄妹は浩平の力に目を輝かせる。

そして、その当の本人が次に取った行動は腕をまっすぐ伸ばすと、服の袖の中から片手に三本ずつナイフが出てきて、計六本のナイフが姿を現す。


「仕込みがそのままこっちに持ってこれておいて、よかったぜ」


浩平はそのナイフ手早く投げる。

だが、それはゾンビたちに当たることなく、地面へと刺さる。

そして、再び腕を伸ばすとまたナイフが六本出現し、また投げる。

その素早い行動を四回ほど繰り返す。

その間にナイフは何本かゾンビの額に突き刺さるが、それでは死なないために近づいてくる。

浩平は一息つくと、笑みを浮かべる。

ゾンビたちは浩平へと襲い掛かるべく、動き出そうとした時だ。

その場から動けずに、何かにもがいているかの様に動くゾンビたち。

エルフの少女たちは不思議に思っていると、ゾンビたちの体に何やら糸が絡み付いているのが目に見える。

その絡みついている糸の先を辿ると、そこにあるのは投げられたナイフの柄の先端。

どうやら、そこに糸を結びつけていた様で、それを次々と投げることにより、ゾンビたちは知らず知らずの内に糸に絡めとられていたのだ。

勿論、適当に投げていたわけではない。

それを考えて、投げる位置も決めていた。

だからと言って、ここまでうまく行くはずがない。

更にはその糸が丈夫なのか、ゾンビたちは糸の拘束を振り解けないでいる。


「特注の糸だから、そう簡単に千切れはしねぇよ。供養はしてやるからよ」


浩平は袖から伸びていた糸を一本引っ張ると、ゾンビたちに絡みついていた糸が動き出し、ゾンビたちを一ヵ所へと固める。

そして、ポケットに手を入れると、次に取り出したのは何かの液体が入った瓶。

それをゾンビたちへと投げつけ、瓶がゾンビたちの頭上に来た瞬間、拾った小石を投げ、ぶつけて割る。

瓶の中に入っていた液体がゾンビたちにかかったことを確認した浩平が次に取り出したのはライター。

その火をつけると、ゾンビたちを見る。


「でも、こんな供養の仕方でワリィな」


それだけ呟くと、火をつけたライターをゾンビたちに投げつける。

そして、火が当たった瞬間、激しく燃え上がり始める。

ゾンビたちは変わらず呻き声をあげながらも、炎は激しさを増していく。

あの時投げつけた瓶には油が入っていたのだ。

ゾンビたちは一体、また一体と倒れ始め、そのまま動かなくなり、更に燃えていく。

それを見ていた浩平の横からゾンビウルフが飛び出してくる。


「あぶな……」


そこまで出た言葉をエルフの少女は飲み込む。

何故なら、浩平はゾンビウルフの方へ視線を向けることなく、片手で顎を掴むことによって、噛みつけない様にしている。


「不意打ちなんざ慣れてるよ」


浩平はそれだけ言うとゾンビウルフの胴に蹴りを叩き込み、それと同時に手を放すことによって吹き飛ばす。

ゾンビウルフもボールの様に吹き飛び、何度かリバウンドしてから止まる。

ゾンビウルフが立ち上がった時には、そこに浩平の姿はなかった。

エルフの少女たちもいつの間にか姿を消した浩平に驚いていると。


「コレでシメェだ」


浩平が姿を現したのはゾンビウルフの頭上。

振り上げられた足をそのまま振り下ろし、ゾンビウルフの頭に命中し、地面に叩きつけると同時に粉砕。

それによってゾンビウルフは動かなくなり、それを確認した浩平はふぅ、と軽く息を吐く。

辺りを見渡す限り、今ので最後の一匹だった様だ。

燃やされたゾンビたちも全員倒れており、動く気配もない。

未だに燃え上がる炎を見ながら、浩平は三人に近づいて行く。


「無事……みたいだな。よかった」


浩平は笑みを浮かべながら、そういった。

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