その陸 鉱山都市カルカンド(4)
いよいよ、呼び出した相手の事が判るかも?
龍が往く 外伝
――もし現代の異能者が異世界に召喚されてしまったら――
その陸(六)
大いに盛り上がった追悼ミサも終わり、片付けが済んだのは夜の二 時を過ぎた頃だった。予定時間を遥かに越えて歌い続けていたので、流石のラレニナも喉が限界に達していた。
男衆が教会を現状復帰している間、女衆は夜食を用意していた。教会が王城前の料理人を呼んで、肉料理を用意してくれたので、ウォルカとミレンダ、そして池端が中心になって、つけ合わせやつまみ、酒の用意に走り回った。
「今日はお疲れさん」サム翁は上気嫌で言った。「まれに見る大盛況だったらしい。が、本番はこれからだ。明日は天幕の設営だ。しっかり頑張ってくれ」
そこでサム翁は杯を掲げた。
「とりあえず今日は大いに呑み食いしてくれ!乾杯!」
「乾杯!」
皆、杯を空けるのももどかしく、料理に手を伸ばした。旅の一座は結構体力勝負であり、健啖家が多い。ヴィチャック一座もその例にもれず、皆驚くほど呑んで食べる。
「サム翁さん」安倍はもの凄い勢いで呑み食いする座長に声を掛けた。「明日、もう今日かな、逢いたい人がいるから、ちょっと外出する時間が欲しいんだけど…」
「おお、そうか。行って来な」
サム翁はあっさり許可した。
「悪いね、忙しい時に」
「なあに、気にすんな」サム翁は笑った。「お前さん、元々別の用があってカルカンドに来たんじゃないか。わしらを手伝ってくれるのは、手が空いてる時だけで十分じゃ」
「ありがとう、サム翁」
池端が深く頭を下げた。
「お礼を言われる事でもないぜ」サム翁はビアのジョッキを空けた。「出掛けてる間の賃金はなしだ。『働かざるもの食うべからず』って昔の賢人も言ってるしな」
「ありがとう」
安倍は頭を下げた。賃金なし、という事は、仕事を途中で抜け出す訳ではなく正当な休みだ、という事だ。少しでも気が楽になる。
そこへ、ウォルカが近付いて来て、池端の手に銀貨を握らせると、ウィンクしながら言った。
「明日からはしっかりと手伝ってもらうから、今日は逢瀬を楽しんで来な」
安倍と池端は、適量の酒のお陰で短くも深い睡眠を取って、爽やかな気持ちでカルカンドの街へと出掛けた。
教会正面の広場には沢山の屋台が出て、鉱山へ行く労働者達の朝食を提供している。試しにスープを一杯頼んでみたが、朝から具沢山の、ポトフのような大盛りスープで、味は良かったのだが、二人でも十分過ぎるほどの量だった。
くちくなったお腹を抱えて、二人は下段の街まで歩いて行くと、〈まじない小路〉を探した。下段の街は、上段の街に比べてかなり雑多な感じがする。下町の雰囲気である。
〈まじない小路〉はすぐ見つかった。広い下段の街の、雑多な中でも特に怪しい雰囲気の一角があり、そこだけ妙に煤けて薄暗いように見える。近くを歩いていたおばさんが、そこが〈まじない小路〉だと教えてくれた。
その通り全てが、占いやまじないの店で占められている。そこかしこから、没楽というのか、気の滅入るような香のにおいがしてくる。
「何か、薄気味悪いね」
池端が囁くように言った。
「『いかにも』って感じだよね」
思わず、安倍も声をひそめてしまう。
通りには、地味な看板が出ているだけで、特に客引きもいない。ただ、占いやまじないの種類によって、店の感じは色々である。
そんな中で、グロッフトの店は案外あっさりと見つかった。他より一際明るいイメージの大きな看板で、
『占い まじない 失せ物探し グロッフトにおまかせ』
と したためてあった。
「……何だか、探偵事務所みたいね」
看板を見上げて、池端が呟いた。
「でも、他のおどろおどろしい所に入るより、気が楽だ」
安倍はそう言うと、扉をノックした。やや間があって、扉が開いた。黒マントにフードを被った、陰気そうな男が立っていた。看板とはイメージが違う。
「おはようございます。穀物ギルドのフィオーラさんの紹介で来ました。グロッフトさん?」
安倍の問いに、男は首を振った。手を小さく動かして、廊下の奥を示す。その時、奥の扉の中で、何かが倒れるような大きな音がした。二人は、男が示すままに廊下の奥まで進み、扉をノックした。
「グロッフトさんですか?入りますよ」
安倍はそう言って、重い扉を開けた。室内は大きな高い燭台ー本の明かりだけで、かなり薄暗い。更に天井から黒布を垂らしてあるので、尚更影が際立っている。
