勇者は闇に潰える ─異世界魔獣奇譚─
───嘘だろう。
目にした現実を受け入れられず、思わず呟きが漏れた。
貴族ばかりの学園になんて行きたくない。
そう言って泣いていた彼女が、平民では手の届く筈のない綺麗なドレスを着て、王太子の隣で笑っているなんて。
彼女と僕には、家族が居ない。
でも物心ついた頃から町の孤児院で共に過ごした、家族であり、幼馴染であり、恋人だった。
魔獣と呼ばれる異形の獣が棲むこの世界では、魔獣の被害による孤児が少なくない。
特に僕たちが育った町は魔獣の多い北の森に近いため魔獣の被害が後を絶たず、彼女も僕も家族を魔獣に奪われて、孤児院に保護されていた。
平民では珍しく魔力が発露し、魔法を修めるべく泣く泣く学園へと入学して行った彼女からは、入学当初は毎週のように手紙が届いた。
やはり貴族ばかりで身の置き場が無いこと。
それでも魔法の授業は面白いこと。
何かと親切にしてくれる人もできたことなど…。
しかしそれも暫くすると段々と届かなくなり、3ヶ月も経つと途絶えてしまった。
学園に馴染んで楽しんでいるならそれでいい。
でも手紙を書く気力もなく落ち込んでいたらと思うと居ても立ってもいられず、王都へと向かった僕を待っていたのは受け入れがたい光景だった。
「私の恋人に何の用だ?」
敵意を剥き出しにして王太子が問う。
その腕が彼女の腰に回り抱き寄せると、彼女は嫌がる素振りもなく、むしろ嬉しそうに王太子にすり寄った。
「もう、帰ってこないつもりか…?」
「やぁだ。私は彼のものよ?」
やっとのことで絞り出した問いに、鼻で嗤う彼女の様子に目の前が暗くなる。
「僕、」
「黙れ。話すことは無い。今後彼女に近づくな。」
僕を遮りそう言い捨てると二人は背を向けて歩き出した。
去り際、王太子は彼女に口付けると、勝ち誇ったような視線を僕に向けて。
──どうやって戻ってきたのか、記憶がない。
気がつけば町の自宅に戻ってきていた。
「もう、行こう。」
そう呟くと暮らし慣れた部屋を出る。
もうここへは戻らない。
近年活発になってきた魔獣の影響か、僕の体には新たな力が目覚めていた。
──振られた勇者なんてカッコつかないかな。
数十年、数百年に一度、魔獣の力が膨らむと、それに呼応するように現れる救世の戦士。
その力に目覚めた僕は彼女に会いに行った。
学園で辛い思いをしているなら、共に旅に出るために。
勇者には聖女が必要だから。
でも、彼女は──
「こんな世界なら滅べばいい。」
勇者は闇に潰えたのだ。