2:勇者、その力
「あなたは何ですか?」
駆がそう聞いた瞬間に、その場の空気が大きく変わった。その原因は、
「なんで『誰』じゃなくて『何』なんだい?僕はものだと言うのかい?」
笑顔を絶やさない少女である。
答えを間違えたらただじゃすまない。そう言っている少女に対して駆が選んだのは、正直に言うことだった。
「俺は、元いた世界で、結構殴り合いもしたし、命が危ないような事件に巻き込まれたこともある。その時に感じたやばさより、あんたを見た時のそれが何倍も強いからだ」
その空気が駆に『何』という言葉を使わせた。それは、駆の勘があっているとするなら、少女がとてつもなく危険だということ。しかし、
「なんだ、そうだったのか。ごめんね、驚かせて」
その少女は、強大な殺気をすぐに収める。
「君が平和ボケした世界の出身にしては、あまりに鋭いから、ついつい試したくなったんだ」
テヘッとでも言いそうな少女はさっきまで殺気を放っていた存在とは全く違うように見える。そんな少女の変化に、張り詰めていた駆の心も少しほぐれる。
「良いよ教えてあげる。僕は『魔神』この世界に存在する数多くの魔族の生みの親」
(魔神だとっ!?なんでそんな存在がここにいる?)駆の心の一部はそう叫んでいるが、わずかに残った冷静な部分が魔神との会話を続ける。
「なんで、魔神のあんたがここにいる?」
「いたらおかしいのかい?」
駆の問に、魔神は心の底から不思議そうに問いかける。
「俺は、たぶん勇者として呼ばれたと思うんだが、普通なら、俺とあんたは争う立場にあるはずだよな?」
なんだそんなことか。少女はそううなずくと、当然のように告げる。
「君が魔族に召喚されたからに決まってるじゃないか」
今度こそ駆の思考が止まる。先ほど以上の衝撃によって。
「おーい、大丈夫かい?聞いてる?」
「…あ、ああ、わかった」
(冗談じゃない。魔族が召喚なんてするのか?そもそもなんでそんな技術が魔族に存在する?だいたい、人間なんか召喚してどうするんだよ)
魔族に召喚されたところで、人間である駆には魔族の味方をする理由がない。
そんな駆にかまわず、魔神は話を続ける。
「僕が君を呼んだのは、他でもないそのことについてなんだ。魔族たちが初めて勇者を召喚したんだよそれなのに、あのバカ女神が邪魔したせいで、勇者であるはずの君に変な力がくっついちゃったんだ。全く想定外だよ。仕方ないから、今回ばかりは僕が介入したのさ」
「ま、待ってくれ。俺は人間だぞ?そんな俺を、魔族は受け入れるのか?」
「大丈夫だよ。君も今は魔族だ」
「は?」
「ま、その辺のわかりやすい話はあっちに戻ってから魔族たちに聞いてよ。それより、僕が言いたいのは、君がどんな力を手に入れたのかってことなんだ」
(わかりやすいのか?)
