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不良JKは弟(ぼく)に逆らえない  作者: 秋月志音
第二章 絶対に戻ってこないものがある
11/42

3-1

 僕は学校では一人でいることが多い。それは入学式の時に悪い目立ち方をしたことが原因の一つだけど、一人が楽だからというのもある。


 当然のように、昼休みも一人でランチだ。極力人のいなさそうな場所を探した結果、渡り廊下近くのベンチに陣取り、黙々とお弁当を食べていた。


「おーう、三木本。一人メシか? おめー、友達いねーべ」


 諸悪の根源が来た。この人こそが、入学式の日に僕に絡んできた、悪目立ちした原因だ。


 髪を染め、ズボンを随分下まで下げて履き、いかにもな不良だった。


「誰だっけ?」


末光すえみつだよ! 入学式でおめーの胸倉掴んだ末光!」

「ああ、その後に竹原先輩に胸倉を掴まれていた末成くん」

「末光!」


 その末なんとかくんが、今さら僕になんの用があるのか、時々こうして絡んでくる。今の状況が紅ちゃんに見つかったらまた怖い目にあうかもしれないのに。


 入学式の日にそんな一部始終があったことで、中心にいた僕は他の人の目を気にしてしまうことになった。つまり、彼のせいで友達が作りづらくなったのだ。


 まあ、僕自身の問題でもあるのだけれど。ここはこの末なんとかくんに押し付けておく。


「昼飯、一緒に食ってやんべ」


 唯奈よ。方言でもないのに「べ」とか付ける人はこれほどまでにバカみたいに見えるんだよ。唯奈に変な口調をやめてもらいたいと思ったのは、この末吉くんの影響が大きかった。


 いったいどこで学んでくるのだろう。そういう学校があるのか、伝える風習でもあるのか。バカ界では言語のような扱いで継承されているのかもしれない。


「うーん、嫌かな」

「おめー、本当に俺のことなめてんな!?」


 その通りだ。

 紅ちゃんは確かに強いけれど、別に殴られてもいないのにすっかり怯え切っている末吉くんは、もはやかわいいくらいである。


 だから僕にとって、普通のクラスメイトよりもよっぽど扱いが楽な存在だった。


「本当に虎のなんちゃらのなんちゃらだなおめーは! 竹原さんが守ってくれるからって調子づきやがってよ」


 虎の威を借る狐と言いたかったのだろう。分かった自分を褒めてやりたい。


「別に、竹原先輩は関係ないよ。末吉くんはあんまり怖くないよ」

「末光だよ!」


 なぜよりによってこんなやつだけが僕に積極的に話しかけてくるのだろうか。虚しい。


「用なら訊こう。用がないなら、お互いのために関わらないようにしようよ。竹原先輩が怖いんでしょ?」

「用とかじゃねんだよ! 前の一件で俺は竹原さんに目を付けられてんだよ! だから仲良くしてあげようとしてんじゃねえか!」


 つまり、紅ちゃんに怯えて、僕に媚を売ろうとしているというわけだ。

 思っている以上に小者である。仲良くしてあげる、などと上から言われてお願いしますと返す人間などいない。


「竹原先輩には僕から言っておくから、もう僕と関わらなくていいよ。」

「言わなくていいべ! また竹原さんが俺のとこ来るじゃねえか!」

「何? 紅ちゃん、そんなによく君のところに来るの?」


 紅ちゃんは暇なのだろうか。僕にとって末松くんは、よっぽど暇じゃない限り相手をしたくない人だった。


「おめーが竹原さんに俺のことを言うたびに俺のところに竹原さんが来んだよ! 説教くらうんだよ!」


 僕は彼のことをそれほど紅ちゃんに言っているつもりはない。それどころか、言った記憶が一切ない。

 被害妄想か、あるいは紅ちゃんの八つ当たりか。なんにせよ僕には関係のないことだった。


「竹原先輩が君に文句を言って、君はまた僕のところに文句を言って、それを知った竹原先輩がまた君に文句を言う。凄いな、永久機関だ」

「ただの悪循環だよ!」


 そういう理解はできるようだ。僕は末松くんを少し見直した。


「竹原さんが俺に説教をするせいで、俺は皆にバカにされるんだよ! 痛いものを見る目で俺のことを見るんだよ!」


 だから、僕と仲良くして、それを脱却したいわけか。


 しかし、みんなにバカにされないというのはもう無理だと思う。

 自分を大きく見せることに失敗し、自分より弱い人間の前でだけ強気でいて、結果鼻で笑われる。それが末松くんの個性だと思うから。


「……こんなはずじゃなかったのに」


 しかし、そんな言葉を聞くと、僕も少しだけ彼のことがかわいそうだと思ってきた。


 まあ、入学初日に、よりによって僕みたいなひ弱な人間の胸倉を掴むような小者に情けは必要ないのかもしれないけれど、紅ちゃんによって彼の弱い立場が決定したのなら、それは哀れな話だから。


「いいよ、一緒にお昼ご飯を食べよう」

「……おめー、優しいな!」


 末松くんは無邪気に笑う。なんか単純だ。ある意味、僕はこういう人に弱いのかもしれない。

 末松くんは持っていた惣菜パンに噛り付く。美味しそうに食べるところを見ると、なんだか憎めない。


「もぐ、そういえばおめー、もぐ、知ってっか?」

「噛みながら話さないで、汚いから」


 僕が言うと、末松くんは無言で咀嚼し始めた。意外と聞きわけがいい。

 末松くんは今食べているものを飲み込むと、また話し出した。


「竹原さん、ヤクザとも繋がりがあるんだってよ? ヤクザと話してるとこを見たやつがいるらしーべ」


 それは、きっと真二郎さんとか、麗関連の人だろう。


 繋がりがある、というのは間違いではない。麗との交流を絶っていても、真二郎さんたちは紅ちゃんのことを知っているわけだし。


「へえ」

「いや、へえって!? 怖くねえのかよ!?」


 むしろ安心というか、真二郎さんたちが紅ちゃんのことを守ってくれるならありがたい話だった。


 僕がそんな風に考えるのも、真二郎さんたちに対して失礼なのかも知れない。彼らは僕にとって、恐ろしい組織でもなんでもなく、むしろ強い味方なのだ。


「おわ! 噂をすれば!」


 末松くんは、そう言って俯いた。紅ちゃんが来たのだろうと思ってそちらを見ると、現れたのは麗だった。


 麗が極道の娘って、結構知られているのだろうか。それならさっきの話も、紅ちゃんと麗が繋がっている、とわかりそうなものだけれど。

 麗はこちらを見て僕と少しだけ目を合わせるとまた前を向き、そのまま去っていった。


「やべー。あっちは本物だべ。こえー」

「末松くんって、本当は凄く臆病なんじゃないの?」

「あんだとこらぁ」


 末松くんは僕を睨みつける。不思議なもので、本当に全く怖くない。


 真っ直ぐに末松くんのことを見ていると、向こうのほうから目を逸らした。


「……すえみつなんだけど」

「あ、ごめんなさい」


 割と本当に末松で合っていると思っていた。僕は心から申し訳なく思った。


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