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その弐 物語の始まり(2)

龍が往く 外伝

――もし現代の異能者が異世界に召喚されてしまったら――


その弐



朝、安倍と池端は寒さで目を覚ました。腕時計を見ると、五時十五分を指していた。昨晩、無愛想な宿屋のおやじに聞いた時間で合わせてあるので、正確さは期待出来ないが、そもそも正確な時間など必要なのか。

窓にはガラスもなく、鎧戸で閉ざされており、その隙間から光が差し込んでいる。思わず電気のスイッチを探した安倍は、にが笑いを浮かべた。

ふと、目の前にある池端の髪のにおいをかぐ。ほんのりと石鹸のにおいが残っていた。

「だめよ。昨日お風呂入れなかったんだから」

池端は恥じらいながら言うと、ベッドから降りた。安倍も続く。二人して毛織のコートを着込むと、鎧戸を開けた。

目の前に、針葉樹の原始の森に覆われた山並みが広がっていた。コンクリートの高層建築は見当らない。車や電車の音もない。すぐ下の道路は舗装もされていない。

「本当に、別の世界に来ちゃったんだな」

しみじみと安倍は呟いた。池端は不安そうに安倍に寄り添った。

くう。

池端が頬を赤く染めた。

「おなか空いたね」

安倍が笑いながら言った。昨日から、ロクな物を食べていないので、胃が痛いほどの空腹を感じていた。

「確か、六時頃から市場が開くって言ってたよね。行ってみまい」

安倍は殊更明るく言った。なるべく池端に不安を感じさせたくなかったからだが、自らの不安も誤魔化したかったのである。

おばさんに昨日貰った小銭は、宿代と服代を引いても、まだかなり残っていた。おばさんに感謝しつつ、二人は町の下の外れにあるトルカン市場へとやって来た。

予想はしていたものの、市場とは名ばかりの、小屋が三~四軒と露店が五~六軒出ているだけの寂しい市だった。それでも、芋と人参と肉団子の入った素朴なシチューは、味はともかく腹にたまって体が温まったので、それなりに有り難かった。

とりあえず洗い替え用の肌着を購入し、小さいナイフや携帯用の食器、スプーンなども買っておいた。

保存の利く干し肉や干し野菜を物色していると、その横にどう考えても場違いな店が出ているのに気付いた。明らかに、そこだけが生活必需品が一切ない、良く言えば骨董品、悪く言えばガラクタを敷物一杯に並べている。商人風のその男は、大きな目で安倍と池端を見た。

「どうも、お二人はん、この辺では見かけへん感じやなあ。ラトかどっかから来はったん?まあわしもオイトルーダからやから、この辺では珍しいんやけどな」

いきなりまくし立てられて、安倍と池端は面食らった。思わず顔を見合わせる。

「関西弁?」

やはり気になるのはそこである。

「んー…」商人風の男は、大きな丸い目で二人を見つめた。「お二人はん、何か探してはるやろ、夫婦ニ人の大事なモンや。ちゃうか?」

違う、と答えようとした安倍を、池端は軽く肘で小突いた。

「ええ、そうなの。実は、私達、今こうしてここに居るのが、どうしてなのか良く判らないの」

「ほ、そりゃまたえらい哲学的な悩みやな」男は丸い目を更に丸くした。「自分がどこから来て、どこヘ行くのか、当に究極の問いや」

男はそう言うと、思い出したように自分の荷物をさぐり出した。やがて、何かを見つけ出すと、それを池端に向かって差し出した。

「これはやな、かの魔道の国、メスタからやって来た、聖銀アルスラティア製のお守りや。これ、あげるわ」

「私に?」

「そおや。奥さんにや。あんた別嬪さんやし、ダンナよりもしっかりしてはるしな」

「ありがとう」

池端は笑顔で言った。その愛くるしい表情に、男の顔が少し赤くなる。

「そのお守りはな、心の邪念を消してくれんねん。心が澄んで、心の奥底のホンマの声が聞こえるようになんねん。そやから、何か迷いや不安があったら、そのお守りに(ねご)てみ。きっと何か見えてくるで」

「ありがとう。そんな大事なものを」池端は最高級の笑顔を向けた。「私達、がんばってみます。あの、私、池端って言います。あなたは?」

「イケハタ…。やっぱり異国風の名前やな。わし、グワラン=プールいいまんねん。見ての通りの行商人ですわ。他にも珍しいモンや貴重なモン、色々取り揃えてまっせ」

「プ一ルさん、ありがとう。でも、私達、まだ旅の途中だから、また今度の機会にお願いね」

「そうやな。また、どっかで会いまひょ。そのダンナに飽きたら、いつでもわしがお嬢さん引き取らせてもらいまっせ」

「失礼な事言うなよ」

思わず安倍が突っ込んだ。

市場を離れると、二人は町の奥へ移動した。町全体を見下ろせるほどの高さがある。

「ヘンなおじさんだったね」

池端がクスクス笑いながら言った。

「全くだ」安倍はちょっとふくれて見せた。「でも、いいヒントをくれたよ」

「ヒント?」

「うん。『声』なんだ」

「こえ?」

「実はね、こっちに来てから、どっかから『声』が聞こえるような気がするんだ」

安倍は、プールに貰ったお守りを目の前にかざした。

「こいつには、何の霊気も感じない。ただのペンダントだけど、意識を集中させる役には立ちそうだ」

安倍はそう言うと、ペンダントを見つめた。徐々に意識が集約して行き、周りの音や景色が消えて行く。

外界の刺激が消えると、意識は自然に身体内部へと向かう。こちらに来てからほとんど感じられていなかった内なる力が、体の奥底、尾てい骨の辺りで小さく揺らめいているのがはっきりと意識出来た。

そこに意念を向けると、ゆっくりと動き出した。自由に動くにまかせていると、やがてゆったりとした時計回りの渦になった。

安倍はそこへ、一気に意念を叩きつけた。

オン布祗歩醯ボギボケイ布伽跛底ボキャハチウン莎訶ソワカ!」

次の瞬間、尾てい骨にあった渦が殻を破り、蛇のようなモノが背骨に絡まるように上昇し、やがてそれは龍と成り、頭頂部から天へと翔け昇って行った。その時、ごく高い澄んだ音が大気を震わせ、池端は耳を押さえた。

安倍の視界が膜を剥がしたように鮮明になり、五感の情報が奔流となって押し寄せた。安倍はそれを静かに受け取り、落ち着いた時には彼は全ての法力を取り戻していた。

「いや、もしかしたら今まで以上かも」

思わず安倍は呟いた。

「晴明、何か聞こえた?」

「……微かに、聞こえる。何か……、助けを求めてるような…」

「行ってみましょう、その声のする方に」

池端が晴れやかな表情で言った。

「そうだね。もしかしたら、この『声』が、この世界に来た理由なのかも知れないからね」

安倍の表情も明るい。例え見ず知らずの土地でも、次の行動の目標があれば、とりあえず頑張れる。

「近くにカルカンドって大きな街があるらしいよ。そこへ行ってみよう」

二人は並んで歩き出した。

「声」の主を探す旅が始まった。




つづく


20170324

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