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不良JKは弟(ぼく)に逆らえない  作者: 秋月志音
第三章 もう、家には来ないでね
19/42

4-3

 僕は母さんとスーパーへ買い物に出かけていた。お一人様お一つ限りの卵をを二つ買いたくて駆り出されたのだ。


「ハジメちゃん、から揚げでいい? でもせっかく卵を安く買えたんだから、オムライスでもしよっか?」

「どっちでもいいよ」


 十六で姉さんを生んだという母さんは若く、まだ三十代だった。

 そして年齢よりも若く見えるため、いまだに二十代だと間違えられることがあるのが母さんの自慢だ。だからなのか、松竹梅トリオからも名前で呼ばれていて、お姉さん感覚で接している。僕はそんな母さんを恥ずかしいと思っていた。


「どうしよっかなー。お父さんはから揚げのほうがいいかな。どっちも作っちゃおっかな」

「どっちでもいいよ本当に。早く終わってくれたら」

「もう! なんでハジメちゃんはそんなにつれないかな。たまにはお母さんの買い物にゆっくり付き合ってくれてもいいじゃない」

「いや、この歳で母親の買い物に付き合うのは結構恥ずかしいんだよ」


 近所のスーパーなだけに、知り合いに見つかりやすいのだ。

 そして僕のこの外見。大きくなったわねーとか、偉いわねーとか、小さな子どもに向けられるような言葉をもらうのはもうこりごりだった。


「お菓子でも買う?」


 母親までが子ども扱いなのだからそりゃ言われるよな、なんて思いながらうなだれる。ため息も自然とこぼれた。


「お客さん用のがあればいいよ」

「ああ、切らしてたね。何か買っておこうか」


 そう言って母さんは、手早くお菓子を三袋ほど買い物かごに放り込んだ。父さんがもらってくるようなお菓子が底をつくと、こうしてスーパーで買い込むようにしているのだ。


「そういえば、ハジメちゃん。もうお菓子を作ったりしないの?」


 母さんはクッキーの箱の表示を見ながら、思い出したようにそう言った。僕は首を捻る。


「しない、かな。作る理由もないし」


 僕は昔、よくお菓子を作っていた。


 きっかけは、子どもとお菓子作りをしたかった母さんが、あんな感じだった姉さんの代わりとばかりに、僕に白羽の矢を立てたことだった。

 クッキーにケーキ。僕が作ると姉さんが喜んでくれたため、僕も少し凝ってしまった。三人が来るようになると、三人の分まで作るようになり、それが趣味のようになってしまった。


 思えばそれは、より自分が女の子扱いされる原因となっていた。


「食べさせる相手はいっぱいいるでしょ? 唯奈ちゃん、紅ちゃん、麗ちゃん、あと千愛莉ちゃんだっけ? っていうか女の子ばっかりよねぇ」


 交流のある同世代の人間が女の子ばかりというのも、僕の女々しさの原因の一つなのだろうか。中学生の頃はもう少し同性の友達がいたのだけれど、高校に入ってからは全く関わることがなかった。


 そもそも、当時から僕は少し浮いていたと思う。年上のガラの悪そうなのとばかり関わっていたら、友達も離れていくというものだ。


「知らない」

「そうだ、誰が本命なの? お母さんはそれを知っておいたほうがいいと思うのよねぇ」


 母さんは恋バナに花を咲かせる女子高生みたいにそんなことを言ってくる。僕は無視してレジの方向へと歩いていく。


「もう! 教えてくれてもいいのに」


 どうであっても、母さんにだけはそういうことを話したくはない。絶対に、言いふらされてしまう。そんなところも、母さんは女子高生みたいだから。

 そもそも僕は、千愛莉ちゃんはともかくとして、他の三人を今はそういう目で見られなくなっていた。きっと距離が近すぎたのだろう。


 レジの最中、僕はサッカー台辺りで待っていた。レジの方向を見ていると、見知った顔が目を引いた。紅ちゃんだ。


「買い物?」


 駆け寄っていき、僕はそう声をかけた。紅ちゃんは遅い反応ながら、僕の存在に気づいて少し口元を緩めた。紅ちゃんはTシャツにジーンズというラフな格好をしていた。


「うん。ハジメも?」

「母さんにつき合わされたんだ」


 そう言って母さんのほうを指差した。母さんは僕を探してキョロキョロとしている。

 悪いと思ったので、すぐに母さんのほうへ戻っていくと、紅ちゃんも後ろをついてきた。


「あ、いたいた。あら? 紅ちゃんじゃない」

「こんばんは、春香さん」


 母さんは紅ちゃんを見ると嬉しそうな顔をする。それは相手が唯奈でも麗でも同じだった。母さんは三人をとても気に入っているのだ。


 母さんも、三人をどこか姉さんと重ねているのだろう。特に片親で親元を離れている紅ちゃんには、結構お節介なことを言っている印象がある。こんなものを食べなさいとか、こんなものを食べちゃ駄目とか。


「紅ちゃんも買い物してたのね。あら? 飲み物だけ?」


 紅ちゃんの持っているレジ袋の中には、水と牛乳しか入っていなかった。母さんは目を細めて紅ちゃんを見た。


「やっぱり自炊、やめちゃったのね。またコンビニのお弁当なんでしょ?」

「えっと……はい」


 一人暮らしの紅ちゃんに、母さんは自炊を勧めていた。


 しかし、紅ちゃんは言われてから少しはがんばるものの、すぐにそれを諦めてしまう。これは毎度のやり取りだった。


「紅ちゃんに自炊は無理なんだよ。すぐ面倒くさがるから」

「う……」


 僕が言うと、紅ちゃんは岩でも乗せられたかのようにがっくりと肩を落とした。


「ハジメちゃん、言い方がきつい。ホント口が悪いんだから」

「家庭での教育の賜物です」

「まあ!」


 僕と母さんのやり取りに、紅ちゃんは苦笑いで返してくれた。そんな紅ちゃんを見て、母さんはにっこりと笑う。


「そうだ! 今晩うちで食べていきなさいな」

「いえ、悪いですし」

「むぅ」


 間髪を入れない拒否に、母さんは紅ちゃんを睨みつける。

 何か用事があるならともかく、その断り方では遠慮を嫌う我が母は納得がいかないことだろう。僕もそれに習って、紅ちゃんを睨みつけた。


 紅ちゃんは困った顔で僕らの顔を見回す。そして、母さんは今度は悲しそうな顔をした。これは母さんの「技」である。


「うちね、一つ席が余っちゃってるのよね」


 チラッと僕を見る母さん。ここは僕も協力しなければならない。僕は同じような表情を作った。


「うん」

「寂しいね」

「ね」


 ここにきて親子の連係プレー。その寸劇みたいなものをしながら、紅ちゃんのほうを見ると、紅ちゃんは明らかに動揺していた。


「あーあ、たまにでもその席に誰かが座ってくれたらなー。チラッ」

「……ごちそうになります」


 紅ちゃんはうちの母さんにも逆らえない。これも、昔からのことだった。

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