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麻耶の魔術

防壁を軽々と飛び越えた浩平は重力に従い、そのまま地面へと落ちていく。

普通なら、エルフの少女も焦るところだが、自分を救出した際に見せた驚異的な身体能力を見ているので、この高さから落ちても大丈夫なんだろうな、という安心感があった。

予想通り、浩平は平然と着地してみせると、そのまま走り出す。

一刻も早く、アリスの元にこの子を届けて、行かなければならない。

魅了チャーム』にかかってしまった、麻耶とガルディの娘の救出に。

あの色欲の男の傍に一秒でも長く居させれば、何が起こるのかは想像に難くない。


エルフの少女は抱き抱えられながらも、顔をあげて、浩平の顔を見た。

その顔は先ほどとは違って、平然としているのに、不思議と焦りを感じられた。

いや、焦っている理由がわかっているからこそ、感じられたのかもしれない。

あの時の東雲という男の自分の体を嘗め回す様に見る視線と迫ってきたことを思い出すと、焦る気持ちもよくわかる。

本当はあの時、すぐさま助けたかったハズだ。

それなのに、自分の身の安全を最優先にし、助けてくれた。


(お姉ちゃん以外に初めて優しくしてくれた人の邪魔になってる……。私に戦える力があれば、手助けできたのに……悔しい……!)


