12:英雄再誕
「あれ、気づいてんだ?」
駆が声をかけた男は、その服装には見合わない、軽薄な声を出す。
「ラーセンさん?急にどうしたんですか?」
おそらくそれまでの彼とあまりに態度が違いすぎることに違和感を感じたのだろう。勇者もざわついている。
「ラーセン?ああ、確かにそんな名前も名乗ったっけな。違うよ?今の俺は」
そう言い放った男は、そのまとっている近衛騎士の甲冑に手をかける。すると、それがかき消すように消滅した。
「な、これすげえだろ?うちのヤツの魔法なんだけどよ、自分でも完全に変わっちまう気がすんだよな」
そう楽し気に言うのは、黒髪に黒目、勇者らや駆と似た見た目をした若い男だった。
「あんた、誰?」
美月と勇者に呼ばれた少女が疑問の声を上げる。
「俺か?まあこういうもんなんだが…」
男が右手をすっと上げる。すると、彼の背後の空気が揺らめくように動く。
「おい、お前」
駆が険のある声で男に話しかける。
「ん?」
「ここで暴れんなら、痛い目見てもらうぞ?どっかの国の勇者さん?」
駆のその言葉を聞いた衝撃は男本人よりも、マスタークの勇者のほうが大きかっただろう。
「そんな…。他国には、このことは秘密なのに…」
呻くように言った里佳に対して、男の答えは、至極わかりやすいものだった。
「間諜やスパイが互いの国に入り込んでるのなんて当たり前だろ?たまたまそっちの国はそれが弱かったってだけでさ」
そして男は駆のほうを向き直る。
「人狼の族長さん、確かに俺は日本からの召喚者だ。けどさ、俺は勇者なんかじゃない。勇者ってのは、こういうやつらのことを言うんだよ」
そういう男の背後から染み出るように何人も、何十人もの人影が現れる。
「帝国が誇る勇者八十人の大盤振る舞いだ。おとなしく滅んでくれ」
確かに、男の影から現れたものは勇者と呼ぶにふさわしい姿、空気を放っている。魔族に敵対するという空気を痛いほどに。
「俺は帝国の勇者、神崎当為。お前らを駆逐するものだ」
出会いがしらからなめたやつもいたものである。いきなりお前らを滅ぼす、とは。彼のこの世界で得た力と、その仲間の数が自信を抱かせるのだろう。
「ほう。じゃあお前に、魔族を滅ぼす理由を聞いてもいいか?」
駆の言葉に、勇者は確信をもって答える。
「お前らが魔族として、この世界の人々に害を与え、平和を乱すものだからだ」
なんとも予想どうりの回答である。そしてこれがこの世界では周知の事実として出回っているのだから、非常にたちが悪い。だからこそ魔族は、人間や獣人の一国家と手を組んでそれを否定する必要があったのだ。
「滅ぼすっつっても、今この場には滅ぼせるものなんてないけどな?」
嘲るように駆が言うと同時に、勇者の集団の中にいた一人の少女が声を上げる。
「当為、誰もいないよ!この周囲には、私たちとそこの奴らしかいない」
「何?」
当惑した様子の勇者に、駆はにやにやが止まらない。
「何がおかしい」
「いやー、藪蛇つつく前に対策しといてよかったは。逃げた人狼たちは今近くの集落を回っている。人狼だけじゃなく、ほかの種族も含めて大挙して押しかけてくるだろうな。勇者がどこまで対処できるか見ものだな」
実際は援軍なんてものは来やしない。なぜなら、この周辺の集落は人狼のものしかないからだ。ほかの種族はもっと魔界の奥深くにもぐってしまった。
「ならまずは、今ここにいるあんたと、人間を裏切った裏切り者を殺ればいい。だろ?」
「壮也…」
「戸惑ってんじゃねえよ。俺たちはここに、宣戦布告のために来てるんだ。殺る相手が少なかろうと、他国の領土に侵入してそこの奴を殺した時点で、十分戦争を吹っかけてることになるんだからよ」