中央に大きな机があり、巨大な水晶の球が置いてある。手前側には簡素な椅子が二脚あり、反対側には重たげな背もたれの高い椅子がある。もっとも、その重たげな椅子は倒れており、その椅子の向こうにまたもや黒マントの男がいた。背の高い所謂ソース顔の男前だが、その顔には驚きが張り付いている。
「あんた、何モンだ?」彼は、震える声で尋ねて来た。「その背中のドラゴンは何なんだ?」
「はあ?」
思わず、安倍はまぬけな声で応じた。
「あんた、どこの刺客だ?だいたい、俺が何か命を狙われるような事をしたのか?それとも穀物ギルドから頼まれたのか?」
グロッフトは一気にまくし立てると、手にした飾り杖を力なく振り上げた。
「あの、グロッフトさん」池端は努めて穏やかな口調で言った。「私達、フィオーラさんに紹介されて来たんです。何か探し物があるなら、グロッフトさんが一番だって」
グロッフトが池端の言葉を呑み込むまでに、しばしの時間が必要だった。
「フィオーラの紹介?探し物?」
「そうです。必ず力になってくれるからって」
一寸の間があった。
「何だよ、依頼人か」グロッフトは額に手を当てて天を仰いだ。「それならそうと早く言ってくれよ。どこぞの手の者かと思ったぜ」
落ち着いて来ると、グロッフトはチャラさが前に出るらしい。
「最初に、フィオーラさんの紹介だって言ったじゃないか」
安倍は思わずタメ口で返してしまった。
「それにしても」グロッフトが眼を細めて安倍を見た。「あんた、一体何者なんだ?」
「何か見えるんですか?」
安倍の問いに、グロッフトは大きく頷いた。
「とりあえずは、アルバドだ。アルバドに目を付けられるなんて、あんた、ー体何をやったんだ?」
「何も。むしろ、何もしてないのに連れて来られたんですよ」そこで、安倍はひとつ息をついた。「アルバドって、一体何なんです?」
グロッフトは、大きくひとつ息をついた。
「あんた、知らないのか?アルバドってのは、この世界の最大の謎のひとつだ。白金・龍と呼ばれる種族の中でも最も高齢なドラゴンだ。彼女と出逢う事が出来れば、全ての叡智を知る事が出来る、というのが我々魔道師の定説だ」
「彼女?」安倍は目を丸くした。「女?というか雌?」
「この世で最もコワいばーさんだ」
グロッフトは真面目な顔で言った。
「そんなドラゴンが、俺に何の用があるって言うんですか?」
「それは俺に言われても困る。え一と…」
「安倍」
「アベ。アルバドが何か用があるって言うなら、あんたが逢いに行かねばならない」
「もし行かなかったら?」
「いつまでもしつこく呼び続けられる」
「…なるほど」
「それに、あんた」グロッフトは目を細めた。「アベ、あんたもその、ドラゴンの一族なのか?」
「えっ?」
「今まで見た事のない、サーペント(蛇)に角と四肢がある姿、それがあんたの本性だろ?違うか?」
グロッフトのその言葉に、安倍は正直舌を巻いた。
「それを言い当てられたのは、初めてですよ」
「まあな。俺も魔道師の端くれなんでね。まあ、あんたみたいな存在には、ケンカを売りたくはないな」
「そんな事より」安倍は身を乗り出した。「その、アルバドは、どこに居るんです?」
「ん一っ、それは俺にも判らんよ。ただ…」
「ただ?」
「ランカスター公国との国境に横たわる、ラウアー山脈に千年以上前から棲んでいる、という伝説はある」
「伝説かあ…」
安倍は溜め息をついた。
「でも、初めての具体的な情報だね」
池端が慰めるように言った。
「何せ、アルバドに逢った事のある奴はいないんだ。少なくとも俺は知らん」
グロッフトは肩をすくめた。
「ありがとうございます。とにかく、少しでも先が見えて来た感じです」
安倍は頭を下げた。
「まあ、役に立てたんなら、何よりだ。ああ、お代は結構だ」
「えっ?」
「フィオーラの紹介なら、金は受け取れない」
グロッフトはそう言って笑うと、安倍に顔を近付け、池端には聞こえないように囁いた。
「それより、お前の女か?是非そちらの相手をさせてくれよ」
「南莫三満多没駄南訖利訶莎訶」
安倍は返事の代わりに印呪を唱えると、池端を促してさっさと部屋を出た。
「晴明、どうしたの?」
そう尋ねて来る池端に、安倍は忌々しげに答えた。
「ちょっとはいい奴かと思ったのに。荼吉尼法を使ったから、今頃『自分が最も恐いと思う』幻覚に囚われているハズだ」
そのグロッフトのいる室内から、また椅子の倒れる音がして、彼の切破詰まった叫び声が聞こえて来た。
「止めろ、フィオーラ、本当に止めてくれ。もう六回目じゃないか。もう無理だ。もう勃たないよ。許してくれ!」
「どんな幻覚見てるんだろ?」
池端が小首をかしげた。
つづく
20170703