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不良JKは弟(ぼく)に逆らえない  作者: 秋月志音
第五章 姉さんの作った場所だから
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6-6

 家の前では、母さんが不安そうな顔をして立っていた。しかし、僕らのことを発見すると、それは険しいものに変化した。


「帰りたくないんだけど」

「私も」


 僕と紅ちゃんの身なりはボロボロだった。このままあそこには近づきたくない。


「いや、ちゃんと怒られなさいよ」

「あれは心配してんべ」

「そうですよ。早く手当てしなきゃだし」


 僕らは諦めて、母さんのもとへと向かった。母さんは僕と紅ちゃんを上から下に見下ろしていってから、


「とりあえず中に入りなさい」


 とぶっきらぼうに言った。


 姉さんのいる居間にみんなで入っていき、簡単に手を合わせる。そして僕らの体の傷を母さんと千愛莉ちゃんが水で拭いてくれた。


「正座」


 そして、普段僕が唯奈なんかに言っている言葉が、僕の前に突き出された。僕が大人しく正座すると、紅ちゃんをはじめ、みんなが正座をした。


「とりあえず、何があったか一から十まで説明してもらいましょうか」


 母さんは威圧感のある笑顔でそう言った。僕は言葉を選ぶ。誰が悪いという言い方はしたくないからだ。


「全部、私が悪い」


 口を開いたのは紅ちゃんだった。紅ちゃんは本当に全部説明してくれた。姉さんのことや、唯奈とのケンカ、麗との微妙な距離間、そして、復讐のことを。


 紅ちゃんのことで呼び出された姉さんが、つまらない遊びに付き合わされて事故にあった。紅ちゃんはそのことを知ると、それをさせた人間を殺そうと思っていた。


 でも、そのことを僕らには知られたくはなかった。彼らを見つけるため、紅ちゃんは暴れまわった。


 僕に止められたとき、もうやめるべきだという自覚はあった。しかし、自分のせいで姉さんが死んだと思っている紅ちゃんはやめることができなかった。

 唯奈とぶつかった時も、唯奈が僕のこと心配しているのがわかると、何もやり返せなかった。


 そして、隠すことを覚えた。同じように姉さんのことを知った麗と、僕のことを心配してくれた唯奈と協力し、僕には元通りの紅ちゃんを見せたのだ。僕はそのことに全く気付かなかった。


 僕を含めて、みんな黙ってそれを聞いていた。今日のことまで話し終えると、紅ちゃんは大きく頭を下げた。


「ごめんなさい。……ハジメを危険な目にあわせて、ごめんなさい」


 僕は母さんのほうをを見た。母さんは凛とした表情をしていた。


「僕が携帯を盗られたから。紅ちゃんは悪くないんだよ」


 母さんが何か紅ちゃんに言ってしまったらどうしようか。そう思って、僕は自分のせいにしたくなったが、無理があったかもしれない。母さんは目を瞑った。


「私が全部悪い。私が――」

「悪いのはわかった」


 やっと母さんが口を開いた。僕は母さんが何を言い出すのかと身構えた。


「紅ちゃんは、これからどうしたいの?」

「……これから?」

「これから。まだ復讐したいの? それとも、うちで楽しくしているほうがいい?」


 そんな比較、答えは決まっているはずだ。しかし、紅ちゃんは口をつぐんでしまう。黙ったままでいると、また母さんが口を開いた。


「芳香のことはもういいの」

「……そんな!?」

「紅ちゃんの意思よ。紅ちゃんがどうしたいのか。紅ちゃんがどういう姿を、これから人に見せたいのか」


 紅ちゃんは答えに困っていた。簡単なはずなのに、紅ちゃんの口からその言葉は出てこなかった。


「……私、この家でただ笑ってることなんてできない。だって、私は――」

「じゃあ、もっとよく考えて。芳香はなんで紅ちゃんのことを守りたかったんだろう。ハジメちゃんはなんで、紅ちゃんのことを守りたかったんだろう」


 急に姉さんと横並びにされて、僕は驚いてしまう。僕は自分の答えを探す。紅ちゃんが酷い目にあうのが嫌だった。それはもちろんのことだ。でももっと明快な答えがあるはずだった。


「…………」


 紅ちゃんは口を閉ざした。そして、僕のことを見た。目を合わせようとしえいるわけではない。僕の傷を見ているのだ。


「……それはね、紅ちゃんといたいからよ」


 僕と紅ちゃんは、同時に母さんの顔を直視した。母さんは呆れたような顔をしていた。


「芳香は嫌だったのよ。自分の場所が奪われることを。誰かを守りたいって気持ちは、そういうことじゃないかな。

 ハジメちゃんもそうでしょ? 紅ちゃんと、みんなでいることができないのが嫌で、ずっとそれを取り戻したかった。だから、紅ちゃんを守りたかった。違う?」

「違わない」


 僕は言葉を咀嚼しないまま、反射的にそう返した。母さんは安心したように笑う。


「芳香がいないのは私も悲しいよ。そのことで誰かの介入があったなら悔しい。でも、紅ちゃんが戻ってこないと芳香がいた場所も戻ってこないのよ。芳香のために復讐をすることと、芳香の居場所を元に戻すこと。芳香はどっちを望むと思う?」


 母さんの質問に、紅ちゃんは何も言うことができないでいた。


「あたしは昔みたいに戻りたい」


 口を開いたのは唯奈だった。みんなが唯奈のほうを見る。


「確かに姐さんを呼び出したやつはムカつくし、それを黙ってた紅輝や麗も腹立つ。それでも、あたしは姐さんがいた頃みたいにバカやっていたい。今日みたいなのは……絶対嫌」


 唯奈の声は震えていた。姉さんがいなくなったとき、一番泣いたのは唯奈だった。今日のことは、そのときのことを連想させた部分があったかもしれない。


「私もよ」


 唯奈に続いて、麗が言った。


 麗は紅輝を真っ直ぐに見た。それは麗らしいとても優しい表情だった。


「僕もだよ。ここは姉さんの作った場所だから」


 僕も負けないように、紅ちゃんの背中を押した。紅ちゃんに重しを乗せたと言ったほうが正しいかもしれない。今、紅ちゃんはここにいるのだから。


「私も……新参ですけど」


 千愛莉ちゃんはそう言って恥ずかしそうに笑う。そしてみんなで、紅ちゃんの答えを待った。


 紅ちゃんの体が震える。そして、ようやく口を開いてくれた。


「……私も。また昔みたいにいたい。唯奈とバカみたいなことでケンカしたり、麗に悪戯したり、ハジメに叱られてみんなに笑われたりしたい」


 やっとそう言ってくれると、みんなは安心した笑顔になった。そして、紅ちゃんからは涙が零れた。


「な、泣くなよ、紅輝。あたしも泣いちゃうじゃん」

「もう泣いてるじゃない」


 さっきの時点で危なかった唯奈からも涙が流れると、麗は呆れるように言った。やっと戻ってきた。僕らの居場所が。


「さ、じゃあご飯にしましょうか。今日はみんなうちで食べていってね」


 母さんはそう言って立ち上がると、慌しく準備を始める。普段の二倍以上の人数に、どうやって食べさせる気だろうかと、この状況ながら心配になる。


「……唯奈」


 泣いている紅ちゃんが、同じく泣いている唯奈の名前を呼んだ。


「……何?」

「た、誕生日おめでとう」


 みんなが紅ちゃんを見て固まる。そして、確かにそうだと納得した。今日は唯奈の誕生日だ。


「……今言うか、それ?」


 唯奈が反応に困りながらそう言うと、みんなは笑い出した。

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