5:人狼、その長
「…という次第になっています」
「あ、どうもありがとうございます。それで、俺は結局何をすればいいんだ?」
「……なあ駆、私は魔王で、エイリアルはその配下なんだが、態度が逆じゃないか?」
質問に答えずに文句を言う魔王。この数十分。話していると次第に威厳を感じにくくなる魔王に、駆は恐怖を感じなくなっていた。むしろ、いい友達になれそうだとすら考え始めていた。
「気分の問題で、見るからに年上そうなエイリアルさんには敬語なんだが、お前にもそうしたほうがいいか?」
あくまでエイリアルにしか敬語を使う気はない、暗にそう言う駆に、魔王ももう諦めの目しか向けない。
「いや、もういい。どうせ言ったところで変わらないんだろう?」
「努力はするさ」
はあ、とため息をつく魔王に顔をほころばせているエイリアル。その眼差しは、孫の成長を見つめる祖父のそれに近く、
「なんだ、エイリアル」
不機嫌そうな魔王の問いかけに、
「陛下が、そんなに親しげに話せる相手は久しぶりだと思いまして、微笑ましく思っておりました」
笑いながら答える顔は、確かに、魔王のことを思っているが良くわかる。魔王が何歳かは知らないが、エイリアルは、魔王の幼いころから、ずっとそばにいたんだろう。
「とりあえず一番気になっていること聞いて良いか?」
ふざけた空気を消して問いかける駆に、魔王も姿勢を正す。
「かまわないがなんだ?」
「この世界の魔族って、人間と同じ姿なのか?」
それは、魔王にとっては不思議な疑問。魔族、人間。そう分けるからには差があるはずだ。だが、駆にとっては、当然の疑問。すなわち、
「さっきから疑問だったが、あんたらの姿は、どう見たって人間じゃねえか。こちとrあ、視覚以外に頼れる物のない人間だぞ?あんたらが魔族ってのは、魔神と会ってなければ、お前らを魔族だと信じれてない」
「なるほど、わかった。エイリアル、見せてやってくれ」
「かしこまりました」
魔王の言葉に、エイリアルは、すっと、魔王の前に出る。
「我ら魔族は、二つの姿を持つ。一つは、今まさにお前に見せているこの姿。そしてもう一つは、本来の力を発揮するための姿」
そう言ったエイリアルは、一言
「“解放”」
と。その一言で、エイリアルの姿がはじけ、次の瞬間、龍人、真の魔族が現れる。
「これが、魔族のもう一つの姿です」
「それって、俺もできるよな?」
「できますが、しないほうがよろしいかと。特に魔王様の目の前では」
出来るのに今はするなという、しかしその理由は、その後の言葉と、魔王の赤面で理由は良く分かった。すなわち、
「もしかして、それをしたら、服が破れたりします?」
「ご想像の通りです。それに対処する魔法もありますが、今の勇者様はそれを知りますまい。後程、お教えしますので、それまでは我慢してください」
「わかりました。後で絶対教えて下さいよ?」
「はい、仰せの通りに。では、魔王様」
エイリアルの言葉に、魔王もすぐ反応する。
「うむ、アリクを呼べ」
突如出た未知の名前。それに駆も反応する。
「アリク?」
その疑問は魔王によって解決された。
「お前の師となる男だ。当面のな。この世界での生き方と、人狼について教えてくれる。なかなかに個性的な男だぞ」
個性的。それを聞いて駆の心に、幾人かの人物が浮かぶ。例えば、自分たちの勝利を確信している最弱の二人。勝ちも負けも、命も目的も全て賭けて戦いたがる戦士たち。そんな、つきあってると、楽しいが絶対に疲れる者が浮かぶ。それだけで、疲れた顔を見せる駆に、魔王は苦笑しながら言う。
「個性的と言っても、お前が思っているようなタイプではない。力を求める魔族にしては、幾分平和が好きな男だ。そのおかげで、魔族も助かっているのだが、他の師団のものからは評判が良くなくてな。本人は気にしていないが、彼の師匠が気にしている。彼ならいい師になるだろうし、彼の評判も上がる。それが彼を選んだ理由だ」
(平和を愛する魔族か。まさかね。)
「アリク殿が参られました!」
ようやく着いたようで、部屋に入ってきた。魔王から聞いた話では、器としては、よくて隊長、将には向かない。そんな話を聞いた駆は思った。そんなの分かるか、と。そんなものに触れた経験すらないのに、わからないに決まっている。それならば、自分なりに、判断するしかない、と。
そう思っていた駆は、アリクと呼ばれた男を見て思った。
______普通だなおい、と。
見た目はそこらにいそうな20代後半の男。装備も見た目には平凡。しかしその目から、駆は、生まれた初めて、何かを目指していると、そう物語っている何かを感じた。
「よく来てくれたアリク。もう伝えたと思うが、こいつが、お前に言っていた勇者だ。お前が、この世界での生き方を教えてやってくれ」
戦い方と、そう言わなかった魔王に、だが駆は、違和感を感じなかった。否、感じれなかった。
「そいつの種族が何か聞いても?」
いいですか、と。省略して聞いたアリクに魔王は答える。
「そいつもお前と同じ、狼人族だ」
それはつまり、駆が何の種族であろうと、アリクのもとで学ばせようとしていたということ。彼の考えをこそ、学ばせたかったのか、あるいは異種族だからこそ学ばせたかったのか。
「駆には、こんなやつも魔族にはいる、ということを知ってほしい」
そう真面目にいう魔王にしかしアリク。
「俺の考えなんか聞かせてどうするんですか。もっといいのがいるでしょう?」
「一時的にとはいえ、魔族と獣人を共存させたのはお前が初めてだ。お前に学ばなければ、いったい誰に学ぶ価値がある?私もお前から学びたいのだがな」
そう嫌味のように言う魔王にアリク。心底いやそうな顔をして
「分かりました。それよりはこいつ預かったほうがましです」
そう言うと駆を見るアリク。
「おい勇者」
「はい?」
「お前人を殺せるか?」
唐突な質問にだが予想していた駆。
「出来ないことはないが、したくはない」
その言葉に初めてアリクがにやりと笑う。
「わかった。出立は明日の朝。今日はしっかり休め」
そして魔王を向いて一言。
「それでは失礼します」
そう言って、返事も待たずに出ていく姿は、入ってきたときよりは、楽しそうだった。
「ではお前も休んでこい駆」
魔王がそう言うと、近衛兵の一人が、駆の前に出る。こうして、魔王と勇者の対話は終わった。