その玖 鉱山都市カルカンド(7)
何やら色々と動き始めました。
龍が往く 外伝
――もし現代の異能者が異世界に召喚されてしまったら――
その玖(九)
興業が終わると、大概は主催者、あるいは大口のご贔屓が宴席を設けて、労いのパーティーをするのが常である。
が、今回はよほど好評だったようで、パーティーの上座には、カルテンヌ共和国国王にしてカルカンドの鉱山主でもある、カルクアンが座っていた。このような興業では滅多にない僥倖である。王は特にラレニナと池端を気に入ったらしく、二人をすぐ横に侍らせて酒を呑み始めたので、安倍は内心やきもきしていたが、王は別に会食の予定があったらしく、程なく席を立ったので、池端は小走りで安倍の横に戻って来た。
王の臨席を待つまでもなく、宴席はカルカンドの著名人で溢れていた。フィオーラを始めとする各ギルドの長達が、こぞってヴィチャック一座の興業を誉めちぎった。長年一座を率いて来たサム翁ではあったが、ここまでの讃辞は受けた事はなかったので、大いにご機嫌であった。
王が居なくなった事で、場は一気に無礼講となって、皆自由に呑み食いを始めた。すると、すぐに頬を良い色に染めたラレニナが池端のそばにやって来た。ラレニナ目当ての客共がずらずらとついて来る。
「あはん、イケハタ、居たぁ。ちゃあんと呑んでるぅ?」
ラレニナは既に出来上がっている。
「ありがとう、ぼちぼち頂いてるから、大丈夫よ」
池端はやんわりと返すと、すっかり定着したサンドイッチの、ローストチキン入りに手を伸ばした。
「あらぁ、お酒も呑まないと、楽しくないわよ」
ラレニナは言うなり、ワインを口に含んで、池端に口移しで呑ませた。美女二人の突然のカラミに、その場が騒然となった。
「ラレニナ、さすがにやり過ぎだぜ」
安倍がラレニナの肩を引いた。
「あん、ごめんね」
ラレニナは笑顔で言うと、もうひと口ワインを含み、今度は安倍に口移しで呑ませた。今度は男客達の間で殺気が膨れ上がった。
「ちょっ…」
唐突な行動に文句を言おうとした安倍に、ラレニナは耳元で囁いた。
「んふ、イケハタをあんまり待たせちゃダメよ」
少しの間があって、安倍はその言葉の意味を理解した。
「大きなお世話だ」
顔を赤くして返した言葉は、弱々しかった。思わず池端を見ると、彼女も顔を赤らめていたので、恐らくラレニナに同じ様な事を言われたのだろう。
ラレニナは涼しい顔でヒラヒラと舞い飛んで行ってしまい、安倍は男達全員の嫉妬の目差しに耐えねばならなかった。
そうしているうちに、来賓を交えての宴会はつつがなく終了した。客が帰るとさすがに広すぎるので、テーブルをいくつか寄せて、残っている酒と肴をかき集めて、一座だけの二次会が始まった。
一座だけになると、客に気を使う必要もないので、自然とお気に入りグループが出来上がり、話しが盛り上がる。
サム翁、安倍、ウェン、エヴァノフを中心とした八人の見世物集団は、同時に全員が異国の人間であったので、自然とお国自慢になって行った。安倍はサム翁に地図を出して貰い、場所を確認しながら話しを聞いた。例えば、今いる首都カルカンドを含む、カルテンヌ共和国の中心を成すミラヒィ山脈、その最高峰のセプター山には、昔からレッド・ドラゴンが棲み付いていると噂されている、とか、共和国の北、ラウアー山脈の向こうの、ランカスター公国のファッションセンスは良い、とか、赤道に近いオーンステラールの黒い肌の人種は力も強く足も速い、とか、この世界の様子を垣間見る事が出来る、絶好のチャンスだった。
そんな安倍を見ながら、サム翁は大きく溜め息をついた。
「どうしたサム翁、でっかい溜め息ついてよ。溜め息つくと楽しみが減るって言うぜ」
ナイフ投げのラファッレが、ガンロート人特有の赤毛をかき上でながら言った。
「お前ら、忘れてるかも知れんが」サム翁はまた溜め息をついた。「明日は、アベとイケハタはもう居なくなっちまうんだぜ」
「ああ、そうか」ウェンも神妙に頷く。「今日が、二人と過ごす最後の夜って事だね」
「そうなんだよ」サム翁は寂しげな声で言った。「何だか、この先が心配でな」
「大丈夫だよ」安倍は努めて明るい声で言った。「皆に色々教えてもらったし。上手いことやって行けるよ」
「俺が一番心配なのはなあ」サム翁は、声は落としたが強い調子で言った。「お前とイケハタがまだイェムスしてねぇってこった!」
「何だって!」
その場の男六人が凍り付いた。
「何でここでむし返すんだよ?」
安倍は非難したが、誰も聞いていなかった。
「何故だ?あの美しい女を前にして」
「信じられん!」
皆口々に安倍を責めるような事を言う。
「気持ちは判るけど、ちょっと大事にし過ぎじゃないか?」
ウェンまでそんな事を言う。
「俺達には俺達のタイミングってもんがあるんだ」
安倍はむくれて言った。
「そういうモンかねぇ」サム翁は肩をすくめた。「なあ、エヴァノフ、お前さん、初めての時はどうだった?」
カルギルから流れて来たエヴァノフは、彫りの深い白い肌の美丈夫である。