自分には姉の様に慕っていたあの人の様な戦える力は持っていない。

エルフの少女は悔しくて、手を強く握りしめた時だ。


「浩平さん!」

「アリス!」


聞き覚えのある声が聞こえてきた。

エルフの少女が反応して、そちらへと視線を向けると、そこにいたのはドワーフの男が一人、ゴブリンが二人……そして、姉と慕っていたエルフが一人、そこにいたのだ。


浩平の手から降ろされた少女はゆっくりと姉と慕ったエルフ———アリスの方へと向く。

確か姉と慕ったエルフは自分と同じ『忌み子』なので、名前はなかったハズだ、と思うところもあるが、それよりも先に溢れ出してきたのは、再会できた嬉しさ。

奴隷として出されたあの人にはもう二度と会えないのだとばかり思っていた。

今すぐにでも抱き着きに行きたい……だけど。


「浩平さん」

「どうした?」

「ここまでありがとうございます。私はもう大丈夫ですので、早く麻耶さんとドワーフさんのところに行ってあげてください。今なら、まだ間に合うかもしれません」

「……お前」


本当なら家族の様に慕っていたアリスに抱き着きたいハズだ。

嬉しい感情が溢れ出しているハズだ。

それでも、その前に、と浩平へと告げる。

一分でも、一秒でも早く救出に向かわせた方がいいと思って。

その言葉を聞いて、笑みを浮かべると、浩平は足に力を入れる。


「すまねぇな。また後でゆっくり話でもしようや」

「ハイ、お気をつけて」


それだけ言い残すと、浩平は再び防壁の方へと走って行き、跳躍し、飛び越えていく。

エルフの少女は防壁を飛び越えて、見えなくなった浩平を見送ると同時にアリスに抱き着かれる。


「無事で……! 無事でよかった……!」

「お姉ちゃんも……無事でよかった。もう会えないと思ってたから」


涙を流しながら抱き着くアリスを見て、一瞬だけ押し殺した感情が再び溢れ出し、嬉しさで涙を流す。

そんな二人をリオとリリィは笑みを浮かべながら優しく見守り、ガルディは再び街の方へと姿を消した浩平の方へと視線を向ける。


「浩平君、何も言わず行ったな……」

「どこか焦っていた様に見えましたが、中で一体何があったんですかね?」

「さぁな。それはそこのエルフに聞くしかないだろ? まぁ、再会の喜びの分かち合いが終わってからだけどな」


ガルディは抱き合って、涙を流すエルフ二人を父の様な優しい眼差しで見守るのだった。



シルフィードの路地裏。

そこに姿を消した麻耶とガルディの娘が瞬間移動したかの様に現れて、フラフラと覚束ない足取りながらも歩き、ゆっくりと家の壁に背を預けて座り込む。

ガルディの娘はボーッと立っており、未だに『魅了チャーム』が解けていないのが伺える。

麻耶本人は少し視界が揺れている様に見えながらも、その目には生気が戻っていて、『魅了チャーム』にかかった紋章も消えている。

眉間を指で抑えながらも、あの時起こったことを思い出すとため息を吐く。


「……まさか、敵の術中にハマって、浩平に攻撃するなんて。解除にも少し時間がかかったし、迷惑かけちゃった」


麻耶はぶつぶつと呟きながら、ガルディの娘へと近づく。

いくら『魅了チャーム』にかかっていると言っても、術者本人がいなければ、動かない人形と変わらない。

麻耶はそっとガルディの娘の頭に手を置くと、そこから淡い光が溢れ出す。

数秒、そのままでいると、ガルディの娘の目に浮かんでいた紋章は段々薄れていき、最後には消える。

それは『魅了チャーム』の効果が消えたと言う証。

ガルディの娘は『魅了チャーム』が解けたことによって、意識を取り戻し、自分がやったことを思い出す。


「お、オラ、エルフの子とあんちゃんになんてことを……。せっかく助けてくれたのに、邪魔するなんて」

「……仕方ない。あの変態男の術中にハマってしまったから。貴方が気に病むことはない」

「麻耶の姉ちゃん……」

「……後、貴方とばかり呼ぶのは気が引ける。名前、教えて?」


ちゃんと名前を聞いていなかったと思い出した麻耶は尋ねる。

名前を聞かれたガルディの娘はどこか困った顔を浮かべる。

それはそうだ。

奴隷として、売られた時点で名前など剥奪されてしまっている。

だからこそ、名乗ることもできない。

どういうべきか、困ったような顔を浮かべているガルディの娘に、麻耶は首を傾げる。


「……名前、わからないの?」

「……わからないんじゃない。名前はあったよ。だけど、『奴隷』にされてから、その名前は剥奪されたんだ」

「……剥奪されたと言っても、自分の名前だよ? 私の前じゃ、関係ないから、教えて」

「無理なんだよ。その名の通り、本当に『剥奪』されたんだ。オラ、名前を思い出せないんだよ。いや、誰もオラの名前を覚えちゃいないんだ。名前を剥奪されるっていうのは、元々その名前はなかったことになるんだ。その人物はいなかったことになるんだ。それが奴隷にされるってことなんだ」