そういったのは、初めからこの場にいてほかの勇者を呼び寄せた男だ。勇者は自分ではないといいながらも、その言動は、目の前の勇者よりもよほど勇者らしい。その割に殺意や敵意が感じられないのが駆には疑問だが。
「…そうだな。止まってはいられない」
勇者が顔を上げる。
「悪いが死んでくれ」
武器を手に迫る勇者どもを眼前に、駆は応え、誓いの言葉を吐く。
「やだね糞ども。起動我、我が身と心を捧げる」
本来ならばここで終わりのはずの詠唱。しかし、今この時ばかりは続きがあった。
「我が体を依り代に、我が英雄を今一度。願わくば、我も共にあらんことを」
それが駆の出していた答え。駆の目指すものは壮大だ。壮大すぎる。誰も傷つかないで済む世界など。だからこそ、駆だけの手では足りない。もっとより大きなものの力が必要だ。ならば答えは決まっている。
駆にとっての力持てしものとは、あの英雄以外にあり得ないのだから。
そうして駆の意識は、ホワイトアウトした。
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「あの英雄、か。彼も無茶なものを望んだものだ。あいつは力が大きすぎる。例え勇者としての君の魂を捧げたところで、決して見合うものにはなりえないのに」
悲しそうにつぶやくのは、どこでもない場所から世界を見ている魔神。
「でも、そうだね。今度ばかりは手を貸してあげよう。運よく彼は僕の手も加わっている」
そう言う魔神の足元と目の前に魔法陣が浮かぶ。足元の魔法陣が輝きを増し、やがて眼前の魔法陣から光があふれだした。
「相変わらずまぶしいね、君は。なんで彼が君のことを知っているのかは分かんないけど、もう一度、あと一度だけ世界を楽しんでおいで」
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「おい坊主」
ぼんやりとする駆の意識に、誰かの声が響く。
「起きろってんだよ、駆」
次は名前を呼ぶ声に、駆の意識ははっきりした。
うっすらと目を開けた駆の前に立つのは一人の男。年のころは三十代半ばだろうか。引き締まった体が只者ではないと予想させるが、その明るい笑顔が、危機感などを打ち消している。
「あんたは…。って聞くまでもねえか。自分で願ったことだしな」
目の前の男がだれかなど、駆には自明のことだ。誰よりも彼のことを見てきた。そのカッコよさも強さも、そして彼自身の思いも。
「おう。お前が呼んでくれたおかげで、もう一回行けそうだわ。ありがとな」
「俺の分まで託すんだから、失敗してくれるなよ」
あれほど夢見た英雄だというのに、駆の口から出るのは、まるで悪友に対するかのような、荒く、それでいて温かい言葉。この言葉こそが、彼にはふさわしいだろう。
「えっとな、お前、勘違いしてるみたいだが、俺はお前の代わりに生きたりしないよ」
「何?」
そんな英雄の言葉に、駆は聞き返す。確かに駆は、彼がこの世界に生き返ることを望んだ。彼がここにいるということは、それがかなうことだと思ったんだが、どうやら違うらしい。
「俺はあの世界に出ていかない」
「いや、でもあんたが一番…」
みんなが笑顔で生きれる世界を望んだんじゃないのいか。その言葉を駆は飲み込む。まるでいたずらが成功した子供のような、そんな笑顔を見たから。
「俺は、お前の中でお前に手を貸す。だが、次に挑むのはお前だ。どこまで俺が手を貸そうと、お前が進むんだ」
意味を理解できず、とっさに答えることの出来ない駆の肩に手を置き、英雄は言う。
「さてと、時間だ。俺とお前の、ラストチャレンジ、全力で行こうぜ」
この時駆は、理由も根拠もなく、ただ漠然と、『ああ、これで成功するんだな』と、それだけを感じていた。
半年以上も空いてすいません。




