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不良JKは弟(ぼく)に逆らえない  作者: 秋月志音
第二章 絶対に戻ってこないものがある
12/42

3-2

 なんとなくの流れで、末光くんとアドレスや電話番号を交換してしまった。昔なじみの三人以外で、この高校では初だった。複雑な気分だ。


「ああいう輩と付き合うのはやめなさいよ」


 急に角からヌッと出てきたのは麗だった。携帯電話を見ながら歩いていた僕は、少しよろけてしまう。


「びっくりした……」


 麗は呆れたような目で僕を見ている。さっきからずっと待っていたのだろうか。


「あんたって本当、唯奈みたいなのが好きなのね」

「そんなんじゃないって。それに、別に付き合いがあるわけじゃないよ。たまたまお昼を一緒に食べてただけ」


 この言い方だと末光くんには悪いと思う。ただ僕は麗を安心させたかったのだ。


 麗はわざとらしくため息をつくと、体が触れ合いそうな距離まで近づいてくる。麗からはいつもの甘い匂いがする。


「この前、真二郎と会ったんだってね。私を探してたの?」

「探してたっていうか、真二郎さんがいたから、麗もいるかなって思っただけだよ」


 ふうん、と麗は何もないところを睨んでいた。どうやら、何か言いたいことがあるらしい。


「ひょっとして、千愛莉ちゃんのこと?」

「はぁ? 誰よ、それ」


 ちょっと麗はケンカ腰になって、僕を睨んでくる。

 麗のそれは、さっきの末光くんよりよっぽど迫力がある。まあ、慣れたものだけれど。


「紹介したいと思ってたんだ」

「はぁ? なんで私がハジメに女を紹介されなきゃなんないのよ」


 なんでと訊かれたら、どう答えたらいいものだろうか。友達だから紹介する、というのも不自然な話だった。


「まあいいじゃないか。いずれ会うことになるから、その時でいいよ」

「何よそれ……ふんっ」


 麗は不機嫌そうにそう言うと、さっきのような距離を取った。


「麗、今度はいつ家に来るの?」

「今日行こうと思ってたけど」


 そうか。なら、千愛莉ちゃんの都合さえつけば来てもらおう。

 麗は千愛莉ちゃんみたいなタイプの人に優しいのは知っているし、日が合えばすぐに会わせたいと思っていたのだ。


「分かった。じゃあ、待ってるよ」

「え? うん……」


 麗は不審そうな顔で僕を見てから、その場を離れていった。麗がなんで不機嫌になっているのかは、僕にはよく分からなかった。


 麗が離れていくタイミングを見計らってか、急に後ろの方から気配を感じた。振り返ると、廊下の角から紅ちゃんが覗いていた。


「うわっ! びっくりした……」


 この人たちは常に僕を監視でもしているのか、僕が一方的に発見される回数が多い。いつも不意を突かれるのだ。


 学校で会う紅ちゃんは、三人の中では一番まともな身なりをしている。ただ紅ちゃんの元々のだらしなさからか、ネクタイの締め方は下手だった。


「ハジメ」

「何? 麗がいる時に来たらいいのに」


 少し呆れたように言うと、紅ちゃんは左手に何か持っているのか、それを廊下の角から引っ張りだした。


 出てきたのは物ではなく人。それは末光くんだった。


「コンニチハミキモトクン」

「…………」


 末光くんは、ウサギみたいに首の後ろ部分、制服の襟のところを持たれていた。


 それにしても、早い再会だ。僕は驚きのあまり、しばらく言葉が出ず、初めて珍獣を見るときのように末光くんを見てしまった。


「これ、どうしたの?」

「いや、ハジメに悪さをしたのかどうかを訊こうかと」


 それで僕の前に連れてきたわけか。


 びびり倒して肩が上がり、手を胸の辺りで静止させている末光くんの姿はとてもかわいそうなものだった。怯え切った小動物みたいだ。


「さっき一緒にいたから、またハジメに絡んでるのかと思って。こいつはハジメと友達になったって言うし」

「…………」


 末光くんは僕をうるうるした目で見ている。ペットショップでこんな目をした動物がいたら飼ってあげたくなるような、そんな目だった。


「離してあげて」

「いいのか?」

「うん。友達だから」


 そう言うと、やっと紅ちゃんの手が離され、末光くんの肩が下りた。


「ハジメ、友達にするのはよしたほうがいい相手だと思うぞ」

「ううん、大丈夫だから。末光くんはもう行っていいよ」


 末光くんは紅ちゃんのほうをチラッと見る。しかし、紅ちゃんがそちらを見ると、すぐに目を逸らした。

 そして、僕のほうを見てから、紅ちゃんに頭を下げた。


「で、では! 失礼します!」


 末光くんはそう言って足早に去っていく。礼儀正しい所作の後、決して廊下は走らないという姿勢を貫きながらもなかなかのスピードを出している。


「もうつかまるんじゃないぞー」

「俺は鶴か!」


 恩返しにでも来てくれるのだろうか。来てくれなくていいけれど。何気に僕は末光くんのツッコミが少しだけ気に入っていた。


「……紅ちゃん、色々と言いたいことがあるんだけど」


 僕が少し怒気を込めて言うと、紅ちゃんは目を逸らした。僕が叱ろうとしていることを察したのだろう。


「あの……ハジメの交友関係が心配で……」

「心配してもらわないで結構。紅ちゃん、もう暴力はしないって約束だったよね?」


 本当に約束は果たされているのだろうか。

 まあ、こんな些細なことで絶縁する気はない。それは、僕にとっても辛いことだから。


「あいつを殴ったりはしてない……」

「あれはもうほとんど暴力だよ。あんなに怯えているんだから、手で捕まえておく必要なんてないでしょ?

 そもそも、紅ちゃんは僕と末光くんが一緒にいるところを見ただけで、前みたいに僕の胸倉を掴んでるところを見たわけじゃない。それであれはやり過ぎだよ」


 当然、殴ったりしていないのも分かっていた。元々、紅ちゃんは弱いものいじめのようなことはしないのだ。こう言うと末光くんがより哀れになってしまうけれど。


「う……」


 紅ちゃんは申し訳なさそうな顔をして俯いた。紅ちゃんに悪気がなく、僕のためを思ってしてくれているのは分かっているので、強く言うわけにもいかない。


「……とにかく、僕は大丈夫だから。もう末光くんを締め上げるのはやめてあげてね」


 そうやんわりと言うと、紅ちゃんは心細そうな声で、わかった、と呟いた。


「あ、でも……」


 と、僕は思い直して一つ訂正を加える。


「たまには話しかけてあげて。紅ちゃんが抑止力になっているみたいだから」


 これで末光くんは大人しいままだし、紅ちゃんも校内で僕以外の人と関わりが残ったままになる。一石二鳥だ。


 紅ちゃんは首を少し傾けて、わかった、と呟いた。



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