間章:継ぐ者、その目的
また夢を見た。何度も何度も、見てきたその夢を。
それは、何度も生きた一人の英雄の物語。何度も何度も、様々な方法で世界を変えてきた、男の物語。幼いころは、ただ不思議な夢と、そう思っていた。やがて、その男が、何度も記憶を継いでいると。そう気づいたのはいつだったか。
手段を変え、方法を変え、戦い方を変え、立場を変え、けれど世界に必ず何かの変化をもたらしていった。
時には、人と魔が争う世界で魔の頂を落とし人を繁栄させ。
時には、異世界から召喚せれた勇者として、国と国の戦争を治め。
時には、未来を生きる魔法師として、世界を変え。
時には、人ならぬ者として人間を滅ぼし。
時には、巻き込まれ奪われた世界で、それでも生きることを愛し。
時には、生きてきた知恵で自らの領地を繁栄させ。
そんな、多くの偉業を成し遂げてきた男は、けれど、次第にその笑顔を失っていった。何かを救うためには何かを滅ぼさねばならず。何かを貫き通すためには、何かを否定せねばならず。
初めは、強敵との戦いの、人を救うことに、楽しみを見出していた男も、やがて、意味はあれど望まず。望まずとも強制される。そんな戦いを繰り返すうちに、戦いを楽しむことを忘れていた。そうしなければ、戦えなかっただろう。何度となく生き、時には人を超えた長命種として生きた彼でも、彼だからこそ、どうにかしたかった。
なにも殺さず、何も傷つけず、それでも掴み取れる。そんなゴールを取りたかったのだ。
今夜駆は、最後の夢を見た。何度も何度も見続けたその夢の、たどり着いた果てを。
『ここで終わりだって、わかってんのに、楽しみたかったなあ』
病に伏した床の上で、何千、何万年ぶりに流された男の、その涙は、夢を超えて、駆の心を揺らした。
駆にとって彼は、物語の登場人物とは比べ物にならないほどの、英雄だった。だから最後は笑ってほしかった。記憶が潰えると知っても、それでも笑えるような、そんな生を生きてほしかった。
彼が何を目指したのか。
そう例えば、ある世界に、二人の男女がいたとしよう。そのうちの一人、少女に神が一言。
『君が死ななければ世界が滅ぶ』と。
神にそう告げられた少女は、悩み、涙して考え、選んだ。
あまたの命が、愛しい人が生きるこの世界を、守りたい、と。
悲壮な覚悟を抱き、自らの叶ええぬ未来に涙して、それでも少女は、神の前で、死を、選んだ。
が、その少女を殺そうとした神の前に、一人の男が立った。
それは、少女が死んでまで守りたいと思った、最たる存在で。
『僕が彼女のために死のう』と。少女と同様に、最愛の人を守りたいと願った者だった。
『死ぬのが怖くないのか?』と。神が問いかけると、彼は一言。
『自分より彼女を救いたい』と。
こうして、男は死に、少女は、死んだ男の分まで生きる、と。そう決心したところで、大抵の物語は終わる。人間の優しさを示す素晴らしい物語だろう。
そんな、生き延びた少女と、犠牲になった男に、彼はこう言いたかったのだ。
「何で、そうまでして世界を救いたかったんだ?」と。
少女の代わりに死んだ男は、少女とともに生きる道を失い。代わりに生き残った少女は、大切な人を失い。世界が救われたところで、二人にとっては、最悪の結果になってしまったわけだ。
では、何が間違いだったのか。世界を救おうとした少女と、最愛の人の代わりに死んだ男。その行動は、なぜ最悪の結果を生んだのか。簡単な話だ。
その選択肢が間違えていたのだ。選ばなければいけなかったのは、『誰が死ぬか』などでは無く、『共に生きるかともに死ぬか』のどちらかだったのだ。そうすれば、共に生きて、世界の終りを迎えても。ともに死んで、世界を救っても。二人が分かたれることはなかったのだ。
彼が目指したのは、そんな、一人の犠牲も出さない、世界も少女も男も、みんなで生き残れる、そんなゴールだったのだ。そして、ついぞ成し得なかった。
それでも駆は、彼に、英雄に笑って欲しかった。だから、もし自分が彼と同じ立場にたてたなら、運よくそうなったなら、必ず、彼と同じゴールを目指して、彼が笑えるような世界を創る、と。そう決めたのだ。
彼は、もう消えたのだろう。だがそれでも、彼の記憶を継いだものが、もし再び生まれて生きるときに、今度こそ笑えるような世界を創る、と。
十中八九無理だろう。可能性は限りなくゼロだろう。それでもやるしかないのだ。駆が、英雄が心の底から笑える世界は、ないというのなら、創って見せるしかないのだ。
だから駆は、この世界で、一人も、魔族も人間も獣人も殺さない。
それが、ルールのないこの世界で、駆が、自らに課したルール。
何が答えかわからない世界で、自分で決めたルールだ。