逃走
領主の館の中。
槍や弓を携えた警備員であるエルフたちが巡回をしている。
その廊下を浩平と麻耶は隠れている、のではなく、堂々と歩きながら進んでいく。
警備員のエルフの前を堂々と歩き、すれ違っても、エルフたちは二人に反応を示すことはない。
まるで、そこには誰もいないかの様に反応しないのだ。
その様子を横目で見ながら歩く浩平は麻耶に耳打ちをする。
「いや、スゲェ便利だな。この『インビシブル』っていう魔術はよ」
「……透明になれるってあったから、興味本位で覚えておいた。まさか、役に立つ日が来るとは思わなかった」
「まぁ、お前のその頭脳のおかげで、今はこうやって潜入できているわけだ」
「……えへへ」
浩平にお礼を言われてか、頬を赤く染め、嬉しそうに微笑む麻耶。
そんな行動もエルフたちには見えておらず、あっという間に『マッピング』で表示されていた『領主の寝室』まで来ることができた。
こんなあっさりと来れてしまっていいのだろうか、という思いもこみ上げてくるが、来れたものは来れたのだから、よしとするべきだろう。
とりあえず、この中にまだあの三人が残っているのか、どういう状況なのかを確認するために扉に耳を当てようとした時だ。
『や、やめてください! 嫌です! 離してください!』
『大人しくしてください。大丈夫ですよ。すぐ気持ちよくなりますから』
『嫌です!』
「ッ!」
浩平はその叫び声を聞いたと同時に聞き耳を立てるのをやめて、扉を力強く蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた扉はそのまままっすぐ吹き飛んでいき、窓ガラスを突き破って、外へと落ちていく。
いきなり扉が吹き飛んだことに驚きを隠せないでいる部屋の中の三人―――青年と『隷属の首輪』をつけた少女、そして先ほどまで浩平と行動を共にしていた銀髪のエルフ。
「……解除」
麻耶は何かを察したかの様に、自分たちにかけていた魔術を解除すると、浩平と麻耶の姿が露わとなる。
二人は部屋の中へと入り込み、辺りを見渡し始める。
何かに怯えるかの様に部屋に備え付けられているソファに蹲っている『隷属の首輪』をつけた褐色肌の少女。
そして、ダブルベッドほどの大きさがあるベッドには青年によって押し倒されている涙目のエルフのエルフ。
それも銀髪のエルフの服はただでさえボロボロだったのに、青年の手によって破かれており、露出している胸を片腕で必死に隠す様にしている。
その姿を見た浩平は青年を睨みつけ、エルフの少女は涙目ながらも、浩平の姿を見て笑顔を浮かべる。
「お兄さん!」
「お前……どうやってここに。いや、そこの可愛らしいお嬢さんは「オイ」ん?」
浩平は両手をズボンのポケットに突っ込みながら、青年を睨みつける。
妖しく光る血の様に紅い、真紅の瞳に一瞬恐怖を覚える青年。
「何しようとしてんだ、テメェ? 俺の仲間の大切な人に何しようとしてんだ?」
「な、なにって、親睦を深めるためにだね」
「親睦深めるために? 女をベッドに押し倒して、しかも服まで破く必要あるのか!? あぁ!?」
怒気を含んだ荒げた声に青年だけでなく、銀髪の少女と褐色肌の少女もビクッ! と体を震わせ、反応する。
浩平はゆっくりとベッドの方へと歩き出していく。
その間に騒ぎを聞きつけてきた警備員のエルフたちが廊下に集まってきて、青年は笑みを浮かべて反応する。
「……『プロテクション』」
だが、麻耶が無属性を表す灰色の魔術式を展開した瞬間、扉があった部分には魔力の壁が作られ、入ってこれない様になる。
実際に入ってこようとしてきたエルフの警備員たちは魔力の壁に憚れて、中に入れないでいる。
中には魔術で壊そうとしている者もいたが、ビクともしない辺り、麻耶の魔力の壁はかなり強固な様だ。
その光景に驚きを隠せず、浩平へと再び視線を向ける。
その時にはもう浩平は目と鼻の先まで迫ってきていた。
「さぁ、領主様? このまま痛い目見るか、大人しくここにいる二人を解放して、見逃すか。どっちがいいです?」
「……え? オラも?」
自分も含まれていたことに驚きを隠せないでいる奴隷の少女は浩平を見る。
「あぁ、ガルディ……いや、お前の親父さんに頼まれてな」
「父ちゃんが!? ほ、ホントにオラもなのか!?」
「冗談言ってどうすんだよ。かなり心配してたぞ? 俺と会った時なんて、お前の心配ばかりしてて、周りが見えていなかった感じだったしな」
「ホントなんだな……。オラ、このままかとばかり。君は後でだって言われて」
「なるほどな。怖い思いをする前でよかった。麻耶、その子を頼む」
「……OK」
親指を立てて頷いてみせると、麻耶は奴隷の少女―――否、ガルディの娘へと駆け寄り、手を取ってあげる。
それにより安心したのか、溜め込んでいた涙が溢れ出してきて、麻耶へと抱き着き、涙を流す。
麻耶はそれを突き放すなどせず、そっと抱き締め、頭を優しく撫でてあげる。
浩平はその様子を確認してから、すぐさま青年を睨みつける。
「なぁ、領主様よ? どっちがいいか選んでもらえるか? ケンカするってなら、俺はそれでもいいぜ?」
手の骨を鳴らしながら、不敵な笑みを浮かべる。
だが、青年は笑みを浮かべ、エルフの少女の頭に手を当てようとした瞬間。
「させるか」
「ガッ……!?」
青年が何かしらの力を使おうとしていると理解した瞬間の行動は早かった。
