第三話 獣人村
「いえいえ、顔を上げてください。この大陸での人間と獣人との関係を鑑みれば貴方の対応は正しい」
俺が右手に持つ棍棒をポーチにしまいながらそう言うと、牙哭は顔を上げ、嬉しそうに笑った。涼葉とは違い、牙哭は獣の要素が強くハスキー犬のような顔立ちである。
「おお!人族にも貴殿のような者がおったのだな!」
そう言うと牙哭は立ち上がり、俺に右手を差し出した。大きな肉球が付いたモフモフの手だ。
「俺は牙哭。村の門兵をしている」
「俺はヒロキ=ヤマセだ。東方の島国からやってきた」
俺が名乗ると、牙哭は不思議そうに首を傾げた。
「東方の…?なぜわざわざそのようなところから?」
牙哭の質問に、俺は口をつぐむ。どういう風に言えばよいのだろう。異世界からやって来たと言っても到底信じてもらえないだろう。だが…どう言うか。
「じ、実は俺は商人なんだ。そして、西方に大きな大陸があると聞いてな。やって来たんだが、途中で船が難破して俺一人だけこの大陸に流れ着いたんだ。そうして彷徨ってるときに、涼葉さんが襲われているところに出くわしたという訳だ」
俺がそう言うと、場に何とも言えぬ空気が流れる。あれ、なんでだろう。
「そ、そんな大変な状況やったのにうちの事助けてくれたん?」
涼葉はそう言うと目じりを濡らしながら俺の両手をつかんだ。
「あ、あぁ」
俺がそう答えると、後ろの獣人たちに向かって命令する。
「ええかあんたら!これからうちら『風』はヒロキを仲間に迎え入れる!ヒロキは人間やけど、獣人差別をせんええ人や、これを村全域に族長命令として報告や!」
涼葉の命令で獣人たちは一斉に村の方向へ向かう。いや、それよりもだ。
「涼葉さんって族長だったのか?」
俺がそう問うと、涼葉はただでさえ大きな胸をさらに張って威張るようにして言った。
「せやで!うちはあの獣人が集まって暮らしとる『風』って村の族長なんや。元々はうちのおとうはんが族長やってんけど、去年流行り病で死んでしもてな。うちの他に子供も居らんかったさかいうちが族長になったんや」
涼葉はそう言うと徐に俺の腕をつかんだ。
「ほら、此処で立ち話してたらまたゴブリン来よるかもしれんし、村に入ってから話そうや。お兄さん今行く当てないんやろ?ほなうっとこの村で泊まってってや」
涼葉はそう言うと俺の腕を引く。
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しばらくすると、木で作られた柵の中に木造の家が建ち並ぶ場所が見えてきた。おそらく、これが村だろう。入口の門を通り、辺りを見渡すと、例にもれず頭から獣の耳を生やした人々が暮らしている。空地のような場所で小さな子供たちが走り回り、畑では耳を出す用の穴の開いた帽子をかぶった獣人たちが作物を収穫している。その全員が特にやせ細っているという訳でもないのでこの村は裕福なほうなのだろう。
「良い村だな。活気に溢れた良い村だ」
俺がそう言うと、涼葉は嬉しそうに笑った。
「うん!うちの自慢の村や!」
涼葉に腕を引かれるまま村の奥へと進むと、一際大きい家が目の前に現れる。ここで俺が驚いたのは、恐ろしいほど建築様式が日本のものに似ていたことだ。昔ながらの日本家屋とすごく類似している。
「着いたで、ここがうちの家や。ヒロキにはおとうはんの部屋使ってもらうわ。おとうはんが死なはってからうち一人でこの家住んでて、うち一人やったら広すぎる思てたところやから嬉しいわぁ」
涼葉がそう言って家の戸を開けると、中から一人の獣人が現れた。
「涼葉様!ご乱心か!?人間の男を村に引き入れる等言語道断!この牙刃が許しませんぞ」
「口を慎みや牙刃。このお人は私の命の恩人や。それに、獣人を迫害するような思想を持ってへん。むしろ、獣人を知らんかったぐらいや」
「なら尚更です!そんな素性のしれぬ男を村に引き入れ、あまつさえ涼葉様の家に住まわせるなどとんでもない」
牙刃はそう言うと、帯刀している曲刀を抜き放ち、俺に向かって刃を向けた。
「おい人間、速攻この村から立ち去れ。立ち去らぬなら貴様の首は胴とお別れすることになるぞ?」
どうすればいいのか。俺は少し考え、牙刃に話しかける。
「そうは言ってもな、お前に何の権限があってこの村から俺を追い出そうとする。さっき涼葉さんが言ったように、俺は獣人を差別する考えなど持ち合わせちゃいない。それに」
俺がここまで言うと、俺の言葉を待たずに牙刃は切りかかってくる。だが、もう十分だ。
