10:勇者、その侵攻
「人間の集団?」
「ああ。狩りに出ていた村人が発見したらしい。気付いてすぐに気配を消したらしいから、おそらく気づかれてはいないと思うが、それすらも怪しいものだ。最悪完全に見つかってる可能性もある。その可能性も考慮して、風や闇の魔法が得意な奴らで偵察に出している」
緊迫した雰囲気のアリクに、駆も、その表情を真剣なものに変える。周りでも、普段の生活をやめて村人たちが、戦闘に備えて動いている。
「ここからの距離は?」
「徒歩で進軍しているとすればおよそ二日の距離だ」
村に戻って、化獣化しかけた魔獣について報告しようとした三人が見たのは、それどころではない事態に直面した村人たちの姿だった。村どころか、一つの都市すら滅ぼしかねない化獣を持ってして、それどころではないと言わしめるのは、人狼のすみかへの人間の侵入。人間との争いを避けて隠れ住んでいるこの場所に、人間が侵入してきたとあっては問題だ。さらに、人狼の森の先には、魔国ケイオスしかない。ここを抜けられるということは、そのまま、魔国への侵入をゆるすことになる。
「で、どうする?」
駆の質問に、アリクが答える。
「侵攻のつもりはない、と思いたい。この前まで、魔人は、人間と過ごしていたからな。だが、追い払ったほうが無難だろうな」
そこへ、駆の名を叫びながらリンが駆けてくる。
「カケルー、何あの熊!?体が氷でできてるんだけど!」
その言葉を聞いて、駆の頭に一つの作戦が浮かぶ。それは、綱渡りの作戦。駆の、だれも殺さないという考えからしてみれば、かなり難易度が高くなる。しかし、うまくいけば、かなりいい結果を残してくれる。もともと、作戦とは、そんなものだ。百パーセントの作戦などないし、成功のない作戦もない。そしてこの作戦は、駆の予想が正しければ、成功の確率が高い。それこそ、ホントに死者を0にすることすら可能な。
いや、可能不可能の話ではない。少なくとも、駆の考えの中には、これを成功させるという考えしかない。故に駆は、その作戦を、アリクへと伝える。
「おっさん、その人間たち、多分マスタークか、ラオラルの勇者だろ?」
カケルがそう問うと、アリクは渋い顔をしながらうなずく。
「…ああ。おそらくだがそうだろう。中心に4人の男女とそれを護衛するように、近衛兵らしき奴らが五、六名いるらしい。紋章からするに、マスタークの可能性が高い」
ラオラルもマスタークも、ケイオスに隣接する国の名前だ。人間国ラオラルは、その構成要員がすべて人間であり、獣人や魔族は奴隷しか存在しない。
そしてマスターク。こちらは、つい先日まで、魔族と共に生活をしていた小国だ。小国故に、単独での存続は困難であり、周辺の国と手を組んでいる。その中でも、最も力があったのが、ケイオスというわけだ。
「おっさん、確かラオラルの方は、魔族を嫌悪しているよな?」
「ああ。力任せの侵攻をしてしまったせいで大きな被害を出している。しばらくは魔族を恨んだままだろうな」
それに対してマスタークは、かつては、人間、魔族、そして獣人が共に暮らしていた国だ。つまり、魔族に嫌悪感を抱いていない可能性が高い。そこを利用して、当面の危機をしのぐ。もし、魔族をだまそうとしているとしても、たった四人でケイオスを滅ぼせるとは思わないだろうし、初めは、友好的な態度をしめすだろう。
「おっさん、森で化獣が大量発生しているんだが、こいつを使わせてくれ」
「うそ、あれって……」
その化獣を目の当たりにしているリンが呆然とした声を上げている。その中で、アリクは驚きながらも、冷静な判断を下す。
「…使え。多すぎれば人狼の手にも余る。勇者にけしかけろ」
「了解。じゃあ作戦はこうだ……」
_______________________________________________________________________________________________
「そろそろ来そうだな。そっちはどうだ?」
「シンに人間の格好をさせてひかせている。魔晶石もありったけ持たしているから、ついてくるはずだ」
化獣の特性、魔力に引き寄せられるのを利用して、大きな魔力を持った人物や、魔晶石と呼ばれる、魔力を込めて貯蔵できる鉱石を用いることで、任意の場所に誘導する。
「数は?」
「五十ってところか」
「ごじゅっ!?」
あまりの多さに駆が驚愕の声を上げる。駆も数が多いことは予想していたが、五十は多すぎる。
「ちゃんと予想していろ。作戦権はお前に渡しているんだ。読み違いは許されないぞ」
アリクがそういうのに、駆は笑って答える。
「わかってる。まあ。数は多分関係ないと信じているから、気にしないでくれ」
「信じている?」
駆が言った言葉に、アリクが疑問を浮かべるが、それを無視して駆は、伝令を呼ぶ。
「おいカイト!」
「何だ?」
「伝令をこなせる奴はあと何人いる?」
「お前がさっきから送りまくってるから、もう俺だけだぞ」
ため息とともに苦笑を漏らしながら、カイトが答える。初めての指揮という割には、堂々と惜しげもなく、人を使う駆に、仲間の人狼と共に、心配していたのだが、ことここに至って、その心配は払拭された。今も駆が浮かべている、その不的な笑顔に。
「今回の作戦は、とれる手も多かったし、時間もあったから送った。それより最後の伝令だ。お前がシンを最終地点まで誘導。残りのやつらに、配置につくように指示しろ」
「了解」
そういって去っていこうとするカイトを呼び止めて、もう一つの作戦を伝え、渋るカイトを送り出す。
「じゃあ、俺らも行こうか」
「ああ、先に行くぞ」
作戦のその後のことを任されているアリクは、駆とは別の方向へと駆けていく。それを見送ってから、駆は、自分も最後の作戦場所へと、足を向けた。




