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不良JKは弟(ぼく)に逆らえない  作者: 秋月志音
第四章 いつまでもちっちゃな弟
30/42

5-5

「……あの時、私は色んなグループと関わってたから、色んな噂が聞こえてたの。紅輝の噂もいっぱいあったんだけど……芳香さんの噂もあって」

「姐さんの……どんなだよ?」


 芳香、という言葉を聞いたとたんに、唯奈はきつい口調に変わった。僕はそれを制した。


「教えて」

「芳香さんが事故をしたときに一緒にいたやつら。あいつらが、紅輝に対して酷いことをしようと企んでたって話。それで、芳香さんはその話を聞きつけて、その日そいつらのところに行ったって」

「はぁ!? 何だよそれ!? まさかそいつらが姐さんに何かしたんじゃねえのかよ!」

「唯奈、落ち着いて」


 僕は代わりに声を荒げてくれる唯奈のおかげで冷静でいられた。麗は動揺を見せるけれど、すぐにまた話を続けてくれる。


「そいつら、変なグループで。ケンカをしたりとかそんなことはないのに、そいつらのターゲットになったやつは酷い目に遭うって言われてて、妙に周りから恐れられてたの。

 誰かが紅輝のことをそいつらに話して、ターゲットにされたみたい。実際、紅輝も危ない目にあっていたから、芳香さんはそいつらに会いに行ったのよ」

「……じゃあ、姉さんは殺されたっていうの?」


 僕は感情をなんとか殺してそう言った。麗は首を横に振る。


「そうじゃなかったみたい。あいつらのすることは過度の悪戯。手すりが弱っていたのがわかっていたのに、その手すりの上に立たせるっていう度胸試しをさせたのよ」

「なんだよその話は!? 麗はなんでそこまで知ってるんだよ!?」

「そこにいた人間に訊いたからよ。噂を聞いてから、一人だけ探すことができたから」

「お前!? そいつを見逃したのかよ!?」


 唯奈は興奮して、僕を押しのけて麗に掴みかかった。両手で服の首もとを掴み、顔を近づける。


「……仕方ないじゃない。何をしたって……どうしようもないじゃない」

「唯奈、麗から手を離して」


 僕は唯奈の手を持って強めに言った。唯奈は奥歯をかみ締めながら、その手を離した。


「紅ちゃんは復讐するために、そいつらを探しているの?」

「そいつらと、そいつらに自分の情報を流したやつを、よ。昔と同じようなことをしていたら、きっと見つかると思ってるんだわ」

「……そいつらは今どこにいんだよ?」

「そのグループはもう解散してるわ。リーダーだったやつが別の件で問題を起こして、遠くに引っ越したのよ。芳香さんが亡くなったのを見てグループから抜けたやつもいたらしいわ。関わった人間で残っているやつはいるかもしれないけど、もうわからないのよ」

「何であたしに言わないんだよ!? 隠してたんだよ!? 知ってたら、絶対、紅輝と協力してでも、そいつらに復讐したのに!」

「そう思ったから言わなかったのよ」


 麗の判断は賢明だった。それは、他のことでもそうだ。僕はこの前のことを思い返していた。


「だから、麗は紅ちゃんを恨んでる人たちをまとめてたんだね。紅ちゃんが無理しても危なくないように」


 きっと麗は、紅ちゃんを止めることができないとわかると、その相手側をコントロールしようとしたのだ。後ろ盾を利用して、ルールを決めて。


 麗は一瞬僕のほうを見てから、目を瞑って大きく息を吸い込んだ。麗にも何か堪えているものがあるのだ。


「でも、結局無駄だった。私が真二郎たちを自由に動かすことができないってこともバレかけてたし、紅輝への復讐のためじゃないやつらも集まってきてたから。賞品に相応しいルックスになったせいね」


 中性的だった紅ちゃんは、高校生になってから女性らしさが前面に出てきていた。今の紅ちゃんは、誰が見ても美人だった。


「もうそろそろ、紅輝のことをなんとかしないといけないって思ってた。でも、もうハジメにバレちゃったものね。それが、良い方向に転んでくれればいいんだけど……」


 麗はさも自信なさげに言った。実際、紅ちゃんは僕の前でやめると言ってくれなかった。


「……なんだよ」


 気づけば、唯奈は密かに涙を流していた。顔を隠すようにして、肩を震わせている。


「唯奈、ごめんね」

「何でハジメが謝るんだよ」

「……ごめんなさい」


 謝るのは自分だ、と言いたいかのように、麗が小さく謝罪した。唯奈は何も発せず、ただ首を横に振った。


 やっぱり、みんな優しかった。唯奈も、麗も、紅ちゃんも、それぞれ誰かのためを想って行動していた。


 唯奈は僕を危険に晒さないことを一番に考えてくれていた。思えば、雨の日に来てくれるのも、僕が憂鬱になることを察知していたからだと思う。


 麗は紅ちゃんを支えようとしてくれていた。きつい言い方をすることが多いけれど、麗は一番周りを見ることができるのだ。


 そして、紅ちゃんは姉さんのことをまだ想ってくれていた。姉さんのために、僕にまで嘘をついたのだ。


 僕には……何ができるのだろうか。


「僕は守られてばかりだね」


 弱い僕は、親と姉さんが守ってくれていた。姉さんがいなくなると、新しい三人の姉が守ってくれていた。僕には何もできないのだろうか。


「そんなことないわよ。ハジメは、みんなのことをちゃんと守ってたわ」


 麗は優しい顔をしてそう言ってくれた。唯奈を見ると、唯奈もうんうんと頷いてくれる。


「……ハジメがちゃんとしてるから、あたしらは変なことできないんだよ」


 唯奈は涙声でそう言った。僕は二人の言ってくれることに自身は持てない。


「紅輝だって、そうなってくれたらよかったのに。芳香さんじゃなくて、もっとハジメのほうへ向いてくれたら」

「きっと大丈夫ですよ」


 ずっと見ていた千愛莉ちゃんの明るい声が響いた。僕ら三人は揃って千愛莉ちゃんの方を向いた。


「もっとちゃんと話し合えば、今度こそ大丈夫です。紅輝さんにとって復讐することが一番大事だったなら、ハジメちゃんにバレたときにあんなに落ち込まないと思うし」


 僕が頷くと、千愛莉ちゃんはにっこりと笑ってくれた。


「……紅輝のことは私がなんとかする。だから、もう少し待ってて。そうしたら――」

「また、みんな揃ってここに来てくれるの?」


 麗の言葉に、僕は期待を込めてそう言った。麗は気まずそうな顔をして口を緩め、小さく頷いた。

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