プロローグ 変革者たち
「魔王様、式典の時間です。そろそろご準備を」
「分かっている」
恭しく礼をする配下に、魔王は窓から空を見上げたまま応える。どこまでも続く空、その澄み渡る青さは、魔王の心とは正反対であったが。
式典での魔王の出番は、一番最後。戦死者への弔いと、国の新たな旅立ちへ向けて、国民を鼓舞する演説を行うだけだ。国の頂点としては、当然の義務だが、魔王からすれば少なすぎた__________戦争で散っていた者たちと比べて。戦争で散っていた、数多くの勇士たち。その中には、魔王に戦うことを望まれ、不本意ながらも戦ったものも数多くいただろう。そのことが、魔王の心を、暗く覆っていた。
まだ何かが出来たのではないか。彼らが死なない方法はなかったのか。
「なあシャスール」
「何でしょう陛下」
「生き残るとは、辛いな」
その言葉を聞いたシャスールは、魔王へと一歩近づき、言葉をかける。
「それが王というものですよ」と。
「数多くの犠牲の上に立ち、残ったものを未来へと導く。それが、王です」
そう、かつては魔王の師であった執事は言った。
「そうだな……。しかし、今の私を見て、あいつは何と言ってくれるかな」
「おそれながら陛下、彼ならこういうでしょうな。『何やってんだよ』と」
「何?」
魔王が望んでいた、考えていたのは違う言葉。かつて彼らに馬鹿にされ、支えられ、成長したはずの姿に、彼らから良くやったと、前とは違うと、そう言って欲しかったが今は叶わない。それでも、もし彼がいたなら、そう言ってくれるだろうと考えていた。
「『何を悔やんでんだ』と、『前を向けよ我が王』というでしょう」
今はここにいないはずなのに、今まで見たことのないその姿は、確かに見たことのあるように、ありありと目の前に浮かんだ。
「…彼の遺志を継いでかねばな」
彼女がそう決意を新たにしたところに、一つの知らせが舞い込んできた。
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さかのぼること半日。王都から離れたある洞窟。ダンジョンにすら成長しきれず、魔物も住まぬそこに、いくつもの人影があった。
「さてお前ら、俺たちは今日この日から、亜人教と手を組み、世界をひっくり返す。覚悟がいらない奴もいるだろうが、もう一度だけ言う。覚悟を決めろ。ケンカを売るのは世界。今まで誰も演じたことの無い悪役が俺たちだ」
そういう一人に対して、残りの者たちが頷く。それを見計らって、後ろに控えていた男が進み出る。
「わしからも言わせてくれ。永年の我らの悲願。これまで散って行った奴らのためにもやり遂げる。だから頼む。お前らの命全部、わしらの願いにかけてくれ」
若いとはけして言えないその男の動きには、いやその存在の動きには、力があふれていた。見た目と存在の差異を表すように。
「行くぞ。まずは宣戦布告。我らは一度死んだがゆえに、何も恐れる必要はない。神に導かれた勇者だろうが、神の加護を受けた英雄だろうが、全てを欺き、切り裂き世界をひっくりかえす」
「おうっ!」
「さて、いっちょやるか」
「全部、斬る」
おのおのが最初の作戦に向けて動き出す。とはいえ、今回の作戦、出るのは全員ではない。真に全力にならなければいけないことは、この先にやってくるから。
「今回出るのは誰だ?」
「‘獣’に‘走狗’‘独楽’、‘道化’と‘首領’だろう。サポートは各自一人連れて行け。残りは解散、指示を待て」
「願いのままに」
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「魔王様、ご報告申し上げます!何者かが式典に乱入、多数の被害が出ています!」
「衛兵は何をやっている!」
「交戦していますが、抑えきれません!」
その言葉に、苦悩の表情を浮かべる魔王。ようやく戦争が終わり、その式典の最中に、更なる争いがやってくる。心が休まる時は、すべての民が救われる時は
いつやってくるのか。
「私も出る!シャスール、親衛隊をいるだけ集めろ!先に行っている」
その言葉にシャスールは答えない。シャスールを見る魔王と、魔王を見るシャスール。魔王には見えず気配を感じさせず、けれどシャスールには気配を感じさせずとも見える場所、即ち報告に来た兵の背後に、____
ドサリ、と
兵士が崩れ落ちる。
「なにっ!?」
「やあ、魔王様、遊びに来たぜ」
フードをまとった男がひそりと立つ。
世界の変革その原因の再誕。
しかし、神にとっては異なる意味を持つ物語。
古代魔法語の‘変革’は神代語で‘破滅’なのだから。