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穏やかなる?日常

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 土岐頼芸様方への弁明が終わった後は、比較的穏やかな日々が続いている。

 領内では、兵たちを使って溜め池作りを行ったり、鶏を買ってきて、鶏小屋を作ったりしている。

 志摩にも、神宮の神使である鶏を賜り、鶏小屋を作らせた。



 実家を通じて登用した服部半蔵保長は、暗い表情をした物静かな人物で、忍者って感じの人である。

 足利家で乱波働きをしてきて、扱いが不遇だったからか、当家での待遇に大層感謝された。

 服部半蔵には、家宰の黒田下野守の下に入ってもらい、行政直属の忍衆になってもらう。

 軍にも忍衆は必要だが、当家では軍はあくまでも政の一部と言う考えであるし、行政が意思決定するためにも、情報収集の必要があるため、伊賀者には行政直属である必要があった。

 将来的には、他の忍衆を軍直属の忍衆として雇用する必要があるだろう。

 取り敢えず、服部半蔵の一族を基軸に、臨時雇いの伊賀者などを使い働いてもらうこととなった。

 鵜飼孫六率いる甲賀者は、わし直轄の忍衆と言う立場になる。

 行政が知らなくても良い仕事はそれなりにあるからな。



 文官不足や将来を見据えた武家官僚を増やすためにも、仕官希望の牢人を集めている。

 取り敢えず、領内には何ヵ所かに、仕官希望の牢人を募集する立札を立てた。

 後は、畿内や関東に人を放って、使えそうな牢人を集めることとする。

 伊賀衆が増えたことで、情報収集を兼ねて牢人探しをする人材が増えたことは喜ばしいと言えるだろう。



 当家に下向してきた九條稙通卿だが、僅かな家僕しか連れて来ていなかった。

 経済的に困窮しているせいで、都の邸や荘園は代々の家礼に任せてしまっているらしく、畿内の分限者の家を転々としていた様である。

 そのため、連れている家僕も少ない様だが、本人はあまり気にしていない様だ。

 取り敢えず、客人用の屋敷に住んでもらうことになったので、新たに客人用の屋敷を建てる必要がありそうだ。

 九條卿は、外祖父である三条西実隆の影響を強く受けたのか、古典研究に熱心な様で、当家に来る前は、一条兼良の『伊勢物語愚見抄』を書き写すなどしていたらしい。

 九條卿が当家に下向したのも、美濃なら美濃紙を存分に使えると言う下心もあったらしく、早速、美濃紙を所望された。


 九條卿が連れてきた家僕たちは、古典を持ち運ばせるために連れてきた家僕らしく、料理など出来ないため、九條卿の食事は当家で食べることが殆どだ。

 遠慮することなく、沢山食べる九條卿を観ていると、実家が恵まれていたことを改めて認識させられる。

 九條卿曰く、当家の食事は美味いらしい。

 家臣たちと住んでいた時は、わし以外誰も料理が出来なかったので、わしが作っていた。

 しかし、妻を迎えるにあたって、新たに下女を雇い、妻が連れてきた女房たちが仕えてくれた。

 それは良かったものの、料理を作らせたところ、口に会わなかったので、わしが料理を教えることとなったのである。

 そのため、わしがそれなりに食べれるような味付けになり、妻やたまに食事に来る家臣たちも美味いと言っている。

 九條卿も畿内の分限者のところで食べるより美味いと言ってくださるが、わしが猪や鹿の肉を食べていると、顔をしかめる。

 九條卿や妻はジビエは抵抗があるらしく、志摩から運んだ海産物の干物や川魚を好んで食べている。わしだって、肉だけでなく魚も食べてるんだがな。



 そんな妻の栄子が、ある日体調が悪くなったので、驚いたが、妻に仕える女房たちの話では、どうも懐妊したらしい。

 若さ故に頑張ったし、女房をから月のものの時期を聞いていたので、オギノ式で計算して、その時期は出掛けずに頑張ってい甲斐があると言うものだ。

 妻が懐妊し、鶏が卵を産み始めたこともあり、妻に薬として卵焼きを作る様にしたところ、九條卿まで所望する様になったのには、思わず困ってしまったが。

 その後、生まれてくる子供のためにも、乳母が必要であると言うことになり、身近に乳母となりそうな女人がいない。

 そのため、黒田下野守や九條卿と相談したところ、繋がりの深い公家衆から乳母を迎えるのが良いだろうと言うこととなり、実家の近衛家に乳母を送ってもらう様に頼むこととなった。


 そんな穏やかなる?日常を兼山と志摩を往き来しつつ、決裁や事務業務、現場視察・指導をしながら過ごしていた頃、馬路宮内が帰還したのであった。

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