目にも止まらぬとはこういうことなのだろうか、と思わせるほどのスピードで青年はいつの間にか殴り飛ばされており、窓を突き破って、外へと放り出され、地面へと落ちていく。
この屋敷は二階建てで、二階の一部屋が今いる部屋なのだ。
ロキによって、身体は強化されているはずだから、これくらいでは死なないだろうと思いながらも、警備のエルフたちが「東雲様!」と言って、出入り口からいなくなる。
恐らく落ちた青年――――東雲を心配して向かったのだろう。
浩平は恥ずかしそうに胸を隠しながら起き上がるエルフの少女を見て、羽織っていたフードマントを投げ渡す。
いきなり投げ渡されたフードマントを何とかキャッチし、渡された意味を理解すると恥ずかしそうにしながらも、優しさに嬉しさを感じながら、笑みを浮かべて羽織る。
元々浩平用に作られていたのもあり、エルフの少女の体全体を隠すことはできた。
ベッドから降りて、浩平の元へと走り寄る。
「あの、また……助けてもらって……。ありがとうございます。捕まったお兄さんを釈放できるかもしれないからって、私ついていって。結局」
「いや、気にするなよ。それに逆に捕まったおかげで、俺の相方に出会えたしな」
「……ども」
浩平の視線が向いた方へと、自然とエルフの少女も向き、麻耶が小さく手を振りながら挨拶する。
思わずエルフの少女も手を振り返す。
「さてと、そんじゃ、俺の目的は達成したわけだ。さっさとずらかるぞ、ここから」
「……了解。エルフもたくさん見れたし、満足」
「知的欲求が強いお前が大人しいな、と思ってたら、そういうことかよ」
「……だけど、この子たちは別。きっと、この子はドワーフだよね? そして、そこの子は他のエルフたちとは色々違う。興味深い」
目をキラキラ輝かせながら、ガルディの娘とエルフの少女を見る麻耶。
それを聞いて、少し引いたのか、離れようとするガルディの娘だが、その細い腕にどんな力があるのだと思いたくなるほどの力強さで、引き剥がすことができないでいる。
麻耶はその頭脳故か、知的欲求も強く、本をよく読み漁る。
趣味は読書と言えば、慎ましいイメージがあるのだろうが、その読んできた量は読書好きだと自負する人でも、気が滅入るほどだ。
暇があれば読書、それがどれだけマイナーな作品だろうと読むほどだ。
だが、今は本だけの、架空の存在であったはずの種族がたくさんいる世界に来たからにはどういった反応を示すか?
それは知りたいと言う知的欲求が出てくる。
とはいっても、時と場合も考えるため、今は大丈夫なようだ。
浩平は軽いため息をつきながら、麻耶へと近づく。
「そういうのは後にしてくれ。それもこいつらが困らない程度でな」
「……ラジャー」
了承くらい統一しろよ、と浩平は思いながらも、魔力の壁へと歩いていき、扉をノックするかの様に軽く叩く。
「それじゃ、コレを解除してくれ。今の内に逃げ出して」
「させるものですかッ!」
窓側から聞こえてきた声に反応し、皆は視線をそちらへと向けると、跳躍して戻ってきたのだろうか。
鼻血を流している青年の姿がそこにはあった。
それをメンドくさそうに戻ってきた東雲を見ると、頭を掻きながら向き直る。
「動けねぇくらいにはなってんじゃねぇかって思ってたが、その考えは甘かった様だな」
「当たり前でしょう。ロキによって、身体能力は強化されているんですよ。アレくらいでは再起不能などにはできませんよ。それに貴方にも仲間がいる様に私にも仲間はいるのでね、同族の」
東雲が指をパチン! と鳴らしたと同時にパリン! と何かが割れる音が響き渡る。
いや、この音は自分たちのすぐ後ろ―――扉があった方から聞こえてきた。
すぐさま振り返ると、粉々に砕け散る魔力の壁とハンマーを持つ、二メートルはあるのではないだろうかという巨漢の何か
麻耶自身はエルフにも破られなかった『プロテクション』が破られたことに多少驚いている。
ハンマーを肩に担ぎながら、砕け散った魔力の壁の残骸を踏みしめながら入ってきたのは。
「騒ぎになってるから、聞いてきてみりゃどういうことだい? 東雲?」
「すみません、福山さん。少々問題が起こりましてね」
「問題ねぇ……?」
姿を現したのは筋骨隆々の女性であった。
福山と呼ばれた女性は麻耶、ガルディの娘、エルフの少女と見てから、浩平を見て止まる。
見られ続けることに何か来るのか? と警戒をし、浩平が身構えた瞬間だ。
女性の顔は歪んだ笑みと言ってもいいほどの笑みを浮かべる。
「東雲、良い男がいるじゃないかい! エルフほどではないにしろ、かなりのさ! しかも、見る限りアタシらの同族だね。『人間』にしては珍しいくらいのイケメンじゃないかい!」
「えぇ、ですから、貴方へと思いましてね? 福山さん。私はそちらの三人が欲しいだけなので」
「そういうことかい! 良いとこあるね、アンタも」
「……ハハハ、なるほどな」
あの時、浩平が初めて会った『人間』だと言ったのは嘘なのだ。
余程嘘を吐くのが得意なのか、そこは見抜けなかった。
そして、エルフの男たちが一体どこへ消えたのか、合点が行った。
男禁制にしていたのは間違いなく東雲の仕業だろう。
東雲自身、ハーレムを築きたいと言う願望があったほどなのだから、間違いないはずなのだ。
そうなると、消えたエルフの男たちはどこへ行ったのか?