俺はポーチの中から先ほどのこん棒を取り出し、曲刀の前へと構える。何故か先程の魔物たちとの戦闘時よりもこん棒が軽く感じる。そのおかげで少し速く振るうことができ、俺の頭と曲刀との間にこん棒が滑り込んだ。
曲刀は、鋭い切れ味でこん棒の中程まで刃を喰いこませるが、そこでようやく止まった。
「ぐうッ!なんと卑怯な」
牙刃はそう言って曲刀をこん棒から抜こうとするが、中途半端に中程まで刃が食い込んでいるせいで抜けない。俺は曲刀を抜こうとした牙刃の腹部を蹴り飛ばす。牙刃は少し吹っ飛び、突き当りの壁に衝突し、膝から崩れ落ちた。
「お兄さん、すんませんでした。またうちの若いのんが。悪う思わんといてや。彼奴も悪い奴ではないんや。ただ、おとうはんとおかあはんを人間に殺されよってな。人間っちゅう種族自体をまだ許せてへんねん」
そういう涼葉はどこか哀し気な顔を浮かべていた。
「どうなさりましたか涼葉様!?」
その時だった。後ろの方から声がしたのでそちらを向くと、先程の獣人、牙哭がこちらに走って来た。恐らく牙刃の怒鳴り声を聞いて駆けつけたのだろう。
「あぁ、牙哭丁度ええわ。あの阿呆を連れてってくれんか」
そう言われると牙哭は涼葉が指さした家の奥を覗き、大きなため息を吐く。
「あぁ、なるほど。奴がヒロキ殿に絡んだわけですな。了解いたしました」
そう言うと牙哭は牙刃の首根っこをつかんでずるずると引きずっていった。
「さ、お兄さん。部屋にご案内するね」
涼葉はそう言うと、家の奥へとたとたと歩いて行った。日本家屋に似ているから土足はダメなのかなと思ったが、そんなことはないらしく涼葉は靴を履いたまま家の中へ上がっていった。俺もそれに倣い、土足のまま家に上がる。普段土足で上がらないところに土足で上がるものだから、何か背徳的なものがある。部屋は障子で仕切られており、本当に日本家屋によく似ている。しばらく歩くと、涼葉が一室の障子を開けた。
「ここがおとうはんが使ってた部屋や。自分の部屋や思って使ってもらって構わんで」
涼葉はそう言うと、俺に足袋のような物を渡してきた。
「うちらの村ではな、部屋の中ではこれを履いて過ごすっていう、なんやろ、決まり?みたいなのになってんねん。だから、はい。これおとうはんのおさがりで悪いけど」
俺は言われるがまま足袋をはき、部屋に入った。中は床の間になっており、奥には大きめの窓から海を見渡せるようになっており、豪華とまではいかないにしてもなかなかの部屋である。
「随分と良い部屋だな」
俺がそう言うと、涼葉は苦笑しながら答える。
「おとうはんはこの海を見るのが好きやったんよ。子供のころはようおとうはんが『この海はわしらの宝や。海はな、わしらに恵みも災いも平等に与えよる。決して差別なんてせんのや』ってよう言うてはったわ」
そう言うと涼葉の目にうっすらと涙が浮かぶ。気丈に振る舞ってはいても、やはり父の死は悲しいのだろう。
「っと、しょうもない話はこれでしまいや。ほんならごゆっくり。夕飯出来たら呼ぶわな」
俺の視線に気付いたのか、涼葉はパタパタと家の奥へと行ってしまった。
俺は障子を閉め、座椅子に腰を下ろす。座椅子は座卓と合わせられており、ちょうどいい高さだ。
「さて、と。ステータスの確認でもするかな」
俺は再び、右手を振り上げた。すると目の前には半透明のウインドウが現れる。
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ヒロキ=ヤマセ(18)male
体力:10/10
魔力:5/5
〈所持スキル〉
『異空創造クリエイション』、『能力可視化ヴィジュライゼーション』、『言語理解マルチランゲージ』、『棒術』
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体力や魔力には変化はないが、スキルが一つ増えている。恐らくあのこん棒を使用して戦いを行ったので身に付いたのだろう。そういえば、さっきの牙刃との戦いにおいてこん棒が少し軽く感じた。今思えば、このスキルの影響だったのだろう。
俺はステータスの確認を済ませると、再びその場に寝転がる。年単位で身体を動かしていなかった俺には魔物と獣人との連戦は堪えた。いや、肉体的な疲労はあまりないのだが、他人の命を救うためとはいえこの手で魔物の命を刈り取ったのだ。ぐしゃりと魔物の頭部がひしゃげる感覚が未だ手に残っている。
俺はそんな感覚を振り払うように、目を瞑った。意識が深い深い闇の底へと沈んでいく。