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その参 鉱山都市カルカンド(1)

龍が往く 外伝

――もし現代の異能者が異世界に召喚されてしまったら――


その参



トルカンの町からカルカンドまでは、二人の足で三日ほど掛かった。ただ、最後の一日は、ババラス共和国の首都ドミラフトで興業を打っていて、今度はカルカンドへ行く、という 旅芸人一座のキャラバンに便乗させて貰ったので、かなり快適な馬車の旅となった。

「これって、要はヒッチハイクだよね」

池端が、楽しげに笑った。

「そうだね。初めてだったけど、うまく行ってよかったよ」

安倍も笑った。

旅の一座と言っても、移動中は普通の旅行者と変わらない。しかも皆話し好きなので、この世界の色々な情報を入手する事が出来た。今は、こちらの暦(フラブ暦)で二千二百五十三年で、先月、世界中を巻き込んだ戦争が終わり、ようやく独裁者の圧政から解き放たれたらしい。ただ、この辺りは田舎なので、それほど影響は受けていない、という。

「まあ、元々違う国なんだ。隣のランカスター公国とは、それほど友好的ではなかったんだ」二人の乗った大道具馬車を御する、サム翁が言った。「だが、百年前からこの国全体を統治したグァルタという独裁者がな、世界征服を企んだんじゃよ」

「世界征服!」

池端が目を丸くした。

「成原博士か、ショッカーか」

安倍の呟きは、サム翁には理解出来なかったようだ。

「グァルタは、暗黒神ダンズ・ダンズの邪悪な力を使って、魔の手を世界中に伸ばしたんじゃが、その企みを阻んで、グァルタを滅ぼしたのが、そのランカスター公国の若き公女、エイミス姫だったんじゃ」

「すげえな。ちょっとしたRPG設定だよな」

そう言った安倍の脇腹を、池端はかなり強く肘で小突いた。

「じゃあ、今はもう平和になったんですか?」

池端の問いに、サム翁はニカッと笑った。

「そのお陰で、わしらもこうやって興業を打てるってもんさ。カルカンドは、あまり産業がない分、兵士として出征した者も多いでな、この度は帰還兵達の慰問も兼ねた出し物をするのさ」

サム翁はそこでひとつ息をついた。

「あと、慰霊も兼ねとるんで、今回は教会での興業になるな」

「慰霊?」

「ああ。帰って来られなかった者も多いからの。彼らの安息と、遺族への慰めにな」

軽い気持ちで聞いていた二人だったが、サム翁の話しに、言葉を失った。考えてみれば、戦争なのだ。命を落とす事もあり得る。自分の祖父母の昔語りとも違う。ここでは、つい先頃の現実なのである。