牢屋にいるではないのだろうかとは思ったりしていたが違う。
恐らく、街にいたエルフの男たちは全て福山という巨漢の女性へと捧げられたのだ。
一体どこにいるのか、無事なのかは浩平にとってはどうでもいいことなのだが。
獲物を見つけた獣の様な目で浩平を見ながら、ハンマーを軽く振り回し始める。
「それじゃ、遠慮なくいただこうかね! エルフの男どもは軟弱でツマらなかったところなんだよ!」
「あえて、なにしたのかは聞かないでおくわ。大体予想つくから。なら、俺もこういう時の奥の手を使うとしよう」
「ほぉ……。そういうほどなんて、余程ケンカ慣れしてるのかい? それとも、アタシの様に『戦い慣れてる』とかかい?」
「それはご想像にお任せするぜ」
浩平は不敵な笑みを浮かべながら、ポケットに手を突っ込んだ瞬間、何かを福山目掛けて複数投げつける。
福山はハンマーを振るい、その何かを壊した瞬間、潰された物から砂が飛び出してきて、福山の顔にかかる。
その瞬間、目に痛みが走り、目を抑えだす。
「ぐあああっ!? 目、目が痛い……!?」
「俺特性、煙玉ならぬ砂玉ってな。大量の砂を布で包んだやつだが、うまく行ったな。それじゃ」
「え?」
エルフの少女は思わず間の抜けた様な声を出してしまう。
それもそうだろう。
浩平が急に窓の方へと振り返ったかと思った瞬間、自分はいきなり脇で抱え込むように持ち上げられたのだ。
そのまま麻耶とガルディの娘の元へと走っていくと同時に東雲目掛けて同じ玉を投球。
そもそもケンカ慣れなどしてなさそうな東雲は反応することもできず、砂玉が顔に命中し、目を抑えて苦しみ出す。
「ぐああっ!? 目がぁ……!?」
「よし。麻耶!」
「……承知」
「ホント統一しろよ!? 了承の意ぐらい!?」
そう叫びながらも、浩平がもう片方の手でガルディの娘を脇で抱え込むと同時に麻耶は浩平の背に飛びつき、首に腕を、足を胴に回してしっかり掴まる。
それを確認した浩平はそのまままっすぐと窓へと走っていくと、前へと勢いよく跳躍し、窓から飛び出す。
「こういう時の戦法はな! 逃げるんだよぉ!」
「「え? えぇぇぇぇぇ!?」」
窓から飛び出したこととまさかの逃げると言う行動にエルフの少女だけでなく、ガルディの娘まで驚きの声をあげてしまう。
そして次第に重力に従い、下へと落ち始める。
やはりと言うべきだろうか、焦り出すエルフの少女とガルディの娘。
「お、落ちてます! お兄さん、落ちてます!」
「あんちゃん! このままだと地面にぶつかるぞ!? あんちゃん!?」
二人が焦った様に叫ぶが、麻耶が浩平の後ろから顔を出し、二人を見る。
「……大丈夫、浩平なら問題なし」
「「え?」」
そういったと同時に浩平が両足で地面に着地し、そのまま何事もなかったかの様に走り出す。
それも少女とはいえ、三人も抱えているのに、普段と変わらぬスピードで走り出す。
そのためか、後を追いかけているエルフたちをどんどん突き放していく。
その様子にエルフの少女とガルディの娘は驚きながら、浩平を見る。
「あんちゃん、獣人族でもないのに凄く速いんだな。力持ちだし。一応、あんちゃんの種族聞いてもいいか? 後、そこの姉ちゃんの名前も」
「あ、私もそれ聞きたかったです」
ガルディの娘の言葉にエルフの少女は同意するかの様に頷く。
一体どれほど凄い種族なのだろうかという期待が籠った様な二人の目。
そういえば、アリスの仲間とは先に出会ってたのに自己紹介がまだだったな、と思い出した浩平は口を開く。
「俺の名前は岩崎浩平。んで、こっちは」
「……陰陽麻耶」
「んで、種族はただの『人間』だ」
浩平は笑みを浮かべながら、そういった。