「俺の国は、軍が街の中心でな、『強い奴がモテる』が鉄則だ。当然、俺もモテた訳だが、初めての時は、年上のおネエさんに奪われた格好だ」
「何だ、そのオイシイ状境は?」
「若いうちに、自分好みの男に育てようと思ったらしい。まあ結局、俺の大砲の言いなりになっちまったけどな」
いつの間にか、話題がお国自慢からイェムス自慢に変わってしまっていた。
ウォルカとラレニナを中心とする女子グループは、池端を囲んで大盛り上がりであった。特に、彼女達の世界にはない、服の色やデザインに話題が集中した。
「イケハタの国では、皆こんな服着てるの?」
ミレンダが羨望の眼差しで池端を見ながら言った。ウォルカと二人で賄いをしている彼女には、お洒落はとんとご不沙汰なのだ。
「んーん、色々。スカートも色んな長さがあるし、ズボンもはくよ」
「でも、あたし達、足は見せる事ないわよね」
ラファッレの妻で、同じくガンロート人のフェミナーンが笑いながら言った。彼女達の衣装も、長いズボンに半袖上着くらいで、肌の露出は多くない。
「あたし達の世代は、『肌を見せると男を堕落させる』とか言われたもんさ。それって女のせいじゃないのにねえ」
ウォルカはそう言って、池端を優しい目で見つめた。
「これなら、アベもすぐに落とせそうね」
ラレニナが、池端の髪をなでなから言った。
「だといいな」
池端は、頬を染めて呟いた。
宴会は果てる事なく続いた。所々で酔いつぶれた者がごろ寝をしている。
「もうそろそろ、俺は寝るぞ」
安倍は手元のビアを呑み干すと、立ち上がった。
「何だよ、最後の夜だぜ」
サム翁は言いかけたが、何かを合点して一人頷いた。
「ああ、そうだな。また旅に出るとなりゃあ、いつ柔らかなベッドで寝られるかも判らんからな」
「全くだ。今日が一番のチャンスかもな」
エヴァノフもしたり顔で言う。
「お休み。がんばれよ」
ウェンまでそんな事を言う。
「やめてくれよ。意識しすぎちまうだろ」
安倍はそう言いつつも、何かを決意した表情で池端に声を掛けた。
「芳恵、そろそろ寝ようぜ。明日からまた旅に出なきゃいけないんだ」
皆と何やら盛り上がっていた池端が、安倍の言葉に頷いた。
「うん。そうだね。ごめんね、私、もうお休みするね」
池端は皆に言うと、椅子から立ち上がった。
「判ったわ、イケハタ。しっかり休むのよ」
ラレニナはそう言って、いたずらっぽくウインクをした。それに、池端は顔を赤らめて頷いた。
「お休み、お二人さん。早く寝るんだよ」
ウォルカはあからさまに何か含みのある言い方をした。
「何だよウォルカ、その言い方」
安倍が思わず突っ掛かる。
「何でもないわよ。ほら、早く」
ラレニナに促される形で、二人はそそくさと食堂を出た。
「仲良くね」
ラレニナの良く通る声が、最後まで追い掛けて来た。
安倍と池端は寝室に入って、閂を掛けた。
安倍は、頬が熱くなって来るのを意識した。酒だけのせいではない事は、判っていた。池端も、頬が赤かったが、それも酒のせいだけではなさそうであった。
『あのっ』
二人同時に声を出して、顔を見あわせた。
「あっ、ごめん芳恵、何?」
「んーん、いいの、晴明から言って」
二人で譲り合ってしまい、妙な間が出来てしまった。次の言葉が出て来なかったので、安倍は池端を引き寄せて抱き締めた。
安倍はしばらく池端の髪の匂いをかいでいたが、意を決して口を開いた。
「ホントは、この世界に来ちゃった、あの日に言おうと思ってたんだけど」
「うん」
「芳恵、Hしよう」
「うん。いいよ」池端は間を置かずに答えた。「ちょっとムードないけどっんっ」
安倍は、池端が言い終わらぬうちに、唇を重ねた。すぐに池端も応じて、お互いの舌を絡めて熱いキスを交わした。
安倍はキスをしたまま池端をベッドに連れて行き、そのまま押し倒した。
唇を離すと、安倍が囁くように言った。
「俺、ずっと芳恵とこうしたかったんだ」
「私も」
安倍は、池端の服をはだけると、ブラの上から乳房を包むように触った。
「下着、セクシーだね」
「ん。勝負下着。買うの恥ずかしかったんだから」
池端は恥じらいながら、しかし愛おしげに安倍の股間に手を触れた。
「凄い。硬くなってる」
「芳恵、けっこう大胆なんだね」
安倍の言葉に、池端は笑って答えた。
「女の子はいつでも耳年増なのよ。お勉強してるんだから」
夜が明けて、窓から差し込む朝日で、安倍は目を覚ました。気だるさに戸惑いつつ、左腕の腕枕ですやすやと眠っている池端の寝顔を見て、昨夜の情事を思い出した。
安倍は、池端を起こさないようゆっくりとベッドを降りると、パンツだけ穿いて、窓に近づいた。
カーテンを開けると、格子のガラス窓は、陽の光で明るく輝いていた。窓から教会前の広場、そして斜面を埋める街並、そして遠くに麓の森林地帯までが見渡せる。
昨日までとは、世界が全く違って見えた。
ふと振り向くと、毛布で胸を隠した池端が、ベッドの上で体を起こして安倍を見ていた。
「おはよう、芳恵」
「おはよう、晴明」
安倍は池端に歩み寄って、唇を重ねた。
つづく
20171027