「わしの一人だけいた孫も戦地に赴いての、帰っては来んかったが、わしらを守る為に闘ってくれたんじゃ。致し方ない事じゃ」

「ご免なさいお翁さん。私達、全然判ってなくて」

池端が目を潤ませてサム翁に謝った。

「余計な心配かけたな、すまんな嬢ちゃん。なあに気にする事はないさ。この世は何が起こるか判らんでな。孫が伸ばしてくれた命だ。しっかり生き切らんとな」

サム翁は、そう言ってまたニカッと笑った。

「ありがとうサム翁」安倍がちょっと真面目な顔で言った。「いい話しを聞かせて貰った。何だか気が引き締まったよ」

「そうかいそうかい。励めよ若人よ」

そんな会話をしていた大道具馬車に、十歳くらいの少年が追い付いて来た。

「じいちゃん、今日は教会の晩餐があるから、市場に寄らずに直接宿舎に向かうって」

「おおそうか、判った。ありがとよ、イヴァーク」

サム翁は、イヴァークに愛想よく手を振った。少年は踵を返して走り去った。

「あれ?サム翁、今の子は?」

安倍の問いに、サム翁はほがらかに答えた。

「わしの孫」

「え?でも、さっき戦争に行ったって…」

「この話をすると、みんな驚くんだよ、今のお前さんみたいにな」 サム翁は悪びれず笑った。「わし、今はもう引退しとるが、現役時代は道化をやっとったんじゃ」

「何だよ、作り話かい?」

「わしにそんな大きな孫がいると思ったかい?まあよくある話じゃないか」

そう言ってカラカラと笑うサム翁を、池端は悲しそうな目で見ていた。

「ところでお二人さん」サム翁が話題を変えた。「もうぼちぼちカルカンドに着くぞ。どこか行くあてはあんのかい?」

「実は、全くないんだ」安倍は肩をすくめた。「手持ちの金も残り少ないし、途方に暮れてるってのがホントの所なんだ」

「そうだろうとも。若い身空で駆け落ちたあ、苦労も多いだろうよ」

「なっ何で」安倍は耳まで赤くなった。「俺達が駆け落ちだと思うワケ?」

「そりゃあな、見りゃあ判るってもんよ」サム翁が下卑た笑顔を見せた。「さしずめ、貴族院の箱入り娘と使用人との禁断の恋ってとこかな?」

同じく首まで赤くなりながらも、池端は小さく笑ってしまった。

「どうせあてがないんなら、わしらとー緒に来ないか?」

サム翁はそう言うと、ニカッと笑った。

「えっ?いいの?」

「おうともさ。実はな、途中で二人ほどクニに帰っちまってな、手伝いが欲しいと思ってたんじゃ」

「バイト代…いや、給料は出るのかい?」

「少ないがな。まかないはあるから、食うには困らんぞ」

「そりゃあ助かる。サム翁、恩に切るよ」

安倍は右手を差し出した。

「そうかい。カルカンドには二週ほど留まるから、その間に少しでも嫁ぐんじゃな」

サム翁はそう言うと、安倍の右手を音高く叩いた。

カルカンドの街は、石炭鉱山から発展して、現在のカルテンヌという国の基礎を成したー大鉱山都市で、山の中腹から裾野にかけて街が拡がっていった様子が見て取れる。

鉱道の入ロに近い辺りが国王の王城(採掘工場)で、そこを中心に城下町が広がっている。城下町の中頃、山の中腹に踊り場のように平らな土地があり、そこに巨大な教会(カテドラル)を中心とした広場が設けられている。

キャラバンはその教会の横にある寄宿舎へとやって来た。修道師を三百人は受け入れられるこの寄宿舎も、今は聖職者は二十人に満たない、という。

馬車から降りると、サム翁は一人の若い男に声を掛けた。

「おい、ウェン、この二人が今回の興業の間、手伝ってくれっから、面倒見てやってくれ」

「判りました」

ウェンの返事を待たずに、サム翁は行ってしまった。今までの礼を言おうとした安倍と池端がたたらを踏む所へ、ウェンが声を掛けて来た。

「やあ、こんにちは、僕はウェン=ハイホン。タスから来た。軽技師をやってる」

成程、体操選手のような体形である。

「どうも、初めまして。お世話になります」安倍は神妙に頭を下げた。「俺は安倍、こちらは池端。こういう事には馴れてないけど、よろしく」

「大丈夫。誰でも初めは不馴れだよ」ウェンは笑った。「それにしても、随分と気に入られたもんだね」

「サム翁さんの事?」

「そうだよ、イケハタ。彼、『孫の話』しただろ?」

「うん」

「あれ、凄く気に入った人にしかしないから。本当は、息子さんの事なんだ」

「やっぱり本当の事だったのね」

「二人が息子夫婦に似てるのかもね」ウィンはそう言うと、まじまじと二人を見つめた。「君達はどこから来たんだい?僕と人種的には似てるけど」

「ああ、えーっと、俺達は『ニッポン』から来たんだ」

まさか「異世界から来た」とは言えないので、極めて曖昧に答えた。少なくとも、嘘は言っていない。

「そうか、まだまだ僕の知らない国があるんだな」

とりあえず、ウィンは納得したようだ。

「ところでウィン」安倍はふと気になって、尋ねた。「君達って、旅芸人一座なんだよね?」

「そうだよ」

「俺達、勝手に雇われちゃったけど、座長って言うのかな、一番偉い人に挨拶しなくて大丈夫なのかな?」

「ああ、それなら心配ないよ。あの人が座長だから」

「えっ?」

「サム翁ことサムラワ=ヴィチャックは、我が『ヴィチャックー座』の座長さんだよ」

『ええーっ』

安倍と池端は口を揃えて驚きの声を上げた。

二人の異世界生活は、まだ始まったばかりである。



つづく


20170413

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