魔神がわかりやすいという話も、駆にとっては気になることだが、後で知れるのなら、この場では放っておいても問題ないだろう。
「わかった。その代わり、俺だけじゃなくて、一般的な勇者の力についても教えてくれ」
「元からそのつもりだよ。君には魔族を守ってもらわないと困る。そのための協力は惜しまない」
(そんなに面白そうに言われても説得力が薄いぞ。どちらかというと自分が楽しみたいんだろうが)
「もちろん、それを見るのが楽しそうってのもあるんだけど」
駆の思ったことを即座に口にする魔神。今なら、気持ちを読めるといわれても驚きはしない。その場合魔神の性格がかなり悪いことになるが。
「ふん、じゃあその力を説明してくれ」
その言葉に笑っていた魔神も、真剣な顔になる。
「もともと、勇者っていうのは超人なんだ。どんな能力の持ち主だろうと、一般人よりは多少強化された肉体を持つ。その上で魔力の増大とか、精霊との融合とか、普通じゃありえないような力を持つんだ。成長したら、こっちの世界出身のものじゃあほとんど張り合えるものがいなくなる。それが普通の勇者だよ」
「なるほど、チートだな」
「まあ君たち風に言えばそうなるだろうね。けど」
「俺は違うと。そういうことだろ」
唐突に魔神の言葉を奪うように口をはさんだ駆。
「そうだけど、もしかして怒ってるのかい?」
普通なら当然の発想だろうが、この場においては無意味である
「別に。確かにチートは羨ましいが、無くてもどうにかなるだろうし、無いほうが全力で生きれる。異世界に呼んでもらえたんだし、恨むことはないな」
「ふ、ふうん。怒ってないならまあいいや。君の力について説明したいけどいいかな?」
「ああ、頼む」
説明を始める魔神。その姿が神秘的なのは、やはり神だからだろうか。
「君の力は‟生贄の資格”。こっちの古代魔法語だと、‟サクリファイス”っていうんだけど、他の加護、つまり他の勇者のそれとは、かなり質が違うんだ。君はね、能力を使ってない状態では、普通の魔族と全く変わらないんだ。君が、対価を支払うことによって、はじめてその力を得る。そんな力だよ」
「対価ってのは、この世界の金とかか?」
「それでもいいけど、その程度なら、君自身の血とかのほうが効果が高いはずだよ。何せ、生贄になる資格は君そのものの所有物だから」
駆にとってはあまり、ありがたくない能力だ。人間の体で失っても困らないものなど対して存在しない。髪など捧げても、大した力は得られなそうである。使わない前提で鍛えて、もしものときの保険にすればいいのか?それが、一番確実そうだ。
「使い方っていうのか?その対価を支払うのってどうすればいいんだ?」
「起句は‟起動”だよ。あとは、‟我、我が○○を捧げる”って唱えれば起動する。状況によっては、予測不能な事態もあるけど、それはすべての勇者にも言えることだから気にしても仕方がない」
「わかった、後で試してみるとする」
「他に何かないかい?僕の用事はもう済んだけど」
しばし悩んだ駆は、魔族ではわからなそうな情報を要求する。
「今、この世界には、どの陣営に、どれぐらいの勇者がいるのか。教えてほしい」
「それぐらいならいいよ‟出現せよ”」
魔神の言葉とともに、二人の間に、机と一枚の地図が出現する。
「残念なお知らせだけど、今は相当な数の勇者がいるよ。例えば、大国と呼ばれるのは魔国ケイオス、獣国レギオン、光国ラオラル、帝国アガフレルドだけど。魔国以外は四人以上いるよ。特にアガフレルドは調子に乗って八十人近く呼んでたね」
「はち、じゅう?」
この時点で駆の予想を大きく上回っているが、この程度ではない。
「あとは、十くらいある小国がそれぞれ二、三人ずつかな。さっきのアガフレルドもそうだけど、君と同郷もいるし、もしかしたら知り合いもいるかもね。あ、後は聖教会が、五人飼ってたはず」
聖教会だけ、扱いが雑なのは聖教会がそういう存在だからだろう。
「ちなみに、今のところ戦争は?」
「無いよ。こないだまで魔族以外が覇権戦争やってたからね」
「レウルーラ?」
「同じ種族で支配者を決めようという愚かな戦だよ。あまり被害が出ないうちに和平が成立したようだけど。とりあえず、魔族は嫌われてるけど、今すぐ滅ぼされそうという感じじゃないから、心配しなくていいよ。今のところは、ね」
「ずいぶん遠回しに後で大変になる、って言われてる気がするんだが?」
ニヤリと笑った駆がそう問うと、悪びれもなく魔神は答える。
「そう言ってるからね」
「それじゃあ、戻すよ」
「ああ」
こうして、やがて世界を変える二人の出会いは、静かに幕を下ろした。