「……そういえば、浩平は貴方のお父さんから頼まれたって言ってたけど、貴方の名前を呼んではいなかった」

「そりゃ、そうだよ。父ちゃんでさえも、もうわからないんだ。オラだって、父ちゃんの名前を思い出せないし」

「……なるほど」


麻耶は本を読んだことによって、得た知識を思い出す。

『奴隷』にされる時は身分、所持品などありとあらゆるものが剥奪され、売り出されると書いてあった。

まさか、名前までなかったことになるなんて、思ってもいなかった。

何故、そこまで……と麻耶は不思議に思いながらも、ガルディの娘へと目を向ける。


「……じゃあ、私が貴方に名前をあげる」

「え? 麻耶の姉ちゃんがか? オラは名前がもらえるなら嬉しい限りだけど……いいのか? 『奴隷』は道具みたいなもんだから、誰も名前なんて付けたがらないし」

「……関係ない。それに貴方は浩平の友達の娘さん。ということは私にとっても友達。友達を奴隷扱いなんてしたくない」

「麻耶の姉ちゃん、変わってるな。それほど友達欲しいのか?」

「……別にそういうわけじゃない。ただ、浩平の友達は私にとっても友達。そういうこと」


胸を張り、無表情ながらもどこかドヤ顔の様に見える麻耶の態度にガルディの娘はクスッと笑ってしまう。

どのみち、変わり者じゃん。なんて思いながら。


「とりあえず、麻耶の姉ちゃんが浩のあんちゃんを基準にしてるっていうのがよくわかったよ。それほど浩のあんちゃんはスゲェ奴なんだな」

「……うん、浩平は凄い。どれくらい凄いっていうかと、言い表すのが難しいくらい凄い」

「アハハ、そうなんだな」


さっきまでエルフの少女と浩平に対してした行動に頭を悩ませていたのに、同じ様に敵の術にハマっていた麻耶を見ていると、深く考えるのが馬鹿らしく思えてきた。

落ち込んでいたハズのガルディの娘は今、笑顔を浮かべている。

それを確認した麻耶は軽く頷いてみせると、口を開く。


「……それじゃ、貴方の名前だけどね? ルル、でどうかな?」

「ルル……。うん、悪くないよ。それにオラはつけてもらう方だし、贅沢は言わないよ。つけてもらえるだけでありがたいし」

「……そっか。あ、後」


麻耶は微笑んで頷いた後、ガルディの娘———ルルに近づき、首に取りつけられている『隷属の首輪』に触れる。

魔術式を展開した瞬間、麻耶の頭に流れてくるのは複雑にかけられた魔術式———例えるなら鍵のロック。

麻耶は奴隷の証の様な首輪が気になり、これが隷属の証なのだろうと判断したために、取り外しにかかったのだ。

浩平ならば、力づくで壊すことができるだろうが、麻耶にはそんな力はない。

だが、この世界で手に入れた知識と魔術がある。

麻耶が行っているのは鍵を持たないために、ピッキングをして、首輪を取ろうとしているのだ。

そのために複雑な魔術式が幾つも頭に浮かんできたのだが、麻耶は焦ることなく、魔術式を動かし、完成させていく。

まるで最初から答えがわかっているかの様に。

指を軽く動かし、正しい魔術式を選び、鍵として当てはめていく。

その作業は一分も経たない内に完了し、ガチャッ! と首輪が外れる音と共に地面に落ちる。

ルルはその光景に目を丸くしながら、自分の首と外れた首輪と視線を交互させる。


「え……? え?」

「……外れた。ピッキングはしたことあったからいけるかな? と思ったけど、成功。どっちも簡単だね」

「え? か、簡単ってコレを鍵なしで取り外すことが? う、嘘だろ。魔術に長けてるエルフでも難しいっていうのに、麻耶の姉ちゃんは一瞬で……」


『人間』とは、凄い種族なのでは? と思えてしまうルル。

二人はただの人間、とは言っていたが、もしこれで二人が人間の中では下の方だとするのなら、それ以上の人間はどれほどの力を持っているのだろうか、と考えてしまう。

実際に浩平と麻耶以外の人間二人とも遭遇しているが、東雲は特殊な力を、福山は女なのに鬼の様な怪力を振るってみせていた。

そのためにルルの中では、『人間』に対しての認識が間違った方向に進んでいる。

そのことなど知るハズもない麻耶は『隷属の首輪』を拾い上げると、魔術式を展開。

鉄の様な材質で出来ていた首輪は魔術式の中を通ると砂へと姿を変えて、地面に落ちていき、風に吹かれて飛んでいく。

麻耶は解除しただけではなく、『隷属の首輪』を別物へと変えて、消し去ってしまったのだ。

魔術はそんなことができただろうか? とルルは不思議に思ったが、『人間』である麻耶だからこそ、できたのだろうと考えが浮かび、納得した。

そんなことを思われているなどと麻耶は知る由もなく、どこかやり切った感を無表情ながら感じ取れた。


「……良い仕事した。これで気分が悪く感じることはない」

「ホントにスゲェや。麻耶の姉ちゃんは」

「……ポッ」

「あ、自分で言うんだ、そこ」


誉め言葉が嬉しかったのか、頬を淡い朱に染めながら、恥ずかしそうにする。無表情で。

しかも、頬が染まったことを口で言うのだから、ルルはその言葉に思わず反応してしまう。


「ホント面白いよ、麻耶の姉ちゃんは。それでだ、麻耶の姉ちゃん。これからどうする? このまま浩のあんちゃんと父ちゃんのところに合流しに行くか?」

「……うん、そうするつもり。だけど、向かうのは外の方向じゃない」

「え? どうして……まさか、浩のあんちゃんが来るから?」


まさか、と思いながらも、疑問を口にしてみると、当たっていた様で麻耶は頷いてみせる。


「……浩平なら必ず友達を助けに来る。メンドくさがりだけど、どこか素っ気ないけど、浩平はお人よしだから。必ずまた乗り込んできてる」

「そっか……。じゃあ、オラは麻耶の姉ちゃんについていくだけだ。浩のあんちゃんがどこに向かっているかなんて、わからないからな」

「……任せて。なんせ、私は浩平を見つけることが一番得意だから」

「麻耶の姉ちゃん、最早何者だよ? というより、浩のあんちゃんに依存しすぎてない?」

「……こっち、ついてきて」

「アレ? スルー?」


ルルの言ったことなど聞こえてないと言わんばかりに動き出した麻耶に、ツッコミを入れながらもついていくルル。

他のエルフたちにバレない様に、浩平が向かっているであろう場所を目指